『ひつじ探偵団』羊飼いの死と、目覚めた羊たちが暗示する宗教的寓話
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プロットの底に脈打つキリスト教的メタファー
羊飼いが殺され、残された羊たちが真実を追う。この一見突飛なプロットの底には、重層的なキリスト教的暗喩が脈打っているように思える。 聖書において「羊」は迷える民衆を、「羊飼い」は彼らを導く指導者を象徴する。旧約聖書には「羊飼いが打たれれば、羊は散る」(ゼカリヤ書13章7節)と記されているが、本作の羊たちは決して散り散りにはならない。それどころか、固く団結して人間の世界の不正へと果敢に立ち向かっていく。これは現代社会に向けた、痛快な宗教的寓話なのではないだろうか? そう考えると、神への絶対的な信頼を示す「百合」に由来するリリー、出エジプト記の「雲の柱」のように群れの道標となるクラウド、殉教者「聖セバスティアヌス」を彷彿とさせる黒い羊セバスチャンなど、羊たちの名にも意図的な引用がうかがえる。 人間側も同様だ。最初の犠牲となるジョージ・ハーディという名前も、竜退治の伝説で知られる聖人、聖ジョージ(聖ゲオルギオス)のメタファーなのかもしれない。最強の守護者が殺められるということは、のどかな村に得体の知れない巨悪が潜んでいることの暗示だ。ジョージの娘レベッカ(モリー・ゴードン)は旧約聖書になぞらえられた「結びつける者」を暗示し、有能な弁護士リディア(エマ・トンプソン)は、ヨーロッパ最初のキリスト教改宗者の名前と見事に符合する。 こうした深読みを誘う神話的テーマを背負いながらも、本作の語り口は決して教条的でも説教臭くもない。そこが、本作の最大の魅力。全編を通して、温かくユーモラスな筆致で、他者の受容と愛の実践が描かれているのだ。 冬生まれの子羊への偏見と、彼がやがて群れに温かく迎え入れられるまでの道のり。これは、私たちが「自分と違う」というだけで抱いてしまう偏見を優しく諭し、違いを乗り越えて共通点を見出すことの尊さを教えてくれる。 脚本を手掛けたメイジンは、こう語る。 「この作品は、社会として、あるいは本作で言うところの群れ(flock)としての、お互いに対する責任を語っています。人々を歓迎し、人々から学ぶこと。これらはすべて、年齢や信仰を問わず、あらゆる人にとって美しい教訓になると思います」 自分の居場所を見つけ、互いの違いを歓迎し、手を差し伸べ合うこと。『ひつじ探偵団』は、分断が進む現代社会という「群れ」を生きる私たち全員に贈られた、普遍的で美しい教訓なのである。
文 / 竹島ルイ
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