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卵は鷹の夢を見る【後編】/Novel by チダ ヒロミ@面白タグ歓迎

卵は鷹の夢を見る【後編】

20,475 character(s)40 mins

記憶喪失・精神退行した弓の話(シロウ返り・外見そのまま)

いつもながら独自解釈多数。色々間違ってたらごめんなさい。セイバーさんが弓の親衛隊になっちゃうのは自分のクセなんだなと気付き始めた。弓には愛されてほしい。

アンケートはやってみたかっただけ。下馬評な軽いノリでお答えいただければ幸い。アンケートって意外と選択肢増やせないのですね。もっとほかのひとたちも候補にしてあげたかった。無念。

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「……アルトリア?」
 呼び声に応えて、少女はゆるりと振り返った。金糸の髪、黒一色の衣装が優美な所作に合わせて揺れる。声の主を認め、アルトリア・ペンドラゴン・オルタはおや、と金の目をまたたく。
 自然体に髪を降ろし、私服にエプロンを引っ掛けたなりで立ち尽くすのは自分にとっても縁ぶかい、錬鉄の英霊と呼ばれるアーチャー。ただし息は荒く、どこか途方にくれたような顔でこちらをおどおどと窺う様は、ふだんの彼からはかけ離れている。
 それも当たり前、この男は彼であって彼ではない。つい昨日、とある不測の事態により英霊として、否、人生の大半の記憶を欠失し退行してしまった幼年時の“えみやしろう”なのだから。
「セイバーオルタ、とここの者らは呼んでいる」
 貴様のいうアルトリアとは、身内に当たるのかもしれんが別存在だ。そう告げると、青年は落胆したような、それでいて少しほっとしたような奇妙な表情を浮かべた。
「貴様のことは『知っている』が……何かあったか?」
「えっ?ううん、なんでもないよ」
 ふだんなら見慣れたエプロン姿は紐が乱雑に結ばれ、右肩がずり落ちていて滑稽の一言に尽きる。低い声で問われた途端に肩が撥ね、まくられた右腕がさっと隠れるのを彼女は見落とさない。
「―――いッ……!」
 距離をつめたのも、腕をねじ上げるように取ったのもまさしく一瞬。黒い騎士王は刹那、不快げに眉をひそめると、そのまま大きな子供を引きずって歩き出す。
 背後でなにやらうろたえているが、知ったことではない。

「ドクター!急患だ。このたわけを治療しろ!」
「お、オルタ!?」
「セイバーオルタさんっ!なんでもないから、ッ……!!」
 ぐい、と突き出されたエミヤの褐色の右腕には、大きく腫れて水ぶくれを作った火傷があった。一部は皮膚がまるまる破れて傷口が露出している。途端、痛みを思い出したように幼い表情が歪んだ。
「なるほど。さすがにこれはなんでもないって怪我じゃないよ、シロウくん」
「う……ごめん、なさい」
 温厚なロマニにまで顔をしかめられ、しゅんとなるエミヤ。火傷と腕まわりの服はひどく濡れていて、よく見ればズボンにも染みは落ちている。
「なにか、あったの?よかったら話してくれないか」


 手伝いがしたい、と厨房のブーディカに申し出たのはエミヤのほうからだった。気を使わなくても、遊んでていいんだよ?と彼女は断ったが、彼は納得しなかった。
「『はたらかざるものくうべからず』って藤ね……お隣のお姉さんが言ってたよ」
―――どこかのジャガーがこそこそ逃げていったように思えたのは、気のせいだろう。
 それにブーディカさんのご飯とってもおいしかったから、おれもおぼえたい!ときらきらした視線を向けられては、さすがに断りづらい。
 結果、無理はしなくていいからと言われつつ、彼はブーディカ師事のキッチン見習いとして迎えられた。
粘土みたい!などと笑いながらパン生地をぺたぺた捏ねたり、小鍋に作ったスグリのジャムを味見して酸味に眼を白黒させたり。様子をうかがいに来た他のキッチン勢が「あらあら、可愛いですこと」「ムふふ、幼いうちから修行に励むとは良きカナ良きカナ、ワンだふる!」などと見物しながら、それなりに呑気な時間が過ぎていた。(※精神はともかく、エミヤの外見はふだんのままである。念のため)
 業務用オーブンの天板を取り出そうとしたエミヤが、バランスを崩して取り落としてしまうまでは。
 じゅうっと肉の焼け付く音がやけに鮮明に響いて、がらん、がしゃんと転がった天板の横には利き腕をおさえた青年がうずくまっていた。
「エミっ……シロウくん!!」
「う、っうう……、ご、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
 血相を変えたブーディカが駆け寄ったとき、彼女の弟子が見ていたのは自身の火傷でも、彼女でもなく、落下した天板。せっかく焼き上げたばかりのロールパンがぶちまけられ、板の下で無残にひしゃげている有様に、その顔はもはや蒼白だった。
 動けない子供に彼女の行動は早かった。肩を掴んで流しに引きずっていくと、蛇口を大きくひねって真下に腕を突っ込んだ。褐色の右手から水が滝を作って流れ、ひじから落ちて足元にまで水溜りを作る。
「ブーディカさん!ゆか、ぬれちゃうよっ……」
「馬鹿ッ!床なんか濡れたっていいのッ!!」
 ジタジタと暴れるエミヤを押さえ、一喝するブーディカ。
 やっと放されたときには片腕どころか半身ずぶ濡れで床にへたりこんだエミヤに、ブーディカはけわしい顔で、早くメディカルルームに行っておいで、とだけ言った。


「それはまあ、……災難だったというか、なんと言うか……」
 ぬるく息をつくロマニ。
 ブーディカ、彼女の本質はケルトの流れをくむ戦闘女王。ふだんは優しい眼差しを絶やさぬ彼女だが、同時にバーサーカーの属性をも持ちうる女戦士である。只人の子供に戻った精神に、彼女の本気の怒りはさぞ恐ろしかっただろうと彼は想像した。
 濃い色の肌に、真新しい包帯の白が痛々しい。このぶんではしばらくブーディカと会うのは怖くなってしまうだろうか。ロマニが何とかフォローしようと口を開きかけたとき。
「……なんで、うまくできないんだろ」
 ぽつりと、途方にくれた子供が呟いた。
「おれ、迷惑かけちゃうんだ。ブーディカさんも、アルトリアも、じいさんも、藤ねえも、おれはみんなに笑っててほしいのに……誰かが元気ないと、おれも悲しいから。
うちでもそうなの。おれが怖い夢みると、じいさんがきっと飛んできて、撫でてくれるんだ。でも、じいさんのほうが泣きそうで……嫌なんだ」
 暗く、おぞましい過去より。今も自分を追ってくる悪夢よりも。
 大事な人が目の前で暗い顔をすることが怖いと、その悲しみをぬぐってやれない自分が悲しくなるのだと、彼は肩を震わせる。
「こんな何もできない、弱いおれなんて、嫌い。ぜんぶやめちゃって……なかったことにして、ぜんぜん違うおれに、なれちゃったらいいのに……」
「―――愚か者」
 涙声を、りんと響く鈴のような声がさえぎった。
 メディカルルームの壁ぎわに立って見守っていたセイバーオルタは流れるように歩み寄ると、そっとこちらを見上げる青年の頭にぺちっ、と音ばかりの平手をくれた。
「子供の分際で、高望みをしすぎるのだ。貴様は。
何も出来ない?弱い?上手く出来ない?当然であろう。若輩とはそういうものだ。完璧でなければ意味がない、などと考える時点で思い上がりも甚だしい」
「ちょ、ちょっとオルタ。言い方ってものが。相手は子供で……」
「黙れ」
 言葉につまっていたロマニが、あたふたとたしなめるが、逆に鋭い視線に射抜かれて黙る。
「……それにだ、シロウよ。貴様の言う『ぜんぜん違う自分』になったところで、『全部無かったこと』にすれば、必ずまた間違えるものだぞ。
ならば、過ちをこそ忘れるな。今日間違えたなら、明日は迷うな。貴様はそれが出来る、強い子であるはずだ」
 そっと撫でた、久遠の陽に焼かれた肌。遠い記憶のどこか、かつての自分のマスターだった少年にこうして触れたことは、果たしてあっただろうか。あるいは……あの燃える街で自分に仕えた、かの者に触れたことは。
「おれ、つよい子になれるのかな」
「ああ。私が保証してやる。貴様は強い子だ、シロウ」

―――だからもう、自分は居ないほうがいいような顔をするな。
 どのような形であれ、貴様は私にとっての光だったのだから。


 こののち結局、片付けと怖がらせないために別行動を選んだものの心配で様子を見に来たブーディカと、剣の修練のために居なかったが騒動を聞いてぶっ飛んできたアルトリアが同時に押しかけ、危うくメディカルルームが修羅場になりかけたが、ロマニに連絡を受けたマスターの仲裁で事なきを得た。
「心配かけてごめんなさい。次はもっと気をつけるから、あの……またお手伝いしてもいい?」
 はじめは迷った女性陣だが、今度は目を放さないことをひそかに取り決め、他の非番キッチン組も見ていてくれるとのことで了承した。
 今度はなんとかひっくり返さずに最後まで作れたきつね色のロールパンは、無事にテーブルへと並べられ、円卓を筆頭として修練を上がったばかりのセイバー集団におやつとして振る舞われたとか。
 中には何の気なく「……焦げてる……」などと呟くのが居たりしたが、とたん翡翠と金の二対に射すくめられ、慌てて口を塞ぐ羽目になった。
「見た目はブラウニー、中身は天使が焼いたパンです。有難くいただきなさい」


 とはいえ、うち実に七割以上を青と黒ふたりの騎士王が賞味したことは、今更言うまでもない。

Comments

  • 祷灯梛々
    May 19, 2022
  • 如月
    April 12, 2021
  • しょうさん

    きたー!!続きありがとうございます!!!

    July 3, 2019
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