①どの程度の差別が社会的救済を必要とするのかというのは相対的なものなので、その時々の社会的合意に依存しますよね
②権利と公共の利益のどちらが優先されるべきかというのも相対的なものなので(1人たりともどんな些細な差別も許容されるべきではない、とはなかなかならないので)
とすると結局は社会的な便益計算(のための建設的議論)ということになるので、権利侵害(に見えるから)即NGとも言いにくいように思うんですよね。
というか、互いに主張が相対的であることを認めて是々非々で議論するのがいいと思うんですよ。