4月5日、HIKAKINは自身のYouTubeチャンネルで動画を公開し、その中で新しい麦茶ブランド「ONICHA」を発売することを発表した。4月21日から全国のセブンイレブンで販売される。
原材料には余計なものを使っておらず、六条大麦と二条大麦にこだわっている。ラベルの裏面には「鬼みくじ」というおみくじが仕込まれていて、飲料にエンターテインメント性を持ち込んでいる。
HIKAKIN本人は、自分が親になったことで子供の健康面を意識するようになり、ジュースばかり飲みたがる子供が麦茶を前向きに選べるようにしたいという思いを語っている。商品自体やその理念だけを見れば、多くの人に好感を持たれてもおかしくない企画である。
だが、今回の発表はネット上で反発を招き、ちょっとした炎上騒動に発展した。長年にわたってYouTuberのトップに君臨してきた人気者のHIKAKINが、なぜ批判を受けることになったのか。
思わせぶりで不可解なライブ配信動画
その原因になったのは、3月28日に公開された思わせぶりで不可解なライブ配信動画である。それは、黒い画面に波の音だけが流れるというものだった。その後も「いつも応援してくれているみなさんへ。お騒がせしてしまい、申し訳ありません」などと含みを持たせる動画が出されていた。
そのため視聴者の間では「何か深刻なトラブルが起きたのではないか」「悪い知らせが発表されるのではないか」という不安の声が広がっていた。
ところが、4月5日に公開された「ご報告」の動画は、桃太郎風の大がかりな演出で新商品の麦茶の発売を告知するものだった。視聴者の不安をさんざん煽っておきながら、結局それが新商品の宣伝へと回収されたのである。
ここで多くの人が感じたのは、期待外れというよりも、心配や不安というネガティブな感情を広告の燃料として利用されたような不快感だった。
さらに火に油を注いだのが、公式発表やHIKAKINのコメントなどで、従来の麦茶が「地味」「退屈」などと後ろ向きなイメージで語られていたことだ。もちろん、本人としては既存商品を否定したいのではなく、「我慢して仕方なく飲むもの」ではなく「楽しい気分で選びたくなるもの」に再定義したいという意図なのだろう。
既存の麦茶を貶めた
だが、麦茶は多くの日本人にとって、すでに日常に深く根付いた身近な飲み物である。そこには夏の風景や家庭での思い出が結びついている。人々の暮らしに定着しているものを「地味」「退屈」などと乱暴に切り分けてから自分の商品を持ち上げるのは、感情的な反発を招きやすい。
商品の新しさを印象づけるよりも先に「なぜそこまで既存の麦茶を貶める必要があるのか」という違和感を与えることになってしまった。
さらに言うと、「日本の麦茶、変える!」というフレーズで新商品を大々的にPRしているにもかかわらず、そこで使われている大麦が外国産であることも批判を招いた。桃太郎の格好をしたHIKAKINが「日本」を強く押し出す形で商品を告知しているのに、その原材料が国産ではないのは筋が通っていないというわけだ。
今回の炎上の根底にあるのは、HIKAKINが長年かけて積み上げてきたブランドの本質にそぐわない振る舞いをしてしまったことだ。
彼は日本のYouTube黎明期から活動を続け、「子供たちのヒーロー」「炎上しないYouTuber」として絶対的な地位を築いてきた。彼の強みは、コンテンツの面白さ以上に、その「清潔感」と「誠実さ」のイメージにあった。
ほかの多くのYouTuberがスキャンダルや過激化の波に飲み込まれていく中で、HIKAKINだけは一貫して家族で安心して見られるクリエーターとして活躍を続けていた。その結果、視聴者層は子供から親世代にまで広がり、企業コラボやメディア出演が相次ぐ存在へと成長した。
「安全・信頼・誠実」イメージを裏切った
つまり、彼の商品価値の根幹は「安全・信頼・誠実」という視聴者との暗黙の契約の上に成り立っていた。視聴者の側に「HIKAKINならそういうことはしないはずだ」という期待が強くあったからこそ、その期待を裏切ったことへの失望が大きくなったのである。
視聴者が彼に求めていたのは、誰かを不安にさせたり、既存のものを下げたりしなくても人を楽しませられる存在であることだった。ところが今回は、その信頼の土台にあるはずの誠実さよりも、演出の大きさと宣伝の都合が前面に出てしまった。
麦茶の世界を変えること自体は挑戦として理解できるものの、そのために視聴者との関係性まで変えてしまっては本末転倒である。今回の炎上は、HIKAKINの商品企画への拒否ではなく、HIKAKINという人格に寄せられていた期待の裏返しとして起きたものだと考えるべきだろう。