「真下、少し相談したい事があるんだ」
──ああ、やっと罠に掛かってくれた。
「ふーん、視線ねえ……で、俺が呼ばれたわけか。丁度暇だから受けてやるよ。詳しく話を聞かせろ」
説明は館内を歩きながら行われた。
渡辺が《まなこさま》という噂に関係するのではないかと元印人を集めて館内の調査をしたのだと。
《まなこさま》の噂の内容を聞きつい鼻で笑ってしまった。
恐らくは怪異などではなくガキのお遊びに尾びれ背びれが付いたパターンだろう。
調査メンバーの森宮すずとバンシー伊東の二人がその《まなこさま》とやらの存在を否定したらしい。
そこで別視点から考えてみろとアドバイスをされ連絡が来たわけだ。
「その二人がそう言うならそうなんだろう。それにしてもその《まなこさま》っていうのは監視カメラみたいだな」
「……そういえば栄太も盗撮みたいだって言ってたな」
なんだ、そこに気付いたのに突き詰めなかったのか……甘いな。
入った部屋で壁の小さな黒い点を確認して部屋から出た。
「……成る程な。八敷、俺は戻るぞ。必要な物を揃えないとならんからな。明日また来る」
何か言いたげな八敷を無視して館から出た。
さて、あいつは明日どんな顔を見せてくれるのだろうか。
次の日スーツケースを持って館内に入ると八敷が興味津々で見つめてきた。
探偵家業の者には珍しくもなんともないその機械は盗撮機や盗聴器の電波に反応するものだ。
まず玄関扉に向かいそこに機械を向ける。
ピーピーピーと音がなり八敷が驚いた顔で此方を見ていた。
扉を開いて外に回り上の方を指差す。
「あったぞ」
指をさした先に見えた小さな黒い機械。
「これで貴様が外出するのを見ていたんだろう」
脚立を持ってこさせカメラを回収した。
「もしかして……これが館中に……?」
「さあな、もしかしたら《まなこさま》とやらが一匹くらいはいるかもしれんぞ」
そう言って笑うと八敷はうんざりとした顔をした。
部屋を順番に回りカメラを回収しておく。
「本当に全室にあるとはな……随分と愛されているじゃないかご当主さま」
改めて見ると中々の光景だった。
山と積まれた盗撮機を見て笑ってしまう。
仕掛けるのに苦労はしたが回収はこうもあっさりで気が抜ける。
八敷は青褪め、耐えられないとばかりにトイレに駆け込んだ。
ああ、その顔もイイな……。
盗撮機をひと撫でした。
「落ち着いたか八敷……で、どうする」
「どうする、とは?」
「警察に相談するとかあるだろ」
「……動いてくれるのか?」
「人が死んだわけでも怪我をしたわけでもないから正直難しいだろうな……まあ貴様の家はその辺りの一般人とは違うから何かしらの忖度が働いて動いてくれるかもな」
煙草を吸いながら「全部とは言わんが腐ってるからな、あそこは」と皮肉を言うと八敷は困ったように口を噤んだ。
「冗談だ。軽く流せそんなもの」
そういうと八敷は「ああ」と苦笑いした。
「俺が調べてやってもいい。丁度手が空いてるからな」
「そうしてくれると助かる。あとで依頼料を教えてくれ。こういう事の相場はわからないんだ」
仕掛けたのは自分だからタダと言ってやりたいがそうすると確実に疑われてしまうだろう。
紙袋に盗撮機を詰めながら暫く九条館から離れろと伝えると何故と聞き返された。
本当にストーカーがいたらお前は今頃どうなってるだろうな?
「馬鹿か、考えてもみろ。仕掛けた機械が撤去されたんだ……これだけ貴様に執着しているやつが大人しくしていると思っているのか?」
「流石元刑事だな」
「刑事じゃなくてもそのくらい考えりゃわかるだろ」
普段は切れる頭も使えなくなる程参っているらしい。
もっと弱って俺を頼れ、俺だけがお前を助けられる存在だとその心に刻み込め、と内心ほくそ笑む。
「依頼人の安全を守るのも仕事だ。解決するまで俺の家に泊めてやる」
そう言うと八敷は戸惑いつつも頷き荷物を纏める為に自室へと戻っていった。
暫くあいつを独占できると思うと苦労した甲斐があるというものだ。
八敷の荷造りを待ち、九条館を出る。
蔵に封印されている人形の憎悪が一瞬感じられた気がした。
それから約一月。
八敷を連れ事務所と家の往復をし、買い出しにも一緒に行った。
視線を感じるとそれとなく見回す八敷にあまり見るなと警告する。
「貴様が怯えているのを喜んで見てるかもしれんぞ。堂々としていろ。怪異じゃなければどうとでもなる」
「そうだな、頼りにしてるよ真下」
ほっとしたように力を抜いた八敷になんとも言えない優越感がぞくぞくと背中を駆け上がる。
協力ではなく依頼という形にし、対価を払う事で八敷の中の巻き込みたくないという意識を排除したのはやはり正解だった。
仕事で離れるから家にいて施錠しておけと言うとわかったと素直に鍵を受け取る八敷。
すっかり二人の生活にも慣れ、俺がいるのが当たり前という認識になってきたようで少し不安げにはしていたのが庇護欲をくすぐる。
順調に八敷の中に入り込めている事に満足し家を出た。
薄暗い路地、俺は呼び出した男と向かい合っていた。
以前処理しようとして何かに使えないかと生かしておいた犯罪者だ。
「今日までご苦労だった」
「あ、ああ!ちゃ、ちゃんと約束は守ってくれるんだろうなっ!?俺はあんたの言う事を守ったんだ!」
「でかい声を出すな、死にたいのか?……それを捕まえに来た警官に見せろ。あとはあっちで上手くやってくれるはずだ」
封筒を渡すとひったくるように奪い取られる。
「ひ、ひひ……あんたも物好きだよな。あんな中年男をモノにする為だけにこんな面倒な事を」
そう言った男の額に銃口を当ててやる。
「なんだ、やっぱり死にたかったのか貴様」
「ひぃっ!ち、ちがっ……悪かったよ!もうあの男に関して何も言わねえって!」
「……ふん。いいか、最後の仕事だ。くれぐれもしくじるなよ?」
男の返事を待たずに路地から出る。
とある中古のマンションまで歩き携帯を取り出した。
さて、大詰めだ。
「はい、真下です」
思わず呼吸が止まった。
俺の家にいるから電話に出る時にそう言うのは当たり前だが実際に聞くと中々にクるものがある。
「…………俺だ。犯人の家が分かったぞ。貴様も来い」
気持ちを落ち着かせ住所とマンション名を告げると分かったと電話を切られた。
マンションの管理人はかなり高齢の爺さんだ。
「こういう者ですけど」
そう言って胸ポケットから黒い手帳をチラリとみせると爺さんは慌てて何があったのか聞いてきた。
「実はですね……」
部屋番を告げ家宅捜索の為に鍵を開けてほしいと捏造した紙を見せ伝えるとマスターキーを持って外に出てきた。
部屋の前に着き、すぐにも開けようとする爺さんに今上の者が此方に向かっていますのでもう少し待って頂けますかと伝えると少し緊張したように頷いた。
八敷が部屋前に来たのを確認し爺さんに解錠を頼む。
「では、開けて頂けますか」
老人が解錠したのを見て扉を開き中に入る。
「警部、こちらです」
「警部?」と戸惑う八敷に早く来いと目で伝える。
「おい真下どういうっ」
「しっ……爺に聞こえたら面倒だ。さっさと証拠を探すぞ」
どういう事かと小声で聞いてくる八敷に先程の事を説明してやる。
「バレたら事だぞ」
慌てる八敷にバレる前に証拠を見つければいいんだよと返しクローゼットを探る振りをする。
不自然にならないように部屋の奥へと向かい一番奥の部屋に入る。
寝室でわざとらしく壁を叩いていると八敷が部屋に入ってきた。
そのタイミングで設置された薄板を外す。
「ゔっ……」
目の前の光景に八敷が蹲る。
「ははっ……こいつは相当だな」
いい光景だろう?
一枚一枚丁寧に貼り付けたんだ。
ほら、この寝てる写真……一番気に入ってるやつなんだよ。
ガタガタと震えている八敷の背を擦っているとバタバタと室内に男が入ってきた。
「おい!てめぇら人の家で何してやがるっ!!」
入ってきた男は叫び俺の姿を確認すると逃げる仕草をした。
それを取り押さえ八敷に110番をさせる。
ここに駆けつけるであろう交番勤務の警官は既に買収してある。
警官は男を捕らえ、俺に話しかけてきた。
八敷に怪しまれないように任意同行がどうとそれらしい言葉を混じえやり取りをする。
報酬の件を耳打ちすると打ち合わせ通り厳重注意をされ警官は男を連れて出ていった。
八敷は此方をしきりに気にしていたが気にするなと目配せすると視線を壁に戻していた。
九条館の一室、謝礼と書かれた白い封筒がテーブルに置いてあった。
「今回は世話になった。以前聞いた依頼料の相場に少し色をつけてある……あと宿泊費も」
かなりの額が入っていて少し申し訳なくも思ったが何か良い酒とツマミでも買って還元すればいいかと懐にしまう。
「これに懲りたらちゃんと施錠はしろ」
忠告すると八敷は耳が痛いという顔をして頷いた。
「本当に感謝しているよ……助けてくれてありがとう、真下」
突然の感謝に面食らう。
普段表情筋が死んでるのかというくらい表情を変えない八敷が薄く笑みを乗せていることに、少しはお前の中に入り込めたようだ、と確信した。
「ふん、なんだ気色悪い」
返した言葉に呆れたような顔をした八敷に伝える。
「……また何かあったら連絡しろ。報酬次第では手を貸してやらんこともない」
珈琲を飲み干し席を立つ。
くどい手を使っているとは思うが八敷を確実に自分のものにするには慎重に慎重を重ねなければならない。
危険を察したら簡単に逃げてしまうウサギような警戒心をゆっくりと解かし信用させ依存させていく。
独占欲も加虐心も嫉妬心も信頼出来る仲間という分厚い壁で隠して。
その身に牙を突き立て思う存分貪る日を心待ちにし、さて次はどんな手を使って八敷を追い詰め掬い上げてやろうかと考えながら九条館を後にする。
自分の影から分離した霧のようなものが獣の姿をとり九条館へと戻っていった事に気付くことはなかった──