53歳に、なりました
1月4日に、無事、53歳の誕生日を迎えました。もうこの歳になりますと生きてきた人生の振り返りをしたり、折り返し地点もとっくに過ぎてこれからの人生の残りを考えながらどう神から授かったこの命をまっとうするかという方向にどうしても頭が向いてしまうわけですが… そんな節目すら超えた老化記念日であるにもかかわらず、旧年来ご一緒させていただいた皆さまからは過去最多の「おめでとう」のご連絡を賜り、なんともありがたい限りです。自分なりに、頑張ってきた甲斐がありました。
ジジイになっても老け込む暇もなく旧年は多くの新しいお話、新しい仲間、新しい仕事、新しい知識を数多く得るに至りました。お声がけいただけることそのものが、何よりもありがたいことです。その代わり、真面目に取り組めば取り組むほど、頼まれごとや考えないといけない仕事がどんどん降ってきて、かといって、ご指名いただいている件で勝手に他人に振るわけにもいかず、粛々と淡々と自力でこなす、たとえ夜更かし残業徹夜であったとしても…! という案件が凄く増えたのが最大のトピックスでした。
昨年52歳誕生日時点での抱負は『自分にしか、できない仕事をする』という、あまり生きるテーマを決めずにやってきた自分史上最大の大きい挑戦をしたつもりだったんですが、いざ蓋を開けてみると『自分にしかできない仕事』が多すぎて、雪だるま式というか雪崩式にやることリストと作業時間を見比べながら徹夜で処理をする、ご一緒する皆さま方に案件をお願いしながら進捗を見るという作業の連続でありました。確かに私にしかできない仕事ばかりでしたが、やれることの限界を試したいと申し上げたつもりはありませんでした。嬉しい悲鳴と言えばそれまでですが、想像以上に仕事が詰まりまくってご迷惑をお掛けしたかなあという気もしますし、謎の体力が湧いて出て、限界を迎え先に倒れる皆さんの仕事も肩代わりするなどして、器用な感じで便利に使われたなあという感もあります。
こんな仕事の仕方ではさすがの私も早々に潰れて大変なことになるので、今月が潮時だ、今回の報告で最後だ、と毎回思いながら契約満了や辞表を出すものの、なんだかんだロスタイムが発生し、辞めたはずがこの年末年始も無給&無休で働いておりました。あまりにも忙しすぎて、大事にしていた連合三田会の幹事の仕事も、地元自治会の担当行事も、手配していたクリスマスの礼会も全部すっ飛ばすという失態まで犯してしまいました。その点では、非常に心残りでした。
また、いままでは『どうしてもやりたいゲーム』はどんなに忙しくても、睡眠時間を削ってでもプレイしてきた自負があるのですが、52歳の段階ではついに、削れる睡眠時間も無くなってゲームもできないという人生の危機が訪れました。ある意味で、人生のバランスをゲームと野球で取り続けてきた自分にとって、仕事と家庭が盛りだくさんとなった結果、大事にしてきたものをついに脇に置かざるを得なかったことに衝撃を受けています。私、新作ゲームをもう半年以上やってないんですよ。どうせやらないから買いもしないとか。こんなの人生では物心ついて以降、初めてです。
なにより、今年受験を迎える拙宅4兄妹のお守りもそこまで時間を割くことができませんでした。忙しくても東京にいるなら少なくとも週4日は晩飯は自宅に戻り、家族全員で食卓を囲むことを最低条件に頑張ってきたところ、子どもたちが寝るのを見計らってまた会議や会合、事務処理をやるために深夜外出し、帰宅が午前4時過ぎ、二時間ほど寝てまた朝出撃する。そんな生活はさすがに家内からも心配され、健康のためにも53歳になってからは控えざるを得ないかな、と思っているところです。
神ならぬ私が、先を見通すことなど不可能の極みなのですが、日本国内だけでなく、世界全体が微妙な空気を孕み、重く湿った、それでいて黒い霧に少しずつ飲み込まれていくような、そんな茫洋とした状況に危機感を抱きつつ慌ただしい年を越しました。来年、家族そろって紅白歌合戦を観たり、お雑煮や年越しそばおせち料理を食べたり、おもしろ荘で笑っていられる年越しを今年は送れるんだろうか。
いい歳してなんでこんなに頑張っているんだろうね、と自分でも不思議に思いながら、一方で「山本さんって、何をしている人なんですか」って尋ねられ、一言では自己紹介すらできない生き方に疑問を抱き、しかし今年はより積極的に新しいものに取り組んでいきたいと思います。
それもあって、53歳のテーマは
「自分の名前で、ちゃんと仕事をする」
にしたいと考えています。仕事をやるにあたって、いままでは「やれることを、しっかりとやるなら上役に花束を投げて終わりで良い」と思ってきました。実際、私の性格として現場が大好きなので、実務や調整やっていれば幸せ、というのが生きざまだとすら思ってきました。しかしながら、縁の下の黒子として頑張っても使い倒されるだけで文句ばかり言われて感謝もされません。周りは辞めていくし自分もそろそろ引き揚げるかと思ったら「やっぱりお前が必要だから」と都合よく慰留され引き留められるのを繰り返しているのを見ると、そろそろ胸を張って自分がやろうとしていることですと言えるような活動にも力と時間を割くべきだ、と思うようになってきました。
非常にご評価を賜り、買っていただいているのはありがたいのですが、自分なりにセーブして、上手くやっていこうという風に路線変更も試みつつ、家族とゲームの時間を増やし、本業にも、学問でも、名前の出る書き物の仕事にも目配せをしてバランスの取れた一年を送りたいという気持ちになりました。確かに『自分にしか、できない仕事はしてきた』のですが、さすがにちょっと、他人のために時間を使い過ぎた一年だったかなという反省とともに…。
いい歳になったなという感慨と共に、一年しっかり生き抜いて参ります。それは、同じく慌ただしい人生を送っている愛しい家内と共に生き、子どもたちの健康と幸福を感謝を抱いて。あらゆる状況を平常心で受け止め道を拓く力を一層発揮できることを願いつつ、53歳の言葉としたいと思います。
まったく至らない私の周辺で生きる皆さまに限りない神のご加護を。そして本稿を読まれた皆さまやそのご家族もご多幸のうちに健やかでご活躍できる一年となることを、心よりお祈り申し上げております。
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神から「お前もそろそろnoteぐらい駄文練習用に使え使え使え使え使え」と言われた気がしたので、のろのろと再始動する感じのアカウント

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