第22話 貸出禁止の単眼種
翌朝、俺はコアちゃんを連れ、図書館に向かっていた。
生活費の虎の子である十万円があるうちに、鐘々が復活してくれればよいのだが、コアちゃんの時間感覚は信用することができない。
少し休めば治る、の少しを信用してはいけないのだ。
ここで、俺は俺のできることをやらねばならない。
他のダンジョンに赴いて、換金できるものを集める。
これは却下。
今の俺は、ひとりで倒れていい立場ではない。
扶養家族がいるというわけではない。……いや、コアちゃんは扶養になるのか? 戸籍がないからノーカンか?……まぁいいか。
だが、ここで俺が無茶をして行動不能に陥れば、それこそ完全な詰みだ。なのでダンジョンはなし。
無敵モード? あれはコアちゃんダンジョンでしかできないからな。
次に、鐘々の成果物を売却する案についてだが……これは適切な売場がわからないため保留だ。
鐘々のためにも、適切な市場価格で換金したい。
鐘々が復活すれば最高効率で換金できるので、ギリギリまで売却する選択肢はない。
というわけで、図書館に赴き、俺自身のスキルアップ、とくに欲望生成システムに必須である想像力を補うための知識を得ることにした。
今後必要になるのは、ダンジョンの中で人を住まわせるための住環境だ。
それに関連した建築士向けの書籍や、建築物に関する本。他にも電気設備、照明、空調、配管など、まあ色々な知識を得る必要がある。
幸いなのは、イメージさえできればいけそうな点ではあるので、毎日生成を試していけるという段階まで進めたら、他の知識の吸収へ切り替えていく。
この手の本は、買うよりも図書館で借りていくほうがお財布には優しい。
一生使うわけでもなく、せいぜい数日お世話になるだけだ。なのでレンタルで十分。
そして、コアちゃんだが……いまあの家に置いておくのは不安だった。昨日の話を聞いて思ったのだが、コアちゃんは断るということを知らない。
鐘々が起きて、もしも半端な状態で昨日の続きを実行に移した場合――命に関わる。
そのため、コアちゃんは隔離する必要があった。
少なくともコアちゃんがいなければ、ダンジョンの中に入っても直接欲望を吸われる心配はないし、欲望を物に換えることはできない。
とりあえずコアちゃんには、その辺の人間らしさも獲得してもらうため、図書館では児童書で勉学に励んでいただこう。
そんなわけで、俺たちは図書館にやってきた。
丸みがかった建築様式の図書館の前には芝生の公園があり、わずかな遊具と、水が出ていない噴水がある。
昔は噴水から水が出ていたものだが、最近はその役目を完全に放棄している。
遊具も昔より減っている。
少しだけ、寂しくもなった。
図書館の扉を手で押して、中に入る。自動ドアにする余裕はないのだろう。中に入ると、図書館独特の匂いが、鼻の奥に広がる。
受付は愛想がなく、こちらを見もしない。
コアちゃんの髪色は独特だ。それゆえ異形か何かとして見られないか不安だったが……いまのところ、そんな心配は杞憂に終わっている。
かわいいからな。
そう、かわいいは正義だ。
美形揃いのエルフすら迫害される悪意に満ちた世界において、異形差別なんてものは理屈ではないのだろう。
ただ、コアちゃんは「子供」と言われればそう見えなくもない愛らしさがある。その庇護欲をそそる見た目が、人々の警戒心を溶かしているのかもしれなかった。
俺の性癖だろって?
俺はまだ認めていない。
「ふむ、色々な本があるのう。どれから読むか迷ってしまうぞ」
コアちゃんを児童書のコーナーに連れていく。並んでいる様々な児童書にコアちゃんは興味津々の様子だ。
コアちゃんには、本を選んだらすぐ近くにある児童用の読書コーナーで読むように伝え、俺は本命の書架を探しに行く。
さて……どうしよう。
本のタイトルだけだと何もわからない。
これは困ったぞ。
俺が読みたい本はどれなんだ?
前提知識が足りず、どれを読めばいいのかわからない。
馬鹿とか言うんじゃない。人間、専門外のことについてはこんなものだ。こんなものなんだよ。
仕方がない。司書に聞きに行くか……受付にいた人、働くのかな?――先ほどの様子をつい思い浮かべる。
うん……。仕事、してくれなさそうだな。俺の中の役所のマイナスイメージが、いろんなところでデバフになっている気がする。
とりあえず、読めそうな本を探しながらウロウロと図書館の中を歩く。
見る。
歩く。
うん。
わからん。
「あ、あの……」
声をかけられた。
よほど困っているように見えたのか。それとも挙動不審に見えたのか。はたまた迷惑だったのか。
俺は声のしたほうに顔を向ける。
そこには、前髪で顔を隠した、黒髪セミロングの少女が立っていた。両手には、何冊もの本を抱えている。
――学生だろうか?いや、今日は平日だ。
太陽はまだ真上に到達しておらず、図書館にいるのは俺のような無職や、自習室で必死に勉強する浪人生くらいのものだ。
あるいは、俺と同じく平日昼間に図書館へ来られる側の人間か?
彼女は視線を合わせようとしない。
いや、前髪で顔が隠れているせいで、そもそも目がどこにあるのかよくわからない。
それはそれとして、胸部装甲がかなり大きい。鐘々よりでかいか? でかいな。
――いかんいかん。そこに目を向けると不審者として通報されかねない。
ともかく、井戸から顔を出してテレビから出てきそうな髪型をした少女に話しかけられた。
「あの、なにか、お探しでしょうか?」
司書か何かなのだろうか? いや、名札が確認できない。つまり、彼女は図書館の利用者で間違いない。
だが、渡りに船だ。
さすがに専門外のことについては期待できないが、ワンチャンこの少女がめちゃくちゃ有能な建築士である可能性もあるかもしれない。
「実は、読みたい本がわからないんだ」
「わからない? おすすめを知りたいとかでしょうか?」
「あー、違う違う。調べものをしたいんだけど、どういう本を探せばいいのかがわからないんだよ」
「あ、なるほど……あの、どのような調べものを?」
俺は調べたいものについて軽く説明する。
すると彼女は「あぁ、それはこっちですね」と、すぐに思い至ったように本のある棚へ案内してくれた。
どうやら建築士だったらしい。
いや、そんなわけはないが。
「こちらの本なら初心者でもわかりやすいですよ。それと、イメージをつかみたいならこれがおすすめです」
すごいな。こちらの意図を受け取って俺の知りたい内容の資料をすいすい渡してくる。まるで、どこにどの本があるのか、内容まで理解しているようだ。
図書館の妖精かなにかか?
「あと、他には電気でしたね。それは棚が違うので……あの、どうかしましたか?」
上目遣いで見てくる。顔は見えないが、きっとそう。
「いや、ずいぶんと詳しいんだなと思ってさ。それじゃあ他もお願いできるかな?」
すると、彼女は嬉しそうに他の本も紹介してくれた。
おかげで、太陽が真上に上る前に目当ての本をすべて見つけることができた。
目当ての本をある程度集めた後、誰もいないテーブルに着いて世間話ついでに聞いてみる。
図書館ではお静かに?
利用者は俺たちくらいしかいない。問題ない。
「そういえば名前を聞いてなかったな。俺は網代駆。ヒモから無職にジョブチェンジしたばかりの男だ」
「ひ、ヒモから、無職……? えっと……おめでとうございます……?」
「めでたい要素はないな」
「あ、す、すみません。わたしは
本が似合いそうな名前だな、と思った。
彼女、浅葱暦は仕事の資料を探すためにここを訪れたらしい。
仕事は、漫画のアシスタント。いまはパソコンを使い、家でできる仕事なのだそうだ。
仕事場に集まって描く漫画家もいるそうだが、オンラインを活用してアシスタントを募る漫画家も少なくないのだとか。
彼女はすっと建築の本を手に取ると、数ページをじっくり眺めた。
「よかった。今回必要な資料はこれみたいです」
どうやら目当ての本はあったようだ。
「それじゃあ、私はここで読み終えてから帰りますので」
読み終えてから? 引っかかる言い方だ。こういう資料は、手元に置いて見ながら描くのに使うのではないのだろうか?
俺の不審に思ったことが顔に出たのだろうか。
彼女はなにかに気付いたように、顔を背けた。
「こ、こういう資料は貸し出し禁止なので……スケッチとかしてから帰ろうかと」
スケッチブックを持っているようには見えない――どうやら嘘は下手なようだ。
「スマホで撮って済ませようとするなよ。普通に怒られるぞ」
「や、やりませんにょ!? そんなこと!」
いま噛んだな。
「借りられるかどうかくらい、受付で聞けばいいじゃないか」
「あ、あの、本当に大丈夫ですから」
借りられない。
そんなことはないと思う。
彼女が手に取った資料は、俺が借りる予定の本と同じ書架に並んでいたものだ。
少なくとも、その本だけ特別に貸出禁止だとは思えない。
そして、実はやりとりをしている間、前髪の隙間からちらちら見える顔で、なんとなく事情を察していた。
彼女の髪の下。
顔には……目がひとつしかなかった。
二つではない。
大きな、ひとつの目。
彼女もまた、異形だった。
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