(多事奏論)中東危機でも現状維持 「安定」買う日本、先送りの末には 江渕崇
世界経済が人質に取られたイラン戦争が、ようやく収束に向けて動いている。石油がずっと届かない最悪のシナリオは遠のいた。しかし、このまま「一件落着」と元の日常に戻ってよいのだろうか。
石油の中東依存の弱みがあらわになる中、日本は再生可能エネルギーや省エネへとかじを切るよりも、ひたすら「現状のピン留め」に注力した。典型が巨費を投じたガソリン補助金だ。籠城(ろうじょう)戦のさなか、大将が「兵糧をたらふく食え」と促すようなちぐはぐぶりにも思える。
ただ、「変われない日本」は今に始まった話ではない。たとえばコロナ危機。持続化給付金や雇用調整助成金、ゼロゼロ融資といった資金は、元からある企業と雇用を維持するために注ぎ込まれた。
日本は「変われない」のではなく、あえて一気には「変わらない」のだ――。
そう主張する日本企業論の専門家がいる。米カリフォルニア大のウリケ・シェーデ教授だ。先端素材や部品産業で日本企業が時間をかけて築き上げた競争力を評価しつつ、その変化の遅さを「倒産や失業による社会の大混乱を避ける知恵だった」と前向きにとらえる。
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来日中だったシェーデさんに今週、会った。経済学者がこぞって反対するガソリン補助金に、彼女は意外にも肯定的だった。これは車が欠かせない地方の中小企業や生活者を守る社会政策なのだ、と。「非効率で高コストに見えますが、地方経済の崩壊を防ぎ、社会の安定を維持する費用と考えればどうでしょう」
対極にあるのが米国だ。ショックはむき出しのまま人々を襲う。補助金などはなく、ガソリン高に直撃された貧困層は食費を切り詰めたり、家賃を払いきれなくなったりし、社会の緊張が高まる。
私がニューヨークに駐在していた10年近く前のこと。朝日新聞も入居するニューヨーク・タイムズ(NYT)ビルの周りで、社員たちがリストラに抗議の声を上げていた。ベテラン編集者やデスクらが社を追われようとしていた。デジタル購読者を急激に伸ばす快進撃のさなか。リベラルの代表格のような企業が、経営不振でもないのに人減らしを断行する。そのドライさに面食らった。
シェーデさんは、米国が効率や利益、成長といった価値に全てを賭けた結果、不平等や政治的分断という「目に見えないが極めて高いコスト」を払っているとみる。ついには国際法など無視して他国に攻め込む異形の大統領すら生んだ。
「それに比べれば、日本は低コストで社会の安定を買っていると言えます」
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日米どちらのモデルが強いのか、そして望ましいのか、確たる答えはない。
こつこつ「カイゼン」を重ねる製造業が中心にある時代ならば、日本型の一体感は明らかに強みだった。米製造業の象徴ゼネラル・エレクトリック(GE)は1980年代以降、本業の電機から金融へと軸足を移した。日本と真正面から競っても勝てないと悟ったからだ。
ただ、AIなどで非連続的な革新がモノを言う今、安定重視はさすがに分が悪くなったようにも感じる。大小の先送りが何十年も積み重なった末に待っているのは、やはり安寧の続きなのか。それとも「みんなで貧しくなる」未来か。
中東危機が突き付けたのは、エネルギーの急所の存在にとどまらない。ショックのたび原状復帰に向かおうとする日本社会のOS(基本ソフト)を改める必要はないのか、あるとすれば、どう書き換えていくのかという重い問いだ。
(編集委員)
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