第142話「シン、拘束された(本人了承済み)ステラと修行をする(2)」

 その後も、俺とステラは修行を続けた。


 手枷てかせ足枷あしかせをつけたステラは【雷身加速ライトニング・アクセラレーター】で高速移動を繰り返していた。

 でも、俺の【ウォーター・アーム】からは逃れられなかった。

 たぶん、俺の淫魔いんまの力が、レベルアップしていたからだ。


 俺は【ウォーター・アーム】を4本出せるようになっている。

 それを活用すれば、四方から、ステラを取り囲むように攻撃できる。


 しかも、ステラはうであしの自由をふうじられた状態だ。

【ウォーター・アーム】を回避かいひするのは、かなり難しかったと思う。


 さらに言うと、【ウォーター・アーム】は数を減らすことで、長さを伸ばすことができる。イメージとしては、ロープをつないで長くするような感じだ。


【ウォーター・アーム】2本にすると2倍の長さに、1本にまとめると4倍の長さになる。

 1本になった【ウォーター・アーム】は、修練場の端まで届く。

 蛇のようにとぐろを巻いて、ステラのまわりを囲むこともできる。

 そんなふうに広範囲こうはんいをカバーする【ウォーター・アーム】に、ステラは対応できなかったんだ。


「……ま、まだだよ。ぼくは……まだ……できるから」


 それでも、ステラはあきらめない。

 ふるえるあしで立ち上がり、修行を続けると宣言し続ける。

 俺は何度も『ここまでにしよう』と言ったけれど、彼女は聞かなかった。


 ステラはかなり疲労ひろうしている。

 両手りょうて両脚りょうあしを封じられた状態で修行をしているんだから当然だろう。


 顔は赤いし、息も荒い。目も、焦点しょうてんが合っていない。

 ひざふるえているし、腰もがくがくと動いている。

雷身加速ライトニング・アクセラレーター】を使い過ぎたせいで、足腰に負担がかかっているんだろう。

 全身がずぶれなのは、【ミスト】の中を移動していたせいだ。

 限界が近づいているのが、見ているとわかる。


「だ、だいじょぶ。ぼくの動きは……よくなってるはずだよ?」


 それでもステラは、不敵ふてきな笑みを浮かべていた。


 そして、ステラの言葉は正しい。

 徐々じょじょに、ステラの回避能力かいひのうりょくが高くなっているんだ。


 修行をはじめたばかりのステラは、【ウォーター・アーム】を肩や背中……防具のない場所で受けていた。

 でも、それがなくなっている。

 今のステラは【ウォーター・アーム】を、防具で受け止められるようになっている。

 たくみに身体を動かして。 ましたように、【ウォーター・アーム】の指を、ビキニアーマーへと誘導ゆうどうしているんだ。


 正直、びっくりした。

 くたくたになっても動きの精度せいどが上がるなんて……信じられない。

 さすがはゲームのヒロイン、ステラ=オライオンだ。


「ぼくは……もうちょっとで……新しい自分に……なれそうなんだ。だから続けて……シン!」


 ステラは涙目で、そんな言葉を口にする。

 だから俺はうなずいて、修行を続ける。


「わかった。それじゃ……行け! 【ウォーター・アーム】!!」

「【ら、雷身らいとにんぐぅ……加速あくせられーたぁあっ】!」


【ウォーター・アーム】が伸びる。

 ステラは【ミスト】の中で高速移動することで回避かいひを試みる。

 着地するたびに【雷身加速ライトニング・アクセラレーター】を発動。四方から繰り出される【ウォーター・アーム】を避ける。


雷身加速ライトニング・アクセラレーター】には移動後のすきがある。

 方向転換をするとき、わずかに動きが止まる。

 俺はその瞬間しゅんかんを狙って、ステラに触れてきた。


 もちろん、ステラもその弱点を把握はあくしている。

 彼女が空中に移動するのを最小限にしているのは、そのためだ。

 空中で動きが止まったら、回避行動を取るのが難しいからな。


 だから今、ステラは真横に飛んでいる。

 数秒ごとに【雷身加速】を使って、四方からせまる【ウォーター・アーム】をかわしていく。追い詰められたら身体をひねる。当たり判定を最小限にする。


 そして、俺の【ウォーター・アーム】は防具に守られたところ……ビキニアーマーに触れた。


 やっぱり、ステラの回避能力はすごいな。

 手足を封じられた状態でも、限界まで回避行動を取っている。

 だから、俺の【ウォーター・アーム】はクリーンヒットしない。

 ステラのビキニアーマーをこすったり、らしたりするだけだ。


「それでも、これで3ポイントだ。第18ラウンドはここまでだな」

「……う、うん」


 ステラは地面に座り込み、荒い息をついている。

 やっぱり、限界みたいだ。


 それに、修練場しゅうれんじょうの状態も悪くなっている。

 床が濡れて、ところどころに小さな水たまりができている。俺が【ミスト】を使い過ぎたせいだろう。

 そのせいで足場が悪くなっている。ステラも、動きにくいはずだ。


 修行が終われば洗浄を乾燥ができるようになっているから、問題はない。

 でも、この状態で修行を続けるのはよくないな。


「ステラ。今日の修行はここまでに……」

「ま、待って。お願いだから……やめないで。もうちょっと……して……」


 ステラはビキニアーマーの身体をくねらせながら、答えた。


「あと1ラウンドだけ……お願い。そうすればぼく……自分の限界とか……すごいのが……みえる気がするんだ。だから……」

「わかった。だけど、次で最後だからな」

「う、うん。それと……ね」


 なぜか指をくわえながら、ステラが俺を見た。


「シンはもっと【ウォーター・アーム】に力をこめてほしいんだ」

「力を?」

「うん。ぼくがあれを回避できないのは、危機感が足りないからだと思う。ほら、シンは優しいから、そっとぼくに触れるだけでしょ?」

「そりゃそうだよ。ステラは手足をふうじられているんだから」


 その状態で吹っ飛んだら受け身が取れない。

 だから俺は、ステラにそっと触れるようにしている。

 それでもステラがバランスをくずしたときは、【ウォーター・アーム】で支えるようにしているんだ。


「でも……実戦を考えるなら、もっと強くした方がいいと思うんだ。ぼくのなかに……シンが入ってくるみたいに。ぼくの身体のしんまで……ひびくくらいに」


 ステラは上目使いで俺を見ながら、そんな言葉を口にした。

 でも、俺はかぶりを振って、


「危ないから、だめ」

「こ、これはぼくが強くなるためなんだ。ぼくにもっと危機感があれば……回避能力が上がると思うから……」


 ステラは、必死な表情で、


「だから……ね、もっと【ウォーター・アーム】に力を込めてほしい……。回避できなかったらどうなるのか……ぼくが思い知るくらいに……」


 ステラの気持ちはわかる。

 危機感が強いほど回避能力が上がるというのは、理屈が通ってるからね。

 だったら──


「【ウォーター・アーム】を強くする代わりに、ステラがイメージトレーニングをするのはどうかな?」

「イメージトレーニング?」

「効果はあると思う。俺も以前、似たような訓練をしたことがあるから」


 それは、俺が公爵領こうしゃくりょうにいたときのことだ。

 俺は【夢魔むま】でクラリス先生の夢の中に入って、稽古けいこをつけてもらった。

 そのときのことを頭の中でイメージしながら木剣を振ることで、剣の型を身に着けることができた。

 最後には夢の中で、クラリス先生から一本取ることができたんだ。

 それと似たようなことをすれば、ステラも強くなれるんじゃないだろうか。


「まずは、目を閉じて」


 俺はステラにうなずきかける。


「それから【ウォーター・アーム】に捕まったらどうなるのかを、イメージしてみてほしい」

「ぼくが【ウォーター・アーム】に捕まったら……?」

「そうだよ。捕まったステラが、すごく危険な目にうところをイメージするんだ。できるだけリアルに。危機感をおぼえるくらいに。捕まるのが危険だってことが、はっきりと感じ取れるように」


【ヒュプノシスミスト】の催眠能力さいみんのうりょくを使うこともできるけど……あれは修行に使うものじゃないよな。

 というか、催眠さいみんでステラを自由にするのはたちが悪すぎる。


 ここは、ごく普通のイメージトレーニングでいいだろう。

 普通のイメージトレーニングなら、ステラがひとりのときにもできるわけだし。


「【ウォーター・アーム】がステラに近づいて来る」


 俺はステラに向かって語り続ける。


「その指先が触れると、ステラは大変なことになる」

「うん。そうだね……【ウォーター・アーム】の指先が触れると……ぼくは……た、大変なことに……なる」

「身動きが取れなくなる。ステラの身体は、俺の思いのままになってしまう」

「ぼ、ぼくのぉ……身体が……シンの……思いのままに……はぅぅ……」

「抵抗なんかできない。もしかしたら……人前ではできないようなことをさせられるかもしれない」

「……人前ではできないようなことを……シンが望むままに……」

「それでもステラは抵抗できない。俺の、なすがままだ」

「ぼ、ぼくがぁ……シンの…………なすがままに……なる……の」

「そんな状況をリアルに、イメージしてみるんだ」

「ん。んんっ。イメージ……してる。これ……すごい……」

「そうすると危機感ききかんいてくると思う。【ウォーター・アーム】に捕まったら、自分がどうなるのか……」

「……【ウォーター・アーム】に捕まったら……ぼくが、どうなっちゃうのか。めちゃくちゃになって……すごいことに……なって」

「よし。イメージトレーニング終了だ」


 俺は、ぱん、と手をたたいた。

 すると、ステラが目を開いてうなずく。

 深呼吸して、細い身体をぶるぶるとふるわせる。


「これで【ウォーター・アーム】に捕まることへの危機感が生まれたと思うんだけど……」

「う、うん。たぶん。大丈夫……」


 ステラは真剣な表情で、こくこく、とうなずく。


「捕まったら……ぼくが、どうなっちゃうのか……イメージできる……よ」

「これで、うまくいくといいんだけど……」


 俺にイメージトレーニングの効果があったのは、淫魔いんまが持つ記憶力のおかげだ。

 だから俺は夢の中であったことをはっきりとイメージできた。

 それで成果を出すことができたんだ。


 でも、ステラに俺のような記憶力はないからな。

 そうなると、思うような効果は出ないかもしれない。

 ステラにはイメージトレーニングが合わない、ってこともあると思う。

 だから──


「うまくいかなかったら、これっきりってことにしておこう」

「…………え」

「他に、ステラに合う方法があるかもしれないからね」

「………………こ、これっきり。シンの声で……すごいイメージを思い浮かべるのが……なくなるの……。そんなの……」

「それじゃ、第19ラウンド開始だ」

「う、うん。ぼく、がんばるっ!!」


 俺はステラを【ウォーター・アーム】で抱えて、修練場しゅうれんじょうの中央に運ぶ。

 それから、距離を取ってステラと向かい合う。

 空中にはフロートアイのパチパチがいる。

 ステラの動きを見ながら、効果的に【ミスト】を生み出せる場所に移動をしている。


 俺とステラは視線を合わせて、うなずく。

 そして──


「「最終ラウンド、開始!!」」


 声をあげながら、同時に、動き出したのだった。





 最後のラウンドだ。力を残しておく必要はない。

 だから俺も全力で【ウォーター・アーム】を繰り出した。


 ステラもがんばった。

【雷身加速】で【ウォーター・アーム】をかわしながら、必死に俺に近づこうとした。

 それでも、手枷てかせ足枷あしかせによる制限は大きかったみたいで……。



「────ひゃ、ひゃんっ! あ……また……めちゃくちゃにされちゃった……」



【ウォーター・アーム】が、ビキニアーマーに触れた。

 これで、1ポイント先取。



「……はぅぅんっ。やだ……次で……もう、してもらえなくなるの……やだ」



 空中でステラは身体をひねって回避。

 彼女のふとももをかすめた【ウォーター・アーム】がビキニアーマーに触れる。

 

 これで、2ポイント先取。



 ステラの動きは、さらに速くなっている。

 イメージトレーニングのおかげで、危機感を抱くようになったんだろう。

 表情にも緊張感が出てきている。

 追い詰められて、せっぱつまったようになっている。


 それでも俺の【ウォーター・アーム】は、順調にポイントをかせいでいる。

 ステラでも、完全に回避することはできない。

 身体をひねって、指先をビキニアーマーの上の部分や、下の部分で受け止めるのが精一杯せいいっぱいみたいだ。

 そろそろ限界かな……。


「これで終わりだ! ステラ!」


 俺は【ウォーター・アーム】を繰り出す。

 4本分を1本にまとめたそれが、蛇のように、ステラの周囲を取り囲む。

 ステラはふたたび【雷身加速ライトニング・アクセラレーター】を発動。

 真上に逃げようとするけれど……俺はその軌道きどうを読んでいる。


 先回りした【ウォーター・アーム】がステラに近づく。

 その指先が、ビキニアーマーに触れそうになったとき──



「……やだ……これっきりなの……やだ……」



 突然、ステラの身体が、ほのかな光を放った。


 そしてステラを包んでいた【雷身加速ライトニング・アクセラレーター】の雷が、変化した。


 通常状態の雷は白色。

 けれど、今、ステラを包んでいる雷は黄金色だ。

 ステラを中心として、プラズマのような輝きがあふれだす。




「ぼくは…………もっとたくさん……シンと……この修行をするん……だからぁ!!」




 俺の【ウォーター・アーム】が、空を切る。

 空中でステラが、真横に移動していたからだ。


「まさか!? 【雷身加速ライトニング・アクセラレーター】の連続移動!?」


 俺は【ウォーター・アーム】を4本腕に戻す。

 四方からステラを狙うけれど……届かない。



 ステラが【雷身加速ライトニング・アクセラレーター】で、小刻こきざみに移動を繰り返しているからだ。



 らえることのできない、ジグザグの動き。

 1秒後に左。まばたきをする間に、右へ。

 次は下。次は上。


 普通は【雷身加速ライトニング・アクセラレーター】でこんなことはできない。

 ゲームに登場するステラ=オライオンにも無理だ。


【雷身加速】はあくまでも一方向への突進技。

 方向転換するためには、一度、技を終了させなければいけない。


 なのにステラは【雷身加速ライトニング・アクセラレーター】を発動させたまま、空中を飛び回っている。

 繰り返しの方向転換。それは11回を数えても、まだ止まらない。

 ステラはジグザグに高速移動しながら、【ウォーター・アーム】をかいくぐる。


 そして、ステラは【ウォーター・アーム】の結界を突破とっぱ

 そのまま俺に向かって飛んできて──



「こ、これで……ぼくの…………ポイント……だよぉ!!」



 12回目の方向転換でわずかに減速。

 そのままステラは俺に、抱きついた。


「んっ。あんっ。す………………すごいので……きたぁ……」


 限界だったんだろう。

 ステラは俺に体重を預けたまま、がくがくと身体をふるわせている。


「失敗したら……シンがもう……イメージトレーニングをしてくれないと思ったら……雷が……変化したんだ。これなら……障壁や……使い魔を突破できるよ」

「うん。すごいよ。ステラ」

「そ、そうだね……。ほんとに……すごかった。ちかちか…………した」

「空中でジグザグに飛び回れるなんて、はじめて見たよ」

「ぼくも……ひゅーんって、高いところに行くかと……思った」

「でも、大丈夫か? 身体に負担がかかったんじゃないか?」

「はぅ、ん。ううん……こわれちゃいそうだったけど……だいじょぶ。シンが、受け止めてくれたから……」


 そう言ってステラは、笑った。

 彼女は地面に手を突いて、起き上がろうとする。


 その身体が、がくん、と、ふらつく。

 ステラは身体の力が全部、抜けてしまったみたいだ。


 ステラは身体に負荷ふかをかけることでオリジナルの技を編み出したんだろう。

 そうすることで限界を超えて……その結果、身体の力を使い果たしてしまったんだ。


 それは今の状態を見ればわかる。

 息が荒いし、肌はピンク色に火照ほてっている。

 身体は汗と、【ミスト】の水滴すいてきのせいでびしょれだ。指先からも、太股ふとももからも、水滴すいてきがしたたっている。


 それに、なんだか……甘いにおいがする。

 もしかしたらステラも、クラリス先生と同じエネルギーを使ったんだろうか。


「とにかく、今日はここまでだな。更衣室まで運ぶよ」

「ま、待って。シン」


 ステラはあわてた様子で首を振った。


「は、運んでくれるのは助かるけど……ぼ、ぼくに触れるときは【ウォーター・アーム】を使ってほしいな!」

「いいけど、どうして?」

「シンの手が触れたら……今は……だめになっちゃうかも……だから」

「【ウォーター・アーム】の方が落ち着くってこと?」

「だいたいそんな感じ!」

「うん。わかった」


 俺は【ウォーター・アーム】でステラの身体を抱き上げた。

 そのまま、彼女を更衣室に運ぶ。


 ただ、男子の俺が女子更衣室に入るわけにはいかない。

 だから、中に入るのは【ウォーター・アーム】だけだ。


 俺は更衣室のドアを開けて、ステラの指示通りに【ウォーター・アーム】を動かして、彼女を更衣室こういしつのベンチに横たえた。

 あとはステラの指示通りに身体の位置を修正。

 タオルを彼女の身体にかけたり、軽く汗を拭いてから、【ウォーター・アーム】を戻した。


 ステラが安堵あんどの息をつくのが聞こえた。

 やっと、落ち着いたみたいだ。


「……あのね、シン。お願いがあるんだけど」


 更衣室の中から、ステラの声がした。


「できれば……パチパチくんを、更衣室の中に入れてくれないかな?」

「パチパチを?」

「う、うん。パチパチくんは男の子じゃないよね?」


 そりゃまあ、空飛ぶ目玉だから。

 性別は……あ、一応あるのか。本人は女の子だって言ってるな。

 だったら女子更衣室に入れても問題ないのか……?


「ぼくはしばらく休んで、動けるようになったら、シャワーを浴びるつもりなんだ」


 ステラは言った。


「でも、つかれてるから……転んだり、動けなくなったりするかもしれないよね? そういうときのために、パチパチくんに見張っていてほしいんだよ。そしたら、ぼくも安心して休めるから……」


 恥ずかしそうな声で、ステラはそんなことを言ったのだった。




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