リトルスターは夢をみる ⅱ
死んだ筈だったオレは、また天馬司として生まれ変わってしまった?!
そんな転生パロディ物語
novel/17354718
の続きです。
シリーズ化にするのが嫌だったんですけど完結まで頑張ろうと思ったのですがそれも出来ず力尽きました。ごめんなさい。
そして今回もキリのよいところを見つけたのでぶっ切りました。
とりあえずここまで書けて私は満足しています
🌿彡
私の予想ですがきっとこの次は山下がいい活躍をすると思いますよ。
前回のやつにびっくりするくらい反応があってとても嬉しかったです!みなさん転生物語が好きなのか、それともショタが好きなのか、どっちなのか気になりますね…。学ランの司くん、公式で出てましてなんかホッとしました…!
たくさんのいいねとフォロー、感想そして嬉しいタグつきもありがとうございます(⑉• •⑉)❤︎励みになります。
今回も前回と同じ、素敵な表紙をお借りしました!
illust/90351319
イベントお疲れ様でした(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)っ🍵
ゆっくり休んでください!
最近乱れた生活をしているせいか蕁麻疹出て痒いです
【追記】
デイリーランキング 30位
女子人気ランキング25位
にお邪魔したようです!ありがとうございます〜!!🙌🏻
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いつの間にかミュージカル舞台は終わっていた。
ブザー音と共に明るくなる会場。司は急いで立ち上がり隣にいる山崎に「すまない、用事があったのを思い出して今すぐ帰らなければならなくなった!」と言い退出口へ出て行った。本当ならこの後ファミレスで感想を言い合う予定だったが今は無理だ。
急いで走る。周りにいた人達にぶつかりながら、そして謝りながら劇場を出た。息が切れて乱れた呼吸は大きく音を立てて、乾いた空気によって喉も痛い。
「…はぁっ、はぁ…っ、くそ…!」
ギリ、と唇を噛みながらそう吐き捨ててまた司は走った。
あの一瞬、こちらを驚いて見ていたあの顔はひどく懐かしい面影があった。高校の時よりも大人びていて髪の毛は似合うほど括られて色気があった。昔見た時と同じ、自分を見る時に綺麗な金色の瞳は健在していて一目見てあいつが類だと理解した、いや、してしまった。
そして咄嗟に呼んでしまった名前。あの時の司の表情はきっと類と同じ、驚いた顔をしていたに違いない。
(まるで知らないといわんばかりの顔をしておけばよかった…ッ!)
失態だ。この第2の人生では類に関わらないようにするつもりだったのにあんな所で再会してしまうなんて。
くそ、くそくそくそ…!!
地面を力強く蹴って司は無我夢中で走った。
再会出来て、すごく嬉しいという気持ちとそれと共に最悪だという気持ちが混ざりこんでいる。
せっかく、愛する人と再会出来たのに…今の自分には会うことが出来ない。
だって司は今、あの時とは違う天馬司……大人である類とは違い、中学生の司なのだから。
今更、会ったところで類の足枷になってしまうだけの存在だ。ただでさえ、高校生の時同性同士の付き合いという世間の偏見の壁の厚さを痛感したのに、今は未成年と大人だ。
このままきっと類に会ったら、自分は我慢出来なくなる。
類に…まだ類に、愛されたい。そう思ってしまう。
だから、司は走った。
類に捕まらないように、全力で。
小さな体で。
「ひっぐぅ…ッぅ、うぅッ……っ、」
涙を流しながら息を切らしながら家についた。母親と父親は出かけているとさっきメールが着ていたから誰もいない静かな家。手を洗わずに部屋に真っ先に向かいふかふかのベッドにダイブした。枕にはしとしとと涙が滲んで、部屋には司の泣き声だけが響き渡る。
類に会いたい、
でも、会えない
何故、神様は意地悪なのだろうか。
記憶をこのまま残して、そして皮肉に、同じ顔と同じ名を持ってまた第2の人生を歩むことになって、そして類と再会するなんて。
神様はオレに何を望んでそうしているのだろうか。
「…ッ早く、大人になりたい……。」
何故、今自分は中学生なのだろうか。
何故、オレは今オレなのだろうか。
こんなの、辛いだけじゃないか。
小さく呟くその声は、自分でも初めて聞くような頼りない声だった。
*
「時に司くん。君は将来の夢に向かって毎日ショーについて考えているようだけど早く大人になりたいかい?」
「……なんだ、このタイミングで。」
「ふふ、このタイミングだからさ。ほら司くんたった今大人になっただろう?」
ギジリ、とベッドの音を立てながらリップ音が聞こえた。四肢ともに脱力して何も出来ない司を優しい目で見つめながら類はおでこに1つキスを落としてそして撫で始める。白いシーツはシワシワで、さっさと洗濯機に入れないといけないのにどうも体がだるくて動けない。類曰く、明日まで親が帰って来ないから急がなくても大丈夫だと言っているが寝るならば綺麗な状態にしてから寝たい。あと10分くらい、休んでから洗濯機に放り投げてもらおう。
「大人になった…ってお前が童貞を卒業したことか?」
「ふふっ、それもそうだけど君も処女を卒業したから一緒だよ。」
「なっ…!しょ、処女だなんて言うな!オレは女の子じゃない!」
「でも一応女役としてえっちしたんだからお互い童貞と処女卒業とも言えるじゃないか。」
んぐ、と言いかける言葉を失う。
ついさっきまで余裕なさそうに腰を振っていたくせにいつも通り平然とした顔をしやがって。憎たらしい顔を叩いてやろうと思ったが、腰は痛いし、尻は尋常じゃないくらい異物感があってそれすら出来なく、司は近くにあったぬいぐるみを投げつけた。「それ僕の大事なカモノハシのぬいぐるみなんだけど!」とそう言っていた類だったが司は無視した。
「んで、君は早く大人になりたいかい?」
「まだその話をするのか?なんだ、お互いの将来についてこれから語るのか?味気ないピロートークだな…。」
「そんな事ないよ。きっとこうしてお互いのことを話せるのも今のうちだと思っているからね。幸せなうちに、幸せなことを考えるのがいいと思わないかい?」
投げつけられてキャッチしたカモノハシのぬいぐるみをポンポンと優しく置いて、類も司の隣に寝っ転がってそう言った。お互いガレージの天井を見ている。今は深夜の3時で辺りも静かな夜更け。まるで二人しかいない世界のように錯覚しそうになりそうだ。
「君は将来、スターになる。」
そんな中、聞こえてきたのは類の声。こちらを見ずにまっすぐと天井を見ながらぽつりぽつりと話し始める。
「僕も演出家になりたいとは思うし、叶うなら司くんと一緒にショーをこれからもしたいとは思っているよ。」
「ああ、それはオレもだ。」
「でも、現実はそう甘くない。」
そうだな、とは言わず司は黙って心の中で頷いた。
「将来人気商売を目指し、そしてなるであろう君と、僕。きっといずれ様々な障害が生まれる筈だ。パパラッチ、熱愛、炎上…。今よりも僕たちは一緒にいる時間もなくなるし、むしろ好きなまま外に歩くことも出来なくなることもあるだろうね。それに今の日本でよく話題になっている同性同士の偏見。あの有名人が同性愛だなんて発覚したらここの世界ではただ事じゃない。」
「…」
「僕は君が好きだよ。司くんと、初めて会ってからずっと。ハロウィンの時に、ぶつかったこともあったし色んなこともあったけどやっぱりこんなにもずっと一緒にいたいと思ったのは君だけだった。今のままでも充分幸せだし、満足だけど…。でも、」
声が無くなった。
「……類、泣いてるのか?」
だんだん震えてきた類の声に、そう問いかけると静かになる。横にいる類の顔を見ればいいのに、見ないまま司は天井に向かってそう言った。すると小さく、しゃくり音が聞こえてきた。
「…………怖いんだ。君が、将来スターになると言って前に向かう姿を見て、今の幸せが、だんだん無くなってしまうのではないかと思ってきて…。」
「司くんの夢を壊したいわけじゃない。でも、大人になった時、今みたいな幸せが無かったら、って考えると…時々怖いんだ。僕も大人になりたいよ、演出家になって君を、みんなを笑顔にさせたい。…でも、大人になりたくないんだ……。」
小さく、臆病でごめんね。とそう謝られた。
類はよく、人を見ている。人を見て、そして自分がどうすればいいか、自分が出来ることはないか、と考えることがある。きっと、彼は今司の将来を思って自分の存在が消えるのではないかと、重荷になるのではないかとそう心配して苦しくなっているんだ。
優しすぎるから、そう思い込む類を司はよく知っている。だって司の好きな人だから。
重たい体を動かして両手で顔を覆いながら音なく泣いている類に近寄った。お互い裸だから肌が触れ合えば暖かくて、司は類の脇に引っ付く。
「何故、お前はそう考えるんだ。」
「……」
「今はオレたちは高校2年だ。大人になるまで3年もある。その3年は子どもだ。子どもらしく、初々しく付き合って過ごせばいい。大人になって、酒が飲めるようになって仕事も増えて忙しくなったら、大人らしく付き合って過ごせばいい。確かに類が言う通り、オレたちは人気商売を目指す夢をもっている。人の評価を気にして、その評価を下げないように生きるため自分の全てはさらけ出せないだろう。」
きっとそれは、簡単なことでなくしんどいだろう。
「でも、そんなことはしたくない。」
「えっ…?」
ピタリと動きを止めて隠れていた顔が出てきた。涙の後でキラキラになって反射した目元は司の目によく映った。
「さらけ出して、みんなからオレを愛してもらうように努力する。」
「それって、」
「というか、お前オレを見くびりすぎだぞ!」
「わっ、え、え、?」
突然の司の大声に大袈裟に類の体はビクついた。
「同性同士付き合っているからって、そんな事で人気下がると思うか?!この、オレが!!」
「へ………」
「オレはスターになる男だぞ!!そんなごときで人気下がるわけないし、それにお前いなきゃ幸せなぞないだろう?!」
「…!」
「何を弱音吐いている。今のままの幸せで満足なら、これから待ち構えている幸せに、お前はきっと耐えきれないだろうな!」
「それって、司くん、」
「むしろ楽しみにしておくべきだろう?これからの幸せ、そしてオレたちの2人の関係を、」
違うか?そう言うとぐにゃりと類の顔が歪んだ。本当に、優しいやつだ。これからの事を考えるなんて、贅沢な悩みだと思う。
ギュッと司は類の体を抱きしめた。自分よりも少し大きくてガタイの良い体。中身は子供のように臆病で野菜食べない小さな子みたいだけど。
カーテン越しから、月の灯りが明るく差し掛かっている。ああ、目が覚めてしまったな。
「な、類。今は今しかない幸せを感じればいいんだ。」
「…それは、」
「だからほら、………今はオレを愛せ。」
「っ…ふふ、うん。僕、色々考えすぎてた。今目の前の幸せだけ、考えればいいね。…ね、司くん。」
「なんだ。」
「もう1回、僕と大人の階段上ろうよ。」
「…っ?!はっ?!おい、まさか、またヤるのか…っ?!」
「だって愛せと言われたし、力強く抱きしめられたらそりゃこう思っちゃうだろう?」
「まてまてまてまてまて、違う。そういう意味じゃない、抱き返せという意味だ!!それにもうオレは無理だぞ?!」
「さ、もう一度頑張ろう司くん!」
「や…め、ッひっ、さ、さわるなぁ…っ!ぁ、あッ…!」
味気ないピロートークだったけど、初めて類の涙を見た。
綺麗な涙だった。
確かあの時のオレは大人になりたいと願いつつも、何だかんだ今のままで充分幸せだったからちょっとだけ大人になりたくないと思っていた。類には言えないが、こうして高生活を共に過ごせるのって青春だし、大人になったら味わえないだろう?
お酒を飲んでお互い仕事話をするのもいいが、それよりも今は1番にショー2番にショー3番にショーみたいな生活をしつつ、初々しく青春をして恋愛をするのも素晴らしいさ。
スターになりたいから早く大人になりたいけど、
やっぱりまだ大人になりたくなかったな。
あの時の、オレはそう思っていた。
*
けほ、と小さく咳き込みながらあのまま朝を迎えた。
昨日劇場から全力疾走で帰宅して泣いた後、お風呂に入ってそのままろくにご飯を食べずに寝てしまったようだ。夜ご飯を呼びに来た母親と父親はくぅくぅと眠っている司を、どうやら起こさなかったらしい。目が覚めて今は朝の七時。少し早い一日のスタートだった。
静かな1階に行くとまだ寝ている両親を起こさないようにと司はそのままキッチンへ向かった。とりあえず、お腹が悲鳴を上げている。冷蔵庫を開けると目の前にはラップしてあるおにぎりが2つ皿の上に置いてあったのを見つける。そしてその上に手紙もあって、「起きたら食べてね」と優しい筆圧で書かれた文字を見た。どうやらこうなることを母親は見越した上で、おにぎりを作ったようだ。感謝しながらラップを外してもそもそと2つのおにぎりを平らげた後、顔を洗って歯を磨いてまた自室へ向かった。
それからもう一度寝ようとしたが中々寝られず、溜まっていたージカル映画を見ながら時間を潰すと、もう昼近くになっていた。すると母親と父親の声が聞こえてきた。司は急いで部屋を出てリビングに行きおはようのあいさつと共におにぎりの感謝を伝える。
「昨日は疲れたのか?」
朝ごはんを食べていた父親からそう聞かれ、司はいつもどうりの笑顔で「ああ。少し張り切りすぎてしまったんだ。」と伝えた。そしてそれからというものの、特に用もなく1日が過ぎた。
夕方になれば美味しい夜ご飯を食べ、暖かいお風呂に入って明日の学校の準備をしてベッドの中に入り込む。スマホには連絡先を交換した山崎からのメールと、山下の課題についてのメールが来ていてそれに返信をして司は瞼を閉じた。
今日1日、忘れようとしてもやっぱり思い出すことがある。
昨日再会してしまった類のこと。
目が合ってしまった時、懐かしく感じたあの瞳はやっぱり今も鮮明に覚えていた。
ガバッ、と布団を思いっきり被って司は頭を振る。
もう、もう類の事は忘れないといけない。たったあの1回、会えただけでも幸せなのだから。だからまた会いたいとか、そういった欲張りのことを考えるのは……だめなんだ、天馬司。
だめだ…だめだ、"天馬司"ー……
今のオレは、あの時のオレとは違う生き方をしている。
スターになるきっかけの、咲希はいない。
ショーをする仲間もいない。
演劇は、趣味程度のもの。
あの時の天馬司と、今の天馬司は違う。
だから今更、何もないのだ。
類にあの一瞬、会えただけでも幸せだろう。
だから夢をみてはいけないのだ。
次の日になり、次は朝から頭が痛かった。
最初は偏頭痛かと思いきや、そうではないと知った途端体は重く「あ、これは風邪のせいか」と気づいた頃、教室にいた筈の司は今や保健室のベッドの上で横になっていた。クラスの保健委員が付き添いで授業中にも関わらず面倒をみてくれたようだ。いつもは気のうるさい山下なのに、今日のこの自分の体調不良だということを最初に見破ったのは彼だった。大きな声で話している普段の彼とは違い、司の頭に響かないように控えめな声で優しく保健室へ行けと促してくれた。そして保健委員、先生に事情を説明してくれて今ベッドの横にある教科書の入ったカバンも後からもう一度来た保健委員が山下が準備をしてくれたと言ってくれ司は思わず涙が出そうになる。
数分目を瞑って横になっていると保健室の先生が静かにカーテンを開けて困った顔をして司の顔を覗き込んだ。
どうやら今、家に電話をしても誰も出なく親のスマホにも連絡が届かない、とのこと。
毎日自転車で通学している司は今の自分の体調は歩けないほどの事じゃない、と説明し自力で帰宅をすることにした。もちろん、保健室の先生は渋っていたがこの後学校の先生全体の会議があるらしく、誰も司の付き添いをすることができないようでその提案に先生は頷くしかなかった。
異変が感じたら、すぐに電話をすること。
そしてなるべく自転車使わないで公共交通機関で帰ること。
その2つのことを言われ、司は無理して笑いながら保健室を後にした。ベッドから起き上がったせいか、さっきより体は重い。視界はふらふらで額からは汗が滲んできた。
…しんどいな。
久しぶりの風邪が、こんなにもしんどいだなんて。
一つ一つ足を動かしながらぼんやりと司は頭の中で咲希を思い出した。
*
咲希は、いつも病室にいた。
外で遊んでいる同い年の子を羨ましそうに見ているのを家族に隠しながら平然とした様子で絵本を読んでいるのを司は知っていた。
それをいつもオレは知らん顔をして一緒に絵本を読んでいた。
風邪なんて、オレは引かなかった。周りよりもむしろ人一倍元気でよく幼稚園の先生から褒められた。
その引き換えに、咲希は弱かった。自分が咲希の元気を取ったのだろうと幼い頭でそう自分を責めて1人泣いていた事があった。
自分の大好きな妹が何故いつも無理して笑っているんだろうか。本当は、みんなと遊んで生活したいはずなのに。なのに今の自分は外で遊べるし全力で走ることもできる。
咲希に、この元気を半分以上分けてあげたい。
ずっとそう願っていた。
せめて咲希の前では泣かないように、そして親にはもう咲希でいっぱいいっぱいだから自分の心配はさせないように、いつもオレは笑っていた。
面白い話をしたり、咲希の好きな本を見る。
少し人間関係で悩んでいても、咲希のほうがもっと辛い思いをしていると思って親には相談はしない。
天馬司は、そういう人間であると偽った。
みんなのスターになるため、笑顔を届けるそんな存在。
だから自分が笑顔にならなければならない。
辛くても、自分が笑わないと誰も笑わない。
そう思っていた時、そのオレの仮面を取ったのは
紛れもない、類だった。
いつしかの事。
珍しく体調不良に見舞われたオレは朝、いつもどうりに家を出て無理やり学校に来た。
だけど歩く度に気持ち悪さは増え、そして学校についた途端我慢ならないほどになった。
「う゛っ…ゲホッ、」
誰もいない旧校舎のトイレで嫌な咳が響く。いつも使う校舎だと人がいるから迷惑がかかると思い、ここに来た。旧校舎といっても少し新しい洋式のトイレ。それを抱えこむようにしゃがんで嫌な汗を流しながら司はまた咳込んだ。
誰かに頼りたくても、なんて言えばいいのかわからない。
そして保健室に行ったらきっと家族や咲希に迷惑がかかってしまう。咲希が心配そうな顔をして悲しむのは、見たくないのだ。
でもこんな自分1人だとしとしとと目から涙が出そうになる。温もりが欲しかった。
「うっ…ぇ…ッ」
…胃が、ムカムカして気持ち悪い。
気持ち悪い、吐きたくても…吐けない。ぐるぐる視界が動きながら己の気持ち悪さに耐えるようにたた我慢をする。食あたりは、前に経験したことあるがあれは腹痛だ。
吐き気なんて、久しぶりだ。
「ぅぐッ…ぅおえっ…?!」
急な胃からの逆流に思わず驚いてトイレに顔を突っ込む。でも、出たのは胃液で、それでも止まらぬ嗚咽と悪心に涙と冷や汗が止まらなかった。
吐きたい、でも吐けない、
どうすればいい。
キュルキュルと嫌な音が喉から聞こえてくる。そしてだんだん呼吸も荒くなって意識が朦朧としてきた。脱水症状かなにかだろう。朝から飲み物も飲まずにいたからきっとその代償が今きたのだ。いっそ、気を失ったほうが楽だ。そしたら誰も迷惑かかることなく、1人で寝ていられる。
そう思いながらガクン、と力が抜けた時だった。トイレに頭をぶつけると思っていたがその衝動の痛みが感じず、後ろから捕まれた感覚があった。
「…吐けた?」
「…ぅっ…?」
誰の声だろう。わからなくて、目も開けられなくて司はただ首を横に振った。すると掴まれていた腕は離されて、その手は司の背中にやってきて優しく摩ってくれた。
「大丈夫?保健室行く?それともまだここで様子見る?」
「……ッう、っ」
「吐けるかい?手伝おうか?」
もうなんでもいい。
まだ朦朧とする意識を早く手放したかったけどそうはさせてもらえない事がわかってそれは諦めた。とりあえずこの気持ち悪さから解放されるためには吐くしかない。手伝おうか、という言葉に甘えるようにゆっくりと頷くと次の瞬間、自分の口に異物感を感じて司はギョッと目を見開いた。
指だ、
「ごめんね、指。突っ込むよ。」
「うっ?!おごっ、オ゛ェッ…んぐぅッ……!!!お゛え゛ぇッッ…!!」
「辛いね、頑張って。」
「ッがっ!おぇっ…ングッ……ウグッ…!」
びちゃびちゃびちゃびちゃと、生々しい嘔吐音が聞こえて吐いてスッキリしたのにも関わらず、顔は涙と汗でぐしゃぐしゃで何もどうすることも出来なかった。
突っ込まれていた指はずるりと抜けて反対の手で頭を撫でられる。
「はっー…ッぁ、はっー…、」
「楽になったかな、お疲れ様。」
そう優しく言われた後疲れたからか司は気を失った。
次に目が覚めた時は保健室の天井だった。時計を見ると、もう3限目で昼休みまで休んでいろと保健室の先生から言われ司は再び眠りにつく。まだ少しダルい体も、徐々に回復していった。
カラカラ、とドアの開く音が聞こえてカーテンが開いた。昼休みのチャイムと共にここに来たのは類だった。
「体調はどうだい、司くん。」
「…ああ、大丈夫だ。心配をかけたな、」
隣のクラスのくせに、わざわざ見舞いにくるなんて律儀な奴だ。司はベッドから起き上がると手にはお弁当を持っていた類は、司のベッドの隣にあるパイプ椅子に腰をかけた。少しの無言、そして機嫌悪そうな表情を浮かべた類に首を傾げる。なんだ、その顔は。
「……類?オレは大丈夫だから教室に戻ってもー…」
「司くんは、人をもう少し頼るべきだよ。」
鋭い口調で言われ、体が固まった。
「君、無理して学校に来て1人旧校舎で吐いていただろう。」
「なっ、」
「周りにはいつも通りの笑顔で挨拶していたけど、若干の額からの汗と、いつもよりゆっくりな足取りをしていたから心配して追いかけたんだ。…そしたら嗚咽音が聞こえてきて、意識朦朧としてる君がいて僕が駆けつけたから良かったけどもしかしたら誰もいない所で倒れていたかもしれないんだよ?」
あの、指を入れて吐くのを手伝ってくれたのは類だったのか。
「それに僕達は恋人だよ。司くんに何かあったら、僕も悲しい。」
ああ、そうか。倒れたら倒れたで類に迷惑がかかるのか。それを忘れていて、司は小さく頭を下げる。
「それは………すまない。お前に色々迷惑をかけてしまった、」
「迷惑をかけて欲しいからそう言ってるんだけどどうしてそう君はすぐ謝るんだい。」
「大事な人こそ、自分の手で笑顔にしたいだろう。」
今までオレは笑顔を届ける存在を目指していた。咲希にも、家族にも心配かけないようにしていた。バレるはずもなく、バレずに隠して生きていた。でもそれに気づいたのは、類。
頼るのが、迷惑になると思っていたから出来なかったのに人に、頼っていいとあたかも普通な顔をして言ったもんだからじわりと目から涙がでかけた。
単純に、頼っていいんだ、という許しを貰えた気がした。
ずっと、欲しかった言葉だ。
小さい頃から咲希を見て、頼る存在を目指していたからずっと自分はそんな存在だと思っていた。
でも、いつかは頼られる存在を見つけて、時には頼りたかった。
その存在が今ようやく見つかった気がした。
「…司くん?どうしたの?具合悪い?」
何も反応のない司を見て、心配そうにそう覗き込む類はいつもより優しそうな目をしていた。瞳には自分の姿だけ映っている。自分を見てくれている気がして少し甘えるように司は小さな声を出した。
「……少し、お腹痛いかもしれん。」
初めての、頼りだ。
「えっ、大丈夫?薬飲む?先生今いないから呼んでこようか。早退する?僕も早退して送って行くよ。」
ああ、悪くないかもしれない。人に頼るというのも、甘えるというのも。だけど今司が求めているのは薬でもなく休みでもない。
先生を呼び行こうと立ち上がった類の手を掴んだ。
「少し…一緒にいて欲しいんだ。」
「……それは、少しと言わずとも何時でもいるよ。」
彼氏として、合格満点の模範解答だ。
人を頼る、というより甘えるということがこんなにも居心地がいいなんて。
家族にも見せたことのないこんな自分を、初めて見せてしまった。
初めて、類に。
それから確か人の目を見て、オレは類に甘えるようになっていつしか寧々とえむから「あんた達、コソコソとしているようだけど甘々な雰囲気バレてるから。」と、「2人とも幸せわんだほいだね!」と言われ、付き合っていることもバレてしまった。
そして2人からそう言われたあと、甘えるのを控えていたら逆に類から甘えられて、新鮮な類を見れてたくさん甘やかしていたら寧々から怒られたのを覚えている。
ふは、何度バカップルと言われたっけな。
*
自転車を引きながらゆっくりと歩きながら引いていく。もうとっくに家についているはずなのにまだつかない。いつもならなんなく通過するこの坂が、今はかえって地獄だった。
頭が痛くて、ガンガンする。視界はもうふらふらだ。
(…初めて、体調不良で甘えたのが類だったな。)
旧校舎で吐いたあの日だ。
その日、確かその後自分は早退して類も何故か早退して送ってくれたのだ。誰もいない自分の家で、類は胃に優しいプリンとかを後から買ってきてくれて親が帰ってくるまでずっと一緒にいてくれたのを覚えている。
(あったたかったな…あの手、)
あの時の類が大好きだった。
いつもは色んなものを見ているあの目が、あの時は自分だけを写していたから。優しく摩ってくれて、ゆっくりした口調で話してくれて、時には頭を撫でてくれて…。
(もっと…あまえたかったな、)
親とは違う、甘い愛が類からもっと欲しかった。
それが今になってすごく恋しく思えた。
坂をようやく登りきった。おじいちゃんでも息切れることはないのに、今の自分はまるで持久走を終えたようなくらいの激しい息切れをしていた。あと家まで数メートル。
もう少しの道のりだ。
自転車を支えにして踏ん張った時、足の力がいきなり抜けて、それを機に一瞬視界が真っ暗になってしまった。
懐かしい、大好きな手が背中を摩ってくれたような気がした。
(あ…)
誰か、自分の背中に手を回してくれたのだ。倒れそうになった自分を助けるために。
その手のおかげで倒れたら痛そうな地面の転倒は逃れることが出来た。ありがとう、とお礼しようとしたけど力が入らなくて司はそのまま眠ってしまった。
……どのくらい時間が経っただろうか。
確か学校から出たのは昼過ぎ、今は2時くらいか。というかまだ家に着いてないのに、何故オレは今横になっているんだ?頭の下には枕があるし、涼しい風が当たっている。
……あれ、オレ、倒れたんじゃなかったっけ。
「……ハッ?!」
「やあ、起きたかい。」
「ぎゃっ?!?!」
ゆらりゆらりとしていた意識を取り戻して目を開けるとそこに映ったのは晴天。まさか地面に横たわって気を失っていたのだろうか、と思わず驚きながら起き上がろうとすると頭上から声が聞こえてきて飛び跳ねるように起き上がった。
そして声の聞こえた方を見る。ズキズキとする頭の痛みと、喉の痛みを一瞬忘れかけたかのように、時空が止まった。
(なん、で…)
なんで、お前がいる。ここに。そう出かけた声は失った。
細い目をして、こちらに優しく微笑むその笑顔はやっぱり昔から変わっていない。
むしろよく似合っていた。
「丁度あの坂を歩いていたら目の前にいた君がふらふら歩いているのが見えてね。様子がおかしそうに見えたから後を付いて行ったら倒れそうになっていたんだよ。」
「……ぁ、」
「あの時タイミング合わなかったら君は今頃額に大きなたんこぶを作っていたかもね。ふふ、運が良かったね。」
そう言って笑った類だった。
どうやら、倒れそうになっていたオレを、たまたま見かけた類が助けてくれたようだ。…たまたま、なんていうのは本当なのか分からないけど今はそれどころじゃない。
早く、去らなければ。
「あの、助けてくれてありがとうございます。もう帰ります、」
「ああ。安心して。君が気を失って僕の膝枕で眠っている間にタクシーを呼んだんだ。その体だと歩けないだろう?」
「え、」
「お金は僕が持つから安心してね。タクシー、あと10分くらいで着くって言っていたからそれまでここでゆっくりしているといい。」
(やられた、)
どうやら類は、ここに来た理由は偶然じゃなくて紛れもなく天馬司目的だ。見事に逃げ場を無くした司は思わず身を固め、そして類のその言葉に頷くしかなかった。
とにかく、類にバレないようにしないといけない。だけど自分よりも頭が冴えるこいつにどうやって嘘をつけるだろうか。なんてそう考えていながら刻刻と時間は過ぎていった。
「君は今中学生かい?」
「あ…はい。」
「そうか、1年生かな。着ている学ランが少し新しいように思える。」
「そうですね、今年入学しました。」
「ふふ、そうなんだね。慣れない環境は大変だろう?僕も中学生の頃よくサボっていたりして学校休みがちだったな。」
知ってる、そのくせ神高では先生から追いかけ回されて変人と言われるようになったのも。
類の口からは意外にも、普通のことばかり出てきた。
学校では何をしているの、とかどんなことを勉強しているの、とか。そういったありきたりの話題ばかり質問され、てっきり天馬司について質問してくるのかと思いきやその1文字も出てくることは無かったのだ。
だからタクシーが来るまでの時間はあっという間に過ぎたが、それでも時々こちらを覗き込むように見てくるあの金色の瞳は怖かった。
まるで、逃がさないと言わんばかりにこちらを見てくる。
そしてようやく解放された。公園近くにエンジン音が聞こえたのだ。
「タクシー、来たみたいだね。」
そう言った類の声に気がついて司は思わず胸を撫で下ろした。やっと神経を使うこのひと時から解放される。
公園の傍に止まったタクシーに寄ると類も来て、そして何食わん顔をして財布から札を取り、司に渡す。へ、と思いながら受け取った枚数はどう見てもお釣りがでる大金だ。司は慌ててそれを見て止めた。
「あ、あの、そんなお金…!」
「ん?ああ、大丈夫だよ。お釣りが出たら貰って。」
「いや…、そんな、申し訳ないです。」
だって類でも、一応お金を借りたら返すのが当たり前だろう。それにきちんと返さなければ自分が気が済まない。
お金を受け取れない、とそう拒む司を見て少し考える素振りをした類はじゃあ、と言ってスマホを取り出してきた。
「なら今度会った時にこのお釣りを返しに来てくれるかい?」
「え?」
「そうしたら君も気楽にお金使えるだろう?」
そう言ってスマホを目の前に出される。
これは、一体。
連絡先を交換しようということだろうか。この状況に司は動揺する。類とはもう関わりを切りたかったのに、ここまで関係を持ってしまうと色々とまずい。思わずスマホと類の顔を交互に見つめた。
あちらはそう言ったきりニコニコ笑って何も言わない。さて、どうしたものか。断りたくても今ここでこの連絡先交換を断る理由が司にはないのだ。
考えようとしても頭はだんだん痛くなる。…正常な判断が、分からなくなる。
とりあえず、お金を返すためにも今は連絡先を交換するのが1番の手段だ。それで今度、会ってすぐお金を返して、あとはこの連絡先を消せばいい。
うん、そうすればいい。
「…連絡先、送りますね。」
「うん。来たよ、また今度会おうね。」
連絡先を交換していると、タクシーの運転手が後部座席に自転車を積んで、司に助手席に座るように促した。とりあえず類からお金を受け取った司は連絡先を交換したスマホを学ランのポケットにしまい、助手席のドアを開こうとした。
「…"またね"」
「……お金、また必ず返しに行きます。」
そう告げてバタン、と扉を閉じる。住所を運転手に伝え、そしてシートベルトを着けた司は大きなため息を心の中でついた。
だめだ、どうしよう。
劇場で見た、あの時よりも近い距離にいた成長した類。高校の時よりも大人びていて余裕そうな顔は様になっていた。また、身長が伸びたんじゃないかと思うほど背は高い。…まあ、自分が今小さいからそう思うのだろうけど。
(…やっぱり、カッコイイな。)
コツンと窓に頭をつけた。
ぼんやりとそう思う思考を止めようとしてもダメだった。ほら、だから類と関わりたくないのだ。
会ってしまったら、こんなに懐かしく思ってしまい、愛しく思ってしまい、そして、愛して欲しいと思ってしまうから。
ダメだとわかっているのに、公園で話したこと、そして連絡先を交換したことは嬉しく思う。
矛盾する自分の考えはぐるぐると巡りあうまま。
「………はぁ、」
さっき公園でオレに対して"何も"質問してこなかったのはわざとそう仕向けていたと思えてきた。…タクシーを用意しておいて、そしてこうなることを見据えて繋ぎを作るために連絡先を交換するように、と。
……まずい。
類とは距離を置くべきだと思っているのに、ここまでやられたなんて。
一体あの錬金術師は何を考えているんだが。
もしかしてまた前みたいにオレと一緒にいたいと言うのだろうか。
いやいや
それは、ダメだろう。
年齢は、29歳と、13歳。成人と未成年。
学生と、演出家。
どう考えても、類と一緒にいたらオレは迷惑にしかならない。
それに、一緒にみんなを笑顔にするという約束も、今のオレには…叶えることは出来ない。
お互いのためにも、もう互いの人生を歩むべきなんだと思っている、そう思っているのに。
体の熱が全部引いた頃、丁度よくスマホに類からメッセージが届いたのだ。
そして今度の土曜日に会う約束をした。
場所は類の指定したカフェ。
偶然なのか知らないが、そのカフェは昔1度類と共に来たことが会ったカフェだった。
高校生の時よりも内装は少し古くて、でもデザインは今どきを取り入れたような店内だった。10年以上経営しているここは古カフェとも言えて、カランと鳴る鈴の音とともに懐かしながら店内に入った。
まだ着きそうにないから先に中で待っててくれ、とそのメッセージが5分前に来ていて、司は一足先に奥の席に座りメニューを開いた。
いや、なに飲み物頼もうとしてるんだ。お金を渡してすぐ帰らないと。
メニューをしまい、目の前のテーブルの上に茶色い封筒を出して類を待つことにした。土曜日だからか、周りには少しお客さんがいてみんな大人しく珈琲や高級そうなパフェを嗜んでいた。地元愛のあるカフェは前来た時と変わりないようだ。
カウンターにいるここのカフェのマスターも少し歳を取ったものの、元気そうにお客さんと話している。あの笑顔も、前と変わらない。
ここのカフェに初めて来たきっかけは本当に偶然だった。
*
「ぬおおお…!!とんでもなく土砂降りじゃないかっ!!」
「ま、待って司くん!走っても濡れるだけだからどっか雨宿りをしよう…!」
何度目かの、デート。その日は確かショーに使う道具の買い出しがてらのデートだった。
最初は快晴だったのに、ショッピングモールを出た途端バケツをひっくり返したかのような雨が歩いている時に降ってきてお互い濡れないように買った物を大事に抱えながらその中を走っていた。バチャバチャと既にできた水溜まりは靴に染みて最悪だ。せっかく咲希からコーディネートしてもらって類から褒めてくれた新しく買ったはもう散々な姿になってしまった。
後ろから着いてきている類の言葉に賛同した司はとりあえず濡れた服がこれ以上濡れないようにと近くの屋根付きの所に避難した。服を絞ったらたくさん出てくる水は、どうやらペットボトル1本分になりそうだ。
「ふふ、司くんの頭ぺちゃんこだね。」
「む、そういう類こそしなしなになっているな。」
「お互いお風呂上がりみたいな姿になってるね。…なんかヤった後って感じする。」
「そういうことを外で言うんじゃないっ!!」
「だってびしょびしょになって肌に服がくっついている司くんを見たらそう思うのは当然だろう?事後終わりのお風呂場での後処理を鮮明に思い出すよ。」
「お前の頭はいつもそんなことを考えているのか?!やめろ、ニヤついた目で見てくるんじゃないっ!」
「ふふ、思春期なんだもん。」
「長身が語尾にもん、ってつけるな。とりあえず雨が止まない限り帰るのは無理そうだー…へっくしょん!!」
ぶる、とクシャミをしたと同時に寒気が伝ってきた。「寒いかい?大丈夫?」と隣から心配する声が聞こえてきて司は大丈夫だと答える。そう言っている類も微かに唇青い。だんだん着ている服から染みた雨が身体の体温を奪ってきているようだ。
未だ降る雨は止むどころか強まる一方で手に持っていたスマホを操作して親に連絡しようか迷ったが司はその手が止まった。
「…類、」
「うん?」
「お前のご両親、今日明日不在だと、言っていたよな?」
「ああ。遠い親戚の不幸でね。今日の午前中には出て行ったよ。それがどうかしたかい?」
「いや、さっき天気予報アプリを見たんだが直ぐにこの雨は止みそうになさそうだから連絡して迎えに来てもらおうかと思ったんだ。」
「うん。」
「…オレの親両方も、今日は旅行だと言って不在だということを今思い出してな…。」
「なるほど、それは大変だ。」
「咲希は今一歌達とお泊まりをしているし、この雨の中咲希を歩かせたら風邪を引いてしまうだろう。」
「そうだね。僕も咲希くんには風邪を引いてほしくないかな。」
「ああ。そうなると、……長い雨宿りになりそうだな。」
「そうだねぇ……。」
午後からの降水確率100%。
なぜ、この数値を見なかったのだろうか。今雨宿りしている場所の近くにはコンビニも何も無い。ただの住宅街だ。この距離から司の家、類の家は歩いて20分は軽くかかるし、タクシーを使うにもこんなずぶ濡れでは利用出来るわけがない。
「くしゅっ…!」
「大丈夫か?類。」
でもお互い限界だ。
これは明日必ず風邪を引いてしまうな。服の裾を絞りながらそう考えている時、後ろからカラン、と鈴の音とともにドアの開く音が聞こえてきた。
「大丈夫かい、君たち。中へお入り。」
「「えっ、」」
雨宿りするために屋根付きのところを探していたから気づかなかった司と類。後ろにはカフェの名前の看板があったのだ。
どうやらこの屋根付きは、カフェの屋根のようで。
偶然にもここで雨宿りをしている2人に親切に声をかけてくれたのがそこのカフェのマスターであった。
中に入るとふかふかとタオルとともに甘さたっぷりの珈琲を入れてくれ、体はすぐに暖かくなった。
そして雨が止むまでここにいるといい、というその言葉に甘え、類と司は暖をとりながらマスターと色んな会話をしたのだ。
あの時、カフェには司達しかいなくどうやら休業日でマスターは店の仕込みをしていたところ急に雨が降ってきて司たちを見つけたらしい。そして2人のために店を開けてくれて珈琲を入れてくれた優しいマスターは、「君たちに入れた珈琲は営業外だからお金はつかないよ。」と言われ、最後の最後まで優しかった。
そして別の晴れた日に、感謝の気持ちを伝えるため類と共にまたこのカフェに訪れた。それからいつの間にか何回もここのカフェに来て、マスターと仲良くなったのを覚えている。
*
ぼんやりと懐かしきマスターを見ながら司はふとスマホを見た。チカチカと通知がきていて、「もう着いたよ」というメッセージが見え、体が固まるのを感じた。カラン、と音が鳴ってその方向を見ると少し急ぎ足でこちらに向かう類の姿があった。
手にはバックを持っていて、休日なのにも関わらずスーツを着ている。何かの打ち合わせだったのか、仕事してきた感満載の姿だ。
「ごめんね、遅れて。」
息が少し荒い類に司は、心配の言葉ではなく「大丈夫ですよ。」とただその一言だけ言った。仕事中だったら申し訳ないし、早くお金を返して帰ろう。そう思いながら茶色い封筒を類に渡そうとした時その上からメニュー表が被さって、えっ、と声が出そうになった。
「遅刻しちゃったから、お礼。走ってきたから喉カラカラなんだ。ねえ、喉乾いてない?」
「いや…っだ、大丈夫です!」
「そんなこと言わずにさ。何がいい?」
「うっ…」
断れるわけもなく、司は目の前にあったクリームソーダを指さした。
どうやら類は午前中仕事をしていたらしい。その仕事を片付けようとしたら少し時間がかかってしまったとそう話す。その内容に頷きながら司はただクリームソーダをぱくぱくと急ぐように食べた。だんだん心臓が早くなる。
さっさとここから出たい一心でたまらなかった。
「連絡先の名前を見たんだけど君は天馬司くんって言うんだね。」
「っ!」
「歳は13、名前は天馬司…ね。」
しまった。
自分の失態に後悔した。メールのホーム画面に、フルネームでオマケに漢字で登録していたのだ。それを類が見て、名前がバレてしまった。風邪引いたあの日、家に帰ってからずっと寝込んでいたからそこまで頭が回らなかった。
もうそろそろ、チェックメイトがきてしまう。
だからその前にここを出よう。クリームソーダももう食べ終えたし、お金も類に渡した。類から何か言われる前に去らないと。
そう思って司は席を立つ。そしてこちらをただジッと見つめる類に頭を下げて通り過ぎようとした時、自分より一回り大きな手で腕を掴まれた。
そして一言、司の心臓に突き刺さる言葉が類の口から出たのだ。
「君は"司くん"かい?」
「…ッ、」
ついに、ついに聞かれたその言葉に司は頭が真っ白になった。
どうしよう、そう考えている間。類は逃がさないと言わんばかりに司の腕を掴む力を強くして、痛みに耐えられなくて顔を歪めた。だけどそんな司の様子を無視するかのように力は緩めない。
「何もかも君は司くんと同じなんだ。初めて劇場で会ったあの日、驚いた。小さな司くんがいたもんだから。」
「いっ…」
「ねえ、答えて。君は誰なんだい。司くんじゃなかったら、君は彼の何?劇場で目が合った時、酷く怯えた目をしたよね。公演が終わった時、君は人混みを避けるように走って帰ったよね。…ああ、今だってそうだ、僕の目を見て何か言いたそうにしているくせに何も言わない顔をする。」
やめろ、
「同じ名前で同じ顔。声もそっくりだ。仕草も動作も僕が知っている天馬司と同じ。」
やめてくれ、
「彼の隣にいて、ずっと彼を見てきたからそのくらいわかるよ。長年の癖というものは中々抜けないものさ。」
お願いだから
「僕のお星様だった司くん…いや、今は小さなお星様の司くん。君は、もしかしてー…」
「ちがうっ!!!!」
言ってしまえば楽なのに。
その続きの類の言葉に頷くだけでいいのに。
類はもうオレが司であることを察しているのに、なのになぜオレの気持ちを察してくれない…!!
お前の前で、自分が司だと言いたいのに、言いたくない理由があるということ類は知らない。
だからこれ以上はもうやめてほしかった。何も言わないで欲しかった。好きな人の夢を、自分の存在で壊して欲しくなかったから。
類が演出家として、作品を作っているのをこないだ調べて知った。演劇界では名の知れた奇抜な発想をする若手演出家と言われている神代類。
そう。人を笑顔にするという夢を叶えた類に、もう前を向いて欲しいのだ。
だから司は甘えなかった。やっと自分を見つけてくれた、類に対して。
「オレは、オレはお前の知っている天馬司じゃない…!!」
もちろん泣きそうになったとも。嬉しくて頷きたかったとも。でもそれは出来なかった。
この言葉を言っていることは、類の言葉に認めたようなものだけどでも頷きはしなかった。
掴まれた腕を振りほどいて司はその日初めて類の目を見た。類は金色の瞳を大きく見開いてこちらを見ている。
その顔を見て、司は何も言えなくなって店から出た。
それからは覚えていない。ただ家に帰るまでの間無我夢中で走って、クリームソーダを飲んだからか脇腹が痛くなるのを感じたくらいだ。
もう、遅いんだ。
類と一緒にいれないんだ。
だってオレは、お星様じゃなくて
小さなお星様だから。
小さいから、迷惑をかけてしまう、そんな存在だから。
類には、もうオレを忘れてただ前を向いて欲しかった。
人生最大の失恋をして泣いたその日の夜。目がパンパンになって日曜日の朝両親から心配されたくらいの無様な顔になったのを見て自分でも女々しいと思ったくらいだ。
自分から突き放したのに、やはり未練というものはこんなにも残るものだな、と。
類のことを突き放してしまったこと、今だ司は後悔をしている。あの日類に全てを打ち明けたらどうなっていたのだろう、とそう想像するばかり。きっとこうはならず少なくとも笑って幸せだったのだろうなと思う。
でもやっぱり今の類の隣に自分がいるのはふさわしくない。もっと別の人が隣にいるほうが…。例えば舞台女優とか……ほら、もうすぐで類もいい歳だろうし。結婚とかそういう話もあるだろう。それなのに17も離れた同性の男がいるなんて…だめだ、
だめなのに…
なのに類の隣に誰かがいると想像すると、自然と涙が溢れてくる。
できれば、自分が隣にいたかった
類の演出で、ショーをしたかった、
したかったのに……
司は泣きながら最後の力を振り絞って、類の連絡先を消そうとしたが、それは出来なかった。ひゅ、と喉がなった。
「……ぁ、こ、れ、」
そういえば交換してからまじまじと見なかった類のホーム画面。
今よく見るとその画面には懐かしい自分達の姿がいた。
あのステージをバックに、練習終わりにえむの一言で撮った特別何でもないただの平凡な日の写真。えむははっちゃけた笑顔で寧々は寧々ロボと一緒に微笑んで。類はその様子を見ながら笑ってオレの隣に立っている。オレは、真ん中で決めポーズを取っているのか、そんな目立つポーズをしていた。写真を撮ったのは着ぐるみさんで、少しブレたそんな1枚。思い出の1枚とか、そんなものとは到底言えない何気ない1枚だ。
それが、類のホーム画面に映し出されていた。
ポタ、と静かにまた1粒涙が出てきた。
類は、待ってくれていたのかもしれない、
あの日、オレがいなくなった日からずっと…
それなのにオレは、勝手な自己判断で類の気持ちを無視して距離を取ろうとした。
この姿で類に会ってから、1度もあいつの気持ちを考えたことなんて無かったことに気づいてしまい、手が止まってしまう。
そしてもうこんなわがままな自分にすごく嫌気がさしていて涙は止まることもなかった。
「おはよう、天馬くん。」
賑わっていた朝の教室で、少し離れた席にいた山崎が司が教室に入ってきたのと同時に立ち上がって挨拶をしてきた。おはよう、とそう返す司に何か用があったのか少し黙り込んだ山崎に首を傾げた。
「?どうかしたのか?」
「いや、あの…今日放課後空いてるかな?」
演劇部は毎週1日休みの日がある。今日はその日で、放課後何も無い司はその言葉に大きく頷いた。するとそれを見て嬉しそうな顔をした山崎が「こないだ見た演劇の感想を交換したいんだ。」と言った。
確か、その演劇は類と再会したきっかけのやつ。昨日まで散々泣いた原因でもある奴のことをまたもや思い浮かべてしまい体が動かなくなった。でもあの後山崎を置いて帰ってしまったし、その後タイミング合わなくてゆっくり話す機会もなく、挙句の果てに風邪を引いて休んでしまったから今か今かと山崎はこの機を待っていたのだろう。それを断るのも、良くない。
演劇について話すのはこちらとしても楽しいし、きっとこのまま放課後何も無く過ごすとまた類のことを思い出してしまうだろう。
「ああ、いいぞ。放課後部室で語り合おうじゃないか!」
山崎が持ってきた、あの日買ったパンフレットを見ながらあのシーンはどうだった、このシーンは良かった、とか色んな話が盛り上がった。…まあ、実際司は演劇どころじゃなかったから所々のシーンしか思い出せなかったけど山崎は事細かに色んな話をしていて、聞いていてとても楽しかった。
「やっぱり演劇について語れる人がいるのっていいね。」
「ああ、色んな目線からの感想とか貴重だからな!山崎の主観とかすごく参考になったぞ。」
「そ、そうかな。俺はまだまだ趣味程度だよ。」
窓からカラスの鳴き声が聞こえてきて、部室の時計を見るとあと20分くらいで下校時間になる。丁度よく感想も言い合えたしキリもいい。そろそろ帰る準備をするか、と言おうと司が立ち上がった時パンフレットを閉じた山崎がこちらを見ていたのに気づいた。そして目が合って、司はどうかしたのかと質問すると山崎は少し眉を下げた。
「いや…天馬くん、今日元気ないなぁって思って。」
「えっ」
「あ、いや、俺の考えすぎかもだけど…今日1日大人しかったからどうしたのかなって思ってさ。悩みとかあったら相談のるよ…って思ったんだけど、はは…。」
いつも通り、山下と話していて、いつものようにクラスメイトと接していた自分だと思っていたのにその一言で目を見開いた。誰からも、察されることなんてなかったのに。何故か、山崎だけは気づいた。オレのことを。
演劇が好きな奴はこう…人のことをよく見ているのだろうか。
類もよく人の変化に気がついていたからか、山崎のその洞察力は偶然なのか演劇好きな奴の特徴なのかと思ってしまった。
だけども、司はその山崎の一言に否定しなかった。立ち上がった体は、もう一度椅子に座って少し考えたあと山崎を見た。
人に頼ることは大事な事だ。
それを教えてくれたのも、あいつらだった。
「少し…悩みがあるんだ。」
司はぽつりぽつりと山崎に全てを話した。
自分は、1度人生を終えた身だということ。そして中身は高校2年生で止まっているということ。亡くなる直前まで、付き合っていた人がいるということ。
その人とは…一生を共にする約束をしていたということ、そしてその人とこないだ会って、話をしたということ。
ざっくりとそう説明をした。
バカにされるかもしれない、信じてくれないかもしれない、なんてそう頭に過ぎりながらも今までの自分を話し終えた時。それまで黙っていた山崎の顔を見ると笑わずに真剣な表情をしていた。
「じゃあ天馬くんはかつてショーをしていたんだね。」
「え?」
自分がショーをしていた、ということは山崎には話していないのにそう確信を得たかのように話したことに思わず聞き返した。
「だって部活の時、わかりやすいくらいショーをしたいって顔をしているから。そうなのかなって思ったんだ。」
「え、オレ…そんな顔していたか?」
「うん。見ててショーバカなんだなぁって思ってさ。だから一緒に見に行こうって誘ったんだよ。」
パンフレットを見せて山崎は笑う。
それに対して司は思わず顔を隠した。そんな風に思われていたなんてという恥ずかしさがじわじわと込上がる。
「というか、山崎、オレの話を信じてくれるのか…?」
「信じるもなにも、疑う理由もないじゃないか。それに天馬くんは嘘つかないだろうし、日頃の君の行動見ると納得する部分はあるよ。」
「日頃の行動…?」
「あれ、知らない?周りからは司くんは大人っぽいって言われているんだよ。同い年じゃないと思うくらい冷静で時にはっちゃけるからみんなそう思っているよ。」
「なっ?!?!」
知らないぞ、そんなこと言われているなんて。
歳に合わせて行動していたと思っていたのにまさか皆にはバレていたなんて、いや、バレてないがそう思われていたなんて!
ますます頭が痛くなる。ため息をつくと山崎は笑ってそんな司の肩をたたいた。
「天馬くんは何を悩んでいるの?その付き合っていた人と再会して、これからどうしようかなっていうこと?」
「…それもある。相手はもう29歳だし、オレは13だ。世間的にも、色々考えるとまずいだろうし…それに、」
続きを言おうとしたけど上手く言葉にできなかった。突然の黙り込んだ司を見て山崎は「そっか、」と一言つぶやく。
「その相手とは会ったんだよね?」
「ああ、会って…多分あいつはオレがオレだと分かっていた。でもその手を離した。」
「えっ、どうして?」
「だって…もう、お互いのことを思うと前に進んだ方がいいだろう。年齢もそうだし、あいつは今長年の夢が叶って仕事をしている。その邪魔もしたくないんだ。」
「…確かに16年の壁は厚いだろうし、天馬くんのその考えもわかるよ。でも本当にそれでいいの?」
「…」
「天馬くんは後悔しない?」
「だけど…ッ、オレは、」
「天馬くんが新しい人生を13年間歩んでいた間、その人は天馬くんのことを忘れずに13年間生きていたんでしょう?」
「ー…ッ!」
「その人の13年間を、天馬くんは何も思わないの?」
オレが死んで、13年間…類はどんな人生を歩んだんだろう。
演出家になって、初めてオファーが来た時、どんな内容の演出をしたんだろう。
落ち込んだ時、嬉しかった時、少し泣きそうになった時とか辛かった時、あいつはどんな風にして生きていたのだろう。
オレを…オレを…どんな時に思い出して生きていたのだろう。
自分は一体何を、考えていたんだろうか。
類の気持ちを無視して、突き放して、そして類の13年間を何も知らずに違う道に歩もうだなんて言ってしまって。
類の知らないこと、そんなの全て知りたいに決まっている。
オレの、好きな人だぞ。類の隣にいるのは誰でもない、天馬司がいい。
類と初めて体を繋げた日、ガレージで泣いていた類に同性だろうがなんだろうが関係ないとそう断言したのはこのオレだ。
今、オレはこの歳と性別で、類から逃げている。
「………オレ、あいつの隣にいていいのかな。」
くす、と笑い声が響く。
「それは、俺じゃなくてその人に聞くべきだよ。」
否定もせず肯定もせず、重く受け止めて動かなくなっていた司の背中を軽くするような一言。ハッ、と意識が戻ってきた。
「そう、だな…。山崎、ありがとう、色々自分の中でスッキリした気がする。」
「そっか。ならよかったよ。」
「あ、…この事は内緒にしておいてくれ。オレが転生した、とかそういうの。色々、面倒なことは避けたいんだ。」
「もちろん分かってるよ!」
「ああ、ありがとうな。本当に。」
山崎は日頃の行動を見る限り大人しいし頭も賢いから下手なことはしないだろう。その言葉を信じて感謝を伝える。
下校時間もまもなくで司は今度こそ立ち上がり帰る準備をするために部室の開いている窓を閉め始めた。
後ろにいた山崎の声が微かに聞こえてくる。
「その人と上手くいくといいね………
……何も出来てないこの俺よりも。」
「え?なんか言ったか、山崎。」
「ううん、なんでもない。よし、帰りに勇気付けに俺が飲み物奢るよ!さっさと教室行って荷物取りいこ!」
一目散に廊下に出て行く姿を見て慌てて窓を閉めていた司はその後を追うためにも急ぐ。
「ま、まて!開けた窓を閉めてからにしろ…!!」
少しだけスッキリした体はどこか軽くて頭の中はもうさっぱりだ。今日、家に帰ったら類にメールをしよう。
そして全てを言おう。
ひどい仕打ちしたオレを許してくれるのであれば…もう一度、一緒にいたい。
そうさらけ出すことにした。
コトコトと台所からは煮込む音が聞こえていい匂いがリビングにただよってきた。母親がどうやら最近圧力鍋にハマっているそうで、今日はとっておきレシピのビーフシチューだと言う。ホロホロしたお肉をさっき味見した時、すぐに溶けてしまったから早くそのビーフシチューが食べたかった。でもまあ、父親が帰ってくるまで我慢しなきゃいけないのだが。
夜ご飯の支度をする母親を見つつ、手元にあるスマホをぼんやりと眺めながら司は連絡先の一覧をスクロールした。するすると動かしていけばすぐに見つかる類の名前。少しドキドキしながらもその名前をタップしてトーク画面に移った。
(なんて、言えばいいのだろうか。)
とりあえず手を動かしてあの日突き放してしまったことの謝罪をスラスラと入力した。
最初、お前と会った時嬉しかったがお前の夢を邪魔したくないから距離を取ろうとしたこと。
そしてカフェで言われた時、嬉しくて本当は頷きたかったこと。
でもそんなことをしていたのは全て自己判断でやってしまって、類の気持ちを全く考えていなかったこと。
反省と、後悔の文を打つ。
そして最後にもう一度司は想いを伝えるために懸命に言葉を考えてゆっくりとスマホに文字を並べた。
類へ
あの日はすまなかった。
類の言う通り、オレは、今中学生の体であり、ショーもしていないただの子どもの天馬司だ。信じられないかもしれないが、記憶は残っている。
セカイでやったショー、えむと寧々と4人で盛り上げたあの日々。全て覚えていて、1度も忘れたことはない。
そして生涯を共にすると誓った類の存在も忘れたことは無いんだ。
類のことが本当に好きで、大事な存在だった。
お前が演出家になって笑顔を届けている存在を知って、すごく嬉しかった。
だから突き放そうとした。
こんな自分がお前の足枷になるとそう思ってしまって、類のことを全く考えずに接してしまったことを。
そんなことをしたオレをどうか許してほしい。
もし、このメールを見てオレのことを許してくれるのであれば、もしオレが天馬司だと信じてくれるのであれば返事をくれないだろうか。
直接会ってもう一度話をしたいんだ。
「あとは…送信を押すだけか。」
随分と長いメールになってしまうけど、これでも足りないくらいだ。誤字がないかを確認して、見てくれるかわからないこのメールを送るボタンに手をかざす。
カフェで、最後に見た類の顔は今でも覚えている。驚いて、そして寂しそうな顔をしていた類。…嫌われて、しまっただろうか。今更になってこんなメールを送って会って話がしたいという自分がわがままのように思えて自信が無くなってきた。
手放した時、その時に初めて大事な存在だということに気がつくとはこういう事だ。
「はぁ…、」
山崎にあんなに相談したくせに、やはりまだ怖かった。
いや、でも送らないとこのままだ。もし何かあったらその時考えればいい。今更になって…類の前に現れたオレは、きっと遅すぎたんだから。
でもまあ、もし1人でも類のこれからの功績を応援できるとなれば嬉しいあまりだな。うん、と意気込んで送信ボタンを押そうとした時、目の前にあったつけっぱなしのテレビから聞き慣れた名前が流れてきた。
……手放した時、その時に初めて大事な存在だということに気がつく。
「は……」
手からスマホが落ちた。画面が割れたとか、気にならずただ目線はテレビから離れなかった。
もしかして、オレだけ過去に縋っていたのかもしれない。
類の隣にもしかしたら新しい人がいると思いながらも心のどこかできっとまだ類の中には自分の存在があると信じていた。
でもそれはオレの自意識過剰に過ぎなかったらしい。
「は、ははっ……。」
目の前のテレビは司とは反対に明るい声でスタジオにいる人達が話している。
『天才演出家の神代類と、その幼なじみでもあり高校の時、一緒にショーをしていたという今話題の舞台女優の草薙寧々が熱愛?!』
類と、寧々。
熱愛、
ああ、2人は幼馴染だったもんな。
そういえば高校の時から2人は仲が良かったよな。
…少しだけ、嫉妬したこともあった。
「オレだけだったじゃないか…、」
ああ、どうしような。
手には力が入らないし、さっきまで楽しみにしていた夜ご飯はどうでも良くなってしまった。
涙が止まらない。
山崎くんの想い人は誰なんだろう?