鍵盤楽器音楽の歴史(3)初期のチェンバロ
1397年にパドヴァの法学者ジョヴァンニ・ロドヴィコ・ランベルタッチが、パヴィアにいる義理の息子に宛てた手紙に、ヘルマン・ポールという人物についてこのように記されています。
「会話と礼儀に長けた若者で、非常に才気があり、彼が clavicembalum と呼ぶ楽器の発明者である」
これがクラヴィチェンバロ、略してチェンバロが文献に現れた最初の例です。
このヘルマン・ポールは1370年ウィーンに生まれ、ウィーン大学で学位を取得した後、1397年にパヴィア大学に医学を学びに行く途中でランベルタッチに会ったのです。ヘルマン・ポールはこの時27歳、チェンバロの発明はそれよりも前、ウィーン大学在学時に行われたものと考えられます。
はたしてこの "clavicembalum" がわたしたちの知るチェンバロと同じ楽器なのかという問題はありますが、とりあえずチェンバロの発明が20代の大学生によってなされたというのは愉しい考えです。
ちなみにヘルマン・ポールはこの後1401年にライン宮中伯の毒殺を図った疑いで処刑されてしまいます…
次に現れるチェンバロに関する資料は、ドイツのミンデンの大聖堂の祭壇の彫刻で1425年のものです。
中央3時半辺りに明らかにチェンバロと思われる楽器を演奏する天使の像があります。楽器の右側のほうが長くなっていますが、こういう楽器というわけではなく職人のミスでしょう。
この楽器を再現製作した酔狂な方がおります。http://www.squarepianotech.com/wp-content/uploads/2012/04/minden-altar-1.1.pdf
そして1440年の Henri Arnaut de Zwolle の手稿 (Paris: Bibliotheque Nationale, Ms. Latin 7295) 。https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b100246322/f294.image
かなり詳細で現実的なチェンバロの図面です。アルノーはこの楽器を "clavisimbalum" と呼んでいます。
ここには4種類の発音機構が解説されていますが、そのどれも後のチェンバロのジャックとは随分異なる複雑な機構です。左から3番目まではプレクトラムで弦を弾くタイプの機構ですが、4番目は弦を叩くもので、ピアノの原型といえるでしょう。
ベルギーの Pierre Verbeek はこの打弦式発音機構を再現した楽器を製作しています。
https://harpsichords.weebly.com/uploads/2/5/0/1/25019733/clavisimbalum_1440_verbeek_2019_rev06.pdf
現存最古のチェンバロは王立音楽大学所蔵のクラヴィツィテリウム(アップライト型チェンバロ)で、1480年頃ドイツのウルムで製作されたものと考えられています。
https://museumcollections.rcm.ac.uk/rcm_collections/clavicytherium-south-german-c-1480/
アップライト型だからといってバネ仕掛けなどを使用しているわけではなく、ただキーの後ろについたジャックが折れ曲がって手前を向いているだけです。キーを押すとジャックが手前に突き出して縦に張られた弦を鳴らします。
驚くべきことに、ジャックの仕組みは現在のチェンバロとほぼ同じものに到達しており、回転するタングにプレクトラムを装着してジャックの戻りで弦を避ける機構が実装されています。ただしダンパーはありません。
この楽器のオリジナルはもちろん演奏可能な状態にありませんが、復元製作が盛んに行われており、様々な録音でその音を聴くことが出来ます。
ところで "clavicembalum" よりも早く、1360年頃から "eschaquer" "scacarum" "chekker" といった名前で呼ばれる楽器が文献上に現れます。これらに関する現物や図像資料などは見つかっておらず、ただ弦を用いた鍵盤楽器ということぐらいしかわかりません。
これは未知の鍵盤楽器が存在したということでしょうか?
その正体を探るべくこれまでかなりの研究がなされてきました。
H.G. Farmer: ‘The Canon and Eschaquiel of the Arabs’, Journal of the Royal Asiatic Society (1926), 239–56
E.M. Ripin: ‘Towards an Identificaton of the Chekker’, GSJ, xxviii (1975), 11–25
C. Page: ‘The Myth of the Chekker’, EMc, vii (1979), 482–9
T. Knighton: ‘Another Chekker Reference’, EMc, viii (1980), 375 only
M. Meeùs: ‘The “Chekker”’, Organ Yearbook, xvi (1985), 5–25
E. Segerman: ‘Fascination with the Chekker is Alive and Well’, FoMRHI Quarterly, no.69 (1992), 42–3
結論としては、多分クラヴィコードのことだろう、ということで落ち着いています。つまんないですね。
次回はクラヴィコードについて書いてみたいと思います。



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