水面下の準備
翌日、バスラはまたクランの制服を着ていた。法務担当と共に、宗教団体に申し入れをしに行くという。
玄関を出ていく背中を見つめながら、疑問が俺の口からこぼれた。
「え? なんで? 何を言いに?」
顔見知りになったベテランの冒険者が教えてくれた。
「先日、うちのクランを宗教団体が襲撃してきただろ? それの抗議だよ」
「その襲撃って少し前の話だよな? オンが魔力制御の訓練を始めた日だろ。抗議するのが遅くないか?」
あの日は大勢で冒険者ギルドに行った隙を狙われたんだ。
その見学会を企画したのは俺だから、少し罪悪感を覚えている。フォンを危険に晒してまで、やることじゃなかった。
「警備兵の尋問で判明したって言えば、いいだろ。新聞記者にも声をかけて、『苦情を言った』という事実を作るんだよ」
「それで?」
その事実がどんな役目を果たすのか? 大きなクランのやり方には、まだついていけない。知らないことは、訊いて覚えていけばいい。
「俺たちが一方的に宗教団体をぶちのめすんじゃなくて、抗議しても改善されなかったからって大義名分ができるだろ。
それと、岩モグラが来て迎撃に成功したら、第二陣だから準備万端だったって説明できるしさ」
華々しく勝ちすぎると、邪推を生むことがあるそうだ。
「オンのすごい能力で、事前に察知していたっていうのを隠すんだな。あくまで、こっちは被害者という話に持っていくため――ってことか」
「そういうことだ」
このクランでは、政治的な駆け引きが普通に行われているんだな。貴族のエリオットに引けを取らないかもしれない。
昼食の時間になって、ルナはサァラの食事を部屋に運んでいった。自分の分も運んで、一緒に食べるという。
サァラが寝ているのは女子部屋だから、「俺も一緒に」とは言えない。こういうときは、クランに所属しないで俺たちパーティーだけの生活が懐かしくなるな。
昼食後に、一緒に旅をした鳥獣人たちに話を聞くことにした。食堂で見かけた二人に声をかけて、談話室に移動する。
「サァラの体調が戻らないみたいで心配なんです。いつ頃から調子悪かったんでしょう?」
「ん~、初日からへばってる感じはあったけどな」
「飛行訓練もしないでいきなり長距離ってのは、シンドイだろ」
確かに行く前から不安そうだったし、ぐったりもするか。
鳥獣人の二人は視線を交わして、何か言うかどうか迷っている様子だ。
「他に、何かありましたか?」
「山に着いたあと、俺たちはサァラの家で待機してたんだ。オンと二人で出かけていった後は知らない」
「サァラの幼なじみが案内人でついていったから、三人だろ」
「ああ、そうだったな。相手の動物使いにバレないように近づくって言って、徒歩で一泊二日で出ていったな」
「それが思ったよりハードだったのかもしれない」
彼らからは体調不良の原因になりそうな話がなかなか出てこない。俺がしてやれることは何だろう。寒さと疲労ってことなら、滋養のある飲み物とか――?
そこに、もう一人の鳥獣人の女性が通りかかった。
「彼女、初日から寒さと飛行高度に目を回していたじゃない。あの山脈に詳しい人は他にいないのかって、ちょっと可哀想だったわ」
「山羊のオッサンが詳しいんだけどな」
「ちょっと前に長期依頼に出発したのよ。タイミングが悪かったわね。もし彼だったら筋骨隆々で重たいから、私は運べないけど」
「軽い猫ちゃんでよかったよな」
そっか。俺は空を飛んだことがないから、どれくらい体に負担がかかるかわかってない。あとでホットミルクに蜂蜜を入れたのを作って差し入れるかな。ハーブも一種類くらいなら入れても大丈夫か?
「運ばれる訓練って、このクランの人はしているんですか?」
次に機会があったら参加しておきたいな。
「ああ、たまにやるぞ。特攻する前衛部隊とか、隠密行動をする盗賊や斥候スキル持ちとかがメインだけどな」
「あなたたち花猫風月だったら、剣士の女の子とかね」
「でも、ビキニアーマーも耐寒性ゼロだろ」
ははと軽く笑いが起きる。
「ルナの装備は防寒の魔法がかかっているので、ある程度なら大丈夫ですよ」
「え? 装備に付与をするなら、まずは防御魔法でしょ?」
「防御もついてますよ。他にもいくつか……」
同じクランでも、手の内を明かしすぎない方がいいだろう。基本の防御と防寒以外は言葉を濁す。
「防御と防寒、その他って……贅沢ねぇ。よくそんな装備を揃えられたわ。
付与の多重がけ、それに耐えられる武具って、冒険者の憧れだけど、高価なのよね」
あー、そっか。ルナの師匠って、規格外なんだな。一角ウサギを狩りまくって、トゥルメル支部のギルドマスターに説教されていた、あのばあさん……。
鳥獣人が集まった談話室には、色鮮やかな羽毛が舞っていた。サァラは数日間こんな環境で過ごしていたんだな。
――ふわりと舞った小さな羽根が鼻に入って、くしゃみが出た。