社会を旅する16歳Rikoについて。【自己紹介note】
こんにちは!
今日はこれまで少しずつ書き溜めてきた人生を振り返る記事を残したいと思います。
簡単な紹介はこちら↓
都立西高校1年。9月からワシントンD.C.の高校に進学予定。
経産/文科省や企業などの100%奨学金で13歳の時から🇦🇺🇩🇰🇫🇮🇮🇳🇹🇷🇫🇷へ派遣。世界を変える10代を選出するRise Global Winner 2024に唯一の日本人として選出。和食の継承を志し、食育NGO設立や奨学金で生産地をめぐる旅、 The New York Academy of Sciences や ADvance Labで食の基盤となる水に注目し、地産地消の植物性凝集剤の研究活動に取り組んできた。2024年9月東京大学OEGs×トヨタモビリティ基金の研究プログラムに採択され、 目指す食のあり方を実現する試行錯誤を開始。今まで勉強はYoutubeで行って高校受験/英語の壁を乗り越え、ディズニーに行くお金があるなら登山しようというマインドの家族で育った。3人兄弟の長女。
和食のお店で、キッチン/ホールのバイトをしている。
スポーツ歴:空手、サッカー、水球、ハンドボール部
趣味:料理、アクセサリー作り
幼少期
全力で遊んだ記憶。
2008年、リーマンショックが表面化し、北京オリンピックが終わった9月に、母の実家近く山梨県の助産院で生まれました。
3歳下の弟が生まれた時に立ち会ったことが一番古い記憶ですが、納得するまで泣き止まず主張し続ける子だったそうです笑
母の実家が小さなペンションを営んでおり、知らない大人に会うのが特別でない環境でした。そのせいか人見知りもなく、公民館でおじいちゃんたちに将棋を教えてもらったり、駐輪所のおじさんと仲良くなったりしていました。本を読むのが大好きで、ドリトル先生がお気に入りでした。
3歳の時に近くの空手教室に通い始め、小学校に入学したタイミングで地元のサッカークラブに入りました。休みの時は、家族で登山やスキーに行ったり、旅行好きの両親の影響で色々なところに連れ回されていました。いわゆる東京育ちの普通の経験があまりないことを羨んだりしたこともありましたが、結局は不確実な時間を楽しんでいたのだと思います。
9歳の時、大きな決断をしました。
今まで続けてきた、アイデンティティのように思っていた空手を辞めることです。当時入っていた女子サッカーチームが強くなり、楽しいサッカーに集中したいと思ったからでした。第二の親のように感じていた先生に中々自分の意思を伝えることができず、1時間ほど待たせた結果泣きながら話した記憶があります。この時、幼いなりに自分の優先順位を考え、選択をすることを学びました。サッカーがひと段落した後に水球も始め、当時から色んなことに挑戦してみたいタイプだったのだと思います。
夏休みの自由研究は大好きでした。身近なことをテーマにしていましたが、実験というよりは調べて仮説を立てるほうが多かった気がします。
1年生:豆腐と大豆(近所のお豆腐屋さんに作りに行った!)・花と染め物
2年生:スリランカ(家族旅行で訪れたので調べていくことにした)
3年生:骨と骨折(サッカーの試合で骨折したため)
4年生:登山
5年生:DNA
6年生:睡眠
3年生のとき家族で旅したフィリピンのパラワン島で、欧米からの観光客ばかりのツアーに参加した時に全くコミュニケーションを取れず悔しい思いをしたことが、コロナが始まった5年生の終わり頃、本格的にオンライン英会話を始め、勉強を自分のモチベーションで続けるきっかけになったと思っています。また、当時出会ったトワイライトというアメリカの小説が大好きで、原文で読んでみたいと思い、洋書も読み始めました。
妹が生まれる。
11歳、小学5年生のとき、妹が生まれました。里帰り出産で3ヶ月ほど家を離れた母の代わりに料理をする楽しさを知り、食が生み出す力や影響の大きさに気がつきました。また同時期に、近くの子ども食堂に行くようになったこともあり、そこで出会った大人との会話をきっかけに食品ロスのような課題を身近に感じるようになりました。中学生になってからはお手伝いもしていました。
コロナ禍から中学生になって
NGOの存在を知る
文科省のGIGA機構想によってパソコンを手に入れた中一の夏休み、Youtubeで英語の勉強にスピーチ動画を見ていたところ、ハリーポッターで大好きだったエマワトソンに影響され、ジェンダー平等に興味を持ちました。
自分と同じくらいの女の子が権利を与えられていない状況を知り、私も何かできないかとGoogle検索をかけたところ、任意団体のまとめサイトに辿り着き、ビジョンが一致するイムアイというNGOに出会いました。連絡をとったところ、思いがけずメンバーに入れてもらうことができ、学校外でも何かに取り組めることを知りました。この時出会った人たちには、私の世界を何倍にも広げてもらい、本当に感謝しています。
企業に行ってみた
中学一年生の終わり頃、インターネットやテレビで見て興味を持った企業に連絡をとり、実際に訪問したりインタビューするということをはじめました。
面白そうという話を母にしていたところ、じゃあ行ってみれば?と言われ、メールの書き方から調べて、お問い合わせフォームで連絡しました。
特にWOTAという会社で科学技術で社会課題を解決しようとしている話しを聞き、憧れを持ちました。
世界が広がった中二の夏
学校の先生の紹介で参加した創造性の育成塾で、科学と社会の接点になる”工学”や技術の実装を考える上での公共哲学に興味を抱きました。
住んでいる自治体の海外派遣事業でシドニーに留学し、英語でのコミュニケーションに自信を感じられました。
やりたいを見つけ、団体を立ち上げる
中二の終わり頃、B-side Weekendや箱根Neighbore's Campなど色々な無料プログラムに参加して自分の一番の興味が”食”であることに気がつき、先述したジェンダー関連のNGO団体イムアイで組織運営を学べたこともあり、1月に食育NGOのユリフードを立ち上げました。
NPOやフードテックとコラボしてワークショップを開催したり、高校生向けの政策提言伴走プログラムを共催したり、さまざまな人たちと協力して社会にインパクトを残す方法を模索しました。
同時期に、ジェンダー平等を進める第一歩として包括的性教育に関する政策提言を個人的に行っていました。
一方で、前半期が過ぎた頃、自ら届ける教育に限界を感じ、また8月に参加したデンマークのサイエンスキャンプで科学者になりたい!と強く思ったことから一旦活動を休止することにしました。このキャンプでは、自分の学びの足りなさ(アカデミックな英語力のみならず、異文化理解や科学の知識も)を実感し、もっと真剣に学ぼうと思わせてくれました。また世界中に体温のわかる友達ができ、定期的に連絡を取っていたことで、一年後にインドやトルコで再会できました!
また、2月に参加したビジネスピッチでユリフードのアイデア(当時はサスティナブルフードを学生を繋ぐプラットフォームを考えていた)をプレゼンしたところ、あなた自身の学びに投資したいと言ってくださる方がいらっしゃり、パソコンや旅の資金を全て提供してくださることになりました。
これをきっかけに、起業に興味を持つようになり、Startup Weekendという3日間で起業を体験するイベントに参加したり、経産省の起業家育成・海外派遣プログラムに採択されたりと経験を積むようになりました。
インターン・旅
J-starXで出会った株式会社クロスメディスンで広報PRのインターンをすることになり、泣き声理解促進アプリ『あわベビ』の担当を半年ほどしていました。
また2023年3月ごろから日本とインドの融合を教育・進出支援の観点から推進するIndobox株式会社でアンバサダーとして、インターンしています。2024年夏にはインドに実際に留学し(後述)スタートアップやインキュベーション施設を訪問して協力関係の構築に取り組みました。
資金をいただけることになったことで、高校生・大学生の友達と島根県・隠岐島前でキャンプを開催し、その後は島のカフェでインターンしたり、夏には京都で豆腐屋さんを巡ったりと現場で学ぶことの多さを知りました。
中三の9月以降は、受験を意識するようになっていましたが、STEM系の経験を積むことに熱中し、The New York Academy of Scienceでインド人と共同研究を行ったり、AFS Global STEM Acceleratorsでソーシャルイノベーションのコースを受講したり、Technovation Girls Globalでカザフスタンとケベックの女の子のチームでアプリ開発をしたり、かなりグローバルな経験をオンラインで積んでいました。いつかリアルで会いに行きたいです。
高校からいま
楽しすぎる高校に入学
受験が終わった2月からは、親友に誘われ合成生物学の国際大会に向け、研究チームの財務班として企業協賛、クラファンで200万を集めていました。
1学期に行っていたのは、iGEMの資金調達以外には3月から1期生になったADvance Labでの活動とさまざまなプログラムの応募くらいです。1日も学校を休まず、運動会からクラスマッチ、定期試験や日々の学校生活を楽しんでいました。
7月にずっと憧れていた東大OEGsとトヨタ・モビリティ基金の研究プログラムGood Life on Earthの3期プレイヤーに採択され、やりたい研究に最高の環境で取り組めるようになりました。
夏休み
旅行委員長を務めた林間学校が終わるとすぐに、南阿蘇の農家にインターンへ飛んだ私の夏休みは、毎日ぎっしりとスケジュールが埋まり、東京に滞在した1日も友達の家に泊まるほどの充実ぶりでした。特に、ひとりでインドを2週間縦断した経験は、強いインパクトを残しています。
全力で楽しみ、想像もつかないほどたくさんの出会いと学びがあったものの、日常に戻る寂しさを自覚していました。
そんな中迎えた新学期、Riseという世界を変える100人の10代に選ばれたという嬉しい知らせが来ました。大学の学費が保障されたため、海外大を目指すことを決意しました。
一方で、日本の受験勉強を意識した学校の勉強へのモチベーションが下がっていることも実感しました。追い打ちをかけるように学校外での取り組みが増えていきました。
初めての学会発表で賞をいただき、
トルコの国際会議に日本代表として参加+ひとり旅をし、
フランスでヨット大会のスタートを観戦し、
慶應義塾大学グローバルサイエンスキャンパスで生命分子工学研究室で数値シミュレーションを利用した研究を始め、
と、たくさんの機会をいただきました。慌ただしい毎日を送りながら、今までは漠然と留学したいと憧れていただけのものが、体験を積み重ね、海外高校受験を通じて現実的なものになってきたため、考えるようになりました。そして、11月から研究プログラムの奨学金で入居したシモキタカレッジでの対話を通じ、今までの自分を振り返ることで、海外に行きたい理由がはっきりと浮かび上がってきました。
将来、世界のどこへ旅しても誰かに出会えるような、深い人間関係を持ちたい。いつか、好きな食材を選んで、大切な人のために料理をして、家族で食卓を囲む毎日を送りたい。
日本の田舎のお水が美味しくて、食べ物が豊かなところで子育てをしながら。飛び回りたい私が飽きないためにはどうしたらいい?
そこに世界中からたくさんの人を呼んで、和食の素敵なところを共有すれば両方の夢が叶えられる。だからアメリカの高校・大学で世界のエリートと一生の友達になる。グローバルな環境で、世界で戦える力を身につけて、帰ってくる。
自分を見つめ直す2025年
今後の数年間をどう過ごすか、自分に向き合いながら改めて考えています。ひとつ、確実に決めていること。それは言葉を残し続けること。私が見た世界と感じ取った想いを自分のために、そして誰かが面白いなっと思ってくれることを願って綴り続ける。これからもnoteは更新します。
今後の進路について
3月をもって都立西高校を退学しました。
8月からはRise Global WinnerとしてASSIST奨学生に選ばれ全額奨学金をいただくことになったため、The School For Ethics and Global Leadershipに進学します。科学のバックグラウンドを持った私だからこその視点でコミュニティに貢献し、1人目の日本人として倫理を中心としたポリティカルリーダーシップを学び考えられるようになりたいです。まずはワシントンD.C.で学び、ヨハネスブルクやロンドンにもキャンパスがあるので学期ごとの移動しながら学ぶ予定です。
これから出会うあなたへ
振り返ると、自分でも過去に色んなことに取り組んでいて、学びを言語化していることに驚きました。
私が大切にしている言葉の一つに、「他人と過去は変えられない。自分と未来は変えられる。」というものがあります。過去の自分を越えなきゃといった無意識的な焦りに気がつけたことが、最近の大きな発見です。ずっと同じやり方で成長していくのではない、私だけの方法を模索しながら前に進んでいくことが、大事なのだと思えるようになりました。
これからも学び続けたいと思っている私を、どうぞよろしくお願いします!



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