「―――好きだ」
宴会にざわめく会場が、そのひと言で静まりかえった。
「え、あ、エミヤ殿……?」
「君は、その呪いのせいで大変な苦労をしてきたというのに、こうもまっすぐで、思いやりにあふれている。その実直さはとても好ましい。志が綺麗すぎて心配になる時もあるがね」
うろたえるディムルッド以外の誰もが息を呑み聞き耳を立てるかのように静まりかえった会場に、ランサーの陽気な声が響く。
「ははっ!どうしたアーチャー?ディルの黒子にやられちまったのか?」
ディルムッドの肩を叩いたランサーが軽い口調でからかうように問えば、周りがなんだそうかとがやがやとまた賑わい出す。
「……ほくろ?私は男だが?」
意味が分からんというようにこてんと首をかしげるアーチャーに場が凍り、ランサーが笑顔を引きつらせオイオイと言いながら顔を覗き込めば、とろりとした視線がそちらを向く。
(あー、こりゃ、相当酔っ払っちまってるな)
ならば、と悪戯を思いついた少年の顔でニッっとアーチャーに笑いかけ、手を頬に伸ばす。
「じゃ、オレのことはどーよ、ん?好きか?」
緩慢に目を瞬かせしばしじっと見つめるアーチャーの返答を待つ間、手持無沙汰に唇を撫ぜるも普段のように拒否されない。
(んー、ぷにぷにしてやんの)
感触を楽しみながら親指を口の中に入れればチラと覗く真珠のような歯にむしゃぶりつきたい衝動を覚え舌なめずる。
「ふ、……ぅ、ぁ、ランサー…も、好き……だ」
「おー、どんな風に?」
「ん……、君は、私の…太陽…だから……いつも、眩しくて……英雄……なんだ」
くちゅくちゅと指で口内を弄ばれながらも懸命に答える姿に目を細める。
「好きなら、ちゅーくらい出来るよな?」
ちゅぷと指を外し己の唇をトントンと叩きウインクをする。まぁ、流石にここまでは乗って、え、ちょ、―――ッ!!?
軽く伏せられた瞼に揺れる白い睫と潤みを増した鈍色の瞳を間近に見、唇に柔らかな感触と熱い吐息を感じ……
天国……に逝ったな、と、背後に寄る殺気に確信した。
「らあああああんんんんんんさぁぁああああああああ!!!!」
「いや、あ、これは、なんつーか、……不可抗力?」
アーチャーの肩に手を置き顔を離しギギギと引きつった笑顔で背後を振り向けば壮絶な闘気を纏ったセイバーの姿。
「成敗」
ド――――ン!!
飛び去り星になったランサーをきょとんと見送るアーチャーの手をガシリとセイバーが掴む。
「不埒者は消えました。私が付いていながら申し訳ありません、シロウ」
唇を噛み悔恨の念を滲ませるセイバーの手をアーチャーがそっと握る。
「君は謝るようなことは何もしていない」
「……ッ、シロウっ」
見つめあい美しき親愛と信頼を確かめ合う二人の世界に、御子の安否を声に出せるような英雄は存在しなかった。
「それで……その、シロウに少しうかがいたい事が」
いい難そうに言葉を淀ますセイバーになんだとアーチャーが尋ねる。
「わ、私の事も、す、好きでしょうか?!」
(((ああ、気になってい(らっしゃっ)たんだな)))
周りが暖かく見守る中、アーチャーがひどく柔らかな表情を浮かべ頷いた。
「無論、好きだよ。君は私の運命だ。摩耗し果てたこの身にすら残った、光なのだから」
「では、接吻もいただけますか!」
(((ああ、御自分も欲しかったのだな(ですね))))
両手をきゅっと握り頬を染める麗しき乙女とどこか幼く普段からは信じられぬほど柔らかなアーチャーとに屈強な戦士たちが微笑まし気な視線を送る。
ちゅ、とまるで婚礼の儀式のように厳かに唇が重ねられれば、どこからともなく拍手が起こった。
「う、エミヤぁ、幸せになりやがれよ!」
「アーチャーさん、どうかお幸せに!!」
「アーサー王よ、彼を頼みますっ!!」
「シロウ、剣とこの魂にかけて、私が責任を持ち貴方を幸せにしてみせます!!!」
「「「うおーーーーー!!!」」」
凛と告げたセイバーにパチパチパチパチと拍手喝さいが送られ、祝いだと言わんばかりにまた酒が飲みかわされる。
「――――で、我はどうなのだ?雑種」
「君は、傲慢でわがままで子どもよりも手がかかる」
アーチャーの顎に人差し指をクイと添え問うた金色の王に間髪入れず告げた答えに、祝いムード一色に染まっていた会場が一瞬で緊張に染まる。セイバーだけが悠長にさもありなんと深く頷いていた。
「だが……美しい。原初の王よ、その魂の傲慢なほどの輝きを、美しいと……思う。その唯人にはさえぎることさえ出来ぬ身を焦がすほどの輝きはある種、私の救いだ」
ランサーに向けた憧れの眼差しでも、セイバーに向けた柔らかな眼差しでもなく、ただ淡々と、静謐な眼差しを向け事実だけを述べるように告げる。
「くはははははは!!!雑種にしては気の利いた言い回しよ。我を讃えるにはまだまだ足らぬがな。良い。我にその唇を捧げる事を許す」
逆らう事を赦さぬ王の眼差しに吸い寄せられるように唇を重ねれば、ガシリと頭を押さえられ逃げられぬままにぬちゅりちゅぷりと口内をまさぐられ静まり返った空間に湿った音だけが響く。
「んん、っ……はっ、ぁ、ちゅく、ん…」
時折上がる苦しげな呼吸音に誰かがごくりと唾を呑む音が聞こえ、いち早く我に返ったセイバーが剣を抜きギルガメッシュにピタリと向ける。
「そこまでにしていただきたい英雄王!」
「ん?ああ、このような場でシテは後からコレが煩いか」
「そういう問題ではありません!!」
「そう恥じらうな。分かっておるわ。そら、帰るぞ、宴の続きだ」
息を荒げくたりと弛緩したアーチャーを抱き抱えすたすたと歩きだすギルガメッシュを、セイバーが憤りながらもどこかそわそわとした様子で追いかける。
その様子を、歴戦の英雄たちはどこか達観した様子で見送っていた。
――――「あー、ったく、セイバーもあれくらいで首刎ねにくるこたねーよな、参ったぜ」
間一髪己の獲物を噛ませ防ぐも飛ばされたランサーがポリポリと頭をかきながら宴会場に戻ってきてみれば、片づけをし始めている面々といない顔ぶれに首を傾げる。
「んあ?よー、あいつら帰ったのか?」
「はい、今から二次会のご様子でしたが」
生真面目に答える色男の後輩にまた首を傾げる。
「二次会??」
「あー、クー、二次会っていうか、それね……」
苦笑しながら耳打ちしてくれた親友に、ぶふぉ!と吹き出せば後輩に心配気な視線を送られ気にするなと片手を振る。
「御子殿……?」
「あー、いや、なんでもねぇなんでもねぇ。オレも今から二次会?もう三次会になるのか?まぁ、行ってくっから、片づけわりーな、後は頼んだぜ」
シュタッっと光の速さで駆け抜け去る御子を恭しく見送るディルムッドの肩を豪快に叩く同僚がいた。
「ディルよ、二次会ってな――――」
――――二次会に翻弄されるアーチャーは、三次会が行われようとしていることを、まだ知らない。