人工ダイヤモンド世界シェア9割握る中国
TTTである。
ダイヤモンドといえば、多くの人がまず思い浮かべるのは婚約指輪や高級ジュエリーだろう。
しかし、ダイヤモンドの真の価値は「美しさ」ではなく「硬さ」にある。
地球上で最も硬い物質であるダイヤモンドは、自動車のエンジン部品を削り、半導体のウェハーを切断し、コンクリートに穴を穿つための工業用素材として、現代の製造業に欠かせない存在だ。
そして、その工業用ダイヤモンドの9割以上を生産しているのが、中国である。
2026年2月、産経新聞がこの事実を大きく報じた。
「人工ダイヤ、世界シェア9割握る中国」——この見出しを見て、既視感を覚えた人は少なくないはずだ。
レアアース(希土類)と、まったく同じ構図だからである。
かつてはアメリカも日本も人工ダイヤモンドを製造していた。
それが、中国政府の支援を背景にした安価な製品に駆逐され、気がつけば世界はほぼ一国に依存する状態に陥っていた。
ダイヤモンド工業協会の佐藤正典事務局長は「人工ダイヤがなくなっても自動車はつくれなくなる」と警鐘を鳴らしている。
私は長年にわたって投資の世界に身を置いてきたが、資源の「偏在」と「依存」がもたらすリスクを、何度も目の当たりにしてきた。
レアアースの時にも、多くの人は「まさか中国が輸出を制限するとは」と思っていた。
しかし、それは起きた。
そして今、同じことが人工ダイヤモンドでも起きようとしている。
本稿では、人工ダイヤモンドがいかにして中国の「戦略物資」となったのか、その歴史と現状、そして日本がどう向き合うべきかを追っていく。
「硬さの王」が製造業の命綱になるまで
人工ダイヤモンドの歴史は、冷戦期のアメリカから始まる。
1954年、ゼネラル・エレクトリック(GE)の研究者トレーシー・ホールが、高圧高温(HPHT)法による合成ダイヤモンドの製造に世界で初めて商業的に成功した。
炭素に数万気圧、数千度の高温をかけることで、天然のダイヤモンドと同じ結晶構造を人工的に再現する技術だ。
当初の製品は小さな褐色の粒であり、宝飾品としての美しさとは無縁だったが、工業用の切削・研磨材としては画期的な発明だった。
面白いのは、デビアスも実はGEとほぼ同時期に合成ダイヤモンドの製造に成功していたことだ。
しかしデビアスは天然ダイヤモンドの独占で莫大な利益を上げていたため、合成技術の公表を遅らせ、1959年になってようやく発表している。
天然の価値を守るために、人工の可能性を隠す——デビアスのこの判断は、ある意味で合理的だったが、長い目で見れば世界の技術地図を歪める一因にもなった。
1960年代から1970年代にかけて、アメリカ、日本、ヨーロッパの企業が次々に工業用ダイヤモンドの製造に参入した。
日本では住友電気工業が大規模生産を開始し、高品質な合成ダイヤモンドで世界的な評価を得ていた。
https://www.gia.edu/JP/gia-news-research-synthetic-diamonds-dark-industrials-bright-gems
1990年代初頭にはGEとデビアスが工業用ダイヤモンド市場の約8割を支配していたとされ、米欧日が技術と市場を掌握していた時代が確かに存在したのだ。
しかし、工業用ダイヤモンドは「硬さ」という物理的特性そのものが商品であるため、品質が一定水準を超えれば、あとは価格が勝負を決める。
この点で、中国の台頭は不可避だったと言えるかもしれない。
中国で最初の合成ダイヤモンドが誕生したのは1963年のことだ。
翌年には国産のキュービック型高圧装置が開発され、1966年に鄭州三磨研究所が年産約1万カラットの工業用砥粒ダイヤモンドの商品化を開始した。
最初はささやかな規模だった。
転機は1970年代後半から1980年代にかけて訪れる。
国策として河南省に合成ダイヤモンド製造企業を集中的に設立したのだ。
これは、後に中国がレアアースやソーラーパネルで見せる「国家主導型の産業育成」と同じパターンである。
政府の補助金、安い電力、豊富な労働力を武器に、2000年代に入ると中国は一気に世界最大の生産国にのし上がった。
現在、河南省には80社以上の合成ダイヤモンド製造企業が集積している。
なかでも河南黄河旋風(Huanghe Whirlwind)、中南钻石(Zhongnan Diamond)、鄭州華晶金剛石の「三大巨頭」は、3社合計で8,000台以上のキュービック型装置を保有し、年間120億カラット以上の生産能力を誇る。
河南省だけで中国全体の生産量の約8割を占め、中国が世界の約9割を占めるということは、河南省一省で世界の工業用ダイヤモンドの7割以上を生産している計算になる。
かつて技術で先行していた日米欧の企業は、この圧倒的な価格競争力の前に次々と撤退に追い込まれた。
「品質で勝っていても、価格が半分では勝負にならない」——ある日本の超硬工具メーカーの関係者がかつて漏らした言葉は、レアアース産業の崩壊過程ともぴたりと重なる。
レアアースの教訓は生かされたのか
ここで、レアアースの歴史を振り返っておきたい。
なぜなら、人工ダイヤモンドの現状は、レアアースが辿った道筋をほぼなぞっているからだ。
レアアースもまた、かつてはアメリカが世界最大の生産国だった。
カリフォルニア州のマウンテンパス鉱山は1960年代から1980年代にかけて世界の需要の大半を賄っていた。
しかし、1990年代以降、中国が国策として内モンゴルのバヤンオボー鉱山を中心にレアアース生産を急拡大させ、低価格で世界市場を席巻した。
環境規制が緩く、人件費が安く、政府の補助金がある。
アメリカのマウンテンパス鉱山は2002年に閉山に追い込まれた。
そして2010年、尖閣諸島沖での漁船衝突事件を機に、中国は事実上のレアアース輸出制限を日本に対して実施した。
日本の対中レアアース輸入は92%以上急減し、製造業は大混乱に陥った。
「安いから」という理由で一国に依存することの危険性を、日本は身をもって学んだはずだった。
しかし、その「学び」は十分に活かされたのだろうか。
レアアースについては、2010年のショック以降、日本は調達先の多角化やリサイクル技術の開発、代替材料の研究に力を入れてきた。
プロテリアルの重希土類フリー磁石技術や、日産自動車の磁石レスモーターなど、レアアースを使わない技術の開発は着実に進んでいる。
ところが、人工ダイヤモンドについては同様の危機意識が希薄だったと言わざるを得ない。
ダイヤモンドは「硬さ」という代替の極めて難しい物性を提供するものであり、レアアースのように「別の素材で置き換える」というアプローチが取りにくい。
だからこそ、生産拠点の分散がより重要だったはずなのに、それが行われなかった。
2025年10月、中国商務省と税関総署は人工ダイヤモンド砥粒を輸出管理の対象品目に加えた。
具体的には、人工ダイヤモンド粉末、単結晶、ワイヤーソー、研削ホイール、そしてCVD装置と関連技術が輸出許可制の対象となった。
さらに2026年1月には、日本向けの軍民両用品目の輸出を禁止する措置が追加されている。
レアアースの時は「まさか」だった。
しかし今回は、レアアースという「前科」がありながら、同じ構図を放置していたのだ。
「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」というマーク・トウェインの言葉が、これほど正確に当てはまる事例も珍しい。
「究極の半導体」としてのダイヤモンド——未来の需要はさらに膨らむ
人工ダイヤモンドの重要性は、従来の切削・研磨用途だけにとどまらない。
近年、ダイヤモンド半導体という新しい領域が急速に注目を集めている。
シリコンに代わる「究極のパワー半導体」として、ダイヤモンドは極めて魅力的な特性を持っている。
物質中最大の熱伝導率、高温・高電圧環境下での安定動作、放射線への耐性——これらの性質は、電気自動車のパワーユニット、6G通信の基地局、宇宙・航空機器、さらには原子力施設の廃炉作業にまで応用が期待されている。
2025年3月、産業技術総合研究所(産総研)とホンダの共同研究チームが画期的な成果を発表した。
ダイヤモンドMOSFET(金属-酸化膜電界効果型トランジスタ)において、2.5アンペアの電流で立下り時間19ナノ秒、立上り時間32ナノ秒の高速スイッチング動作を世界で初めて実証したのだ。
従来のミリアンペア級から約1,000倍の電流制御を実現したことで、電気自動車の駆動系への実装が一気に現実味を帯びた。
ダイヤモンド半導体が実用化されれば、電気自動車の航続距離は延長され、充電時間は短縮され、車体は軽量化される。
これは単なる素材の改良ではなく、自動車産業のパラダイムそのものを変え得る技術革新だ。
そして、ここが重要なのだが——ダイヤモンド半導体の基板となる高品質な単結晶ダイヤモンドの供給もまた、中国に大きく依存している。
中国は従来のHPHT法に加え、CVD(化学気相成長)法による大型・高純度の単結晶ダイヤモンド製造でも急速に能力を高めている。
河南省のSFダイヤモンド社は中国最大のCVD施設を運営し、年間70万カラットの生産能力を持つ。
ワイドバンドギャップ半導体(SiC、GaN、ダイヤモンドを含む)の市場規模は2030年に3,000億円を超えると見込まれている。
今は「工業用砥粒」の供給問題として語られている中国依存が、近い将来、「次世代半導体の基板」の供給問題に発展する可能性が高い。
そうなった時の衝撃は、砥粒の比ではないだろう。
投資家の目線で言えば、ダイヤモンド半導体関連の技術を持つ企業は長期的に注目に値する。
だが同時に、その原材料の供給リスクがどれほど大きいかも見極めなければならない。
投資における「上流」と「下流」のバランスを読む目が、この分野では特に問われることになる。
対米投資5億ドルと「脱中国依存」の道筋
事態を重く見た日米両政府が、具体的な動きに出始めている。
2026年2月、赤沢経済産業大臣が訪米し、人工ダイヤモンドの生産事業を含む対米投資案件の協議を行った。
日米が合意した総額5,500億ドル(約86兆円)の対米投資において、人工ダイヤモンド生産事業が「第1号案件」の最有力候補として浮上しているのだ。
具体的には、米英に拠点を持つ人工ダイヤモンド大手エレメントシックス社が関与し、約5億ドル(約780億円)規模のダイヤモンド砥粒製造施設を米国に建設する計画が進んでいる。
また、日本のOrbray社(旧アダマンド並木精密宝石)はエレメントシックスと戦略的提携を結び、世界最高品質の大口径単結晶人工ダイヤモンドの量産を目指すと発表している。
この動きは、レアアースで日本が進めてきた「調達先の多角化」と同じ戦略の焼き直しとも言える。
オーストラリアのライナス社と組んでレアアースの脱中国依存を図ったように、エレメントシックスやOrbrayと組んで人工ダイヤモンドの供給網を再構築しようとしているのだ。
しかし、課題は山積している。
第一に、コストの壁だ。
中国の人工ダイヤモンドが圧倒的に安いのは、安価な石炭由来の電力、政府の補助金、スケールメリットの3つが揃っているからだ。
米国や日本で生産すれば、電力コストだけでも数倍になる。
レアアースの海底鉱床採掘と同じで、「技術的にはできるが、コストで中国に太刀打ちできない」 という壁に直面する可能性が高い。
第二に、時間の壁だ。
工場の建設から本格稼働まで数年を要する。
その間、中国がさらに輸出規制を強化すれば、サプライチェーンは深刻な打撃を受ける。
大和総研の試算によれば、レアアースの輸入が1年間停止しただけで日本のGDPは1.3〜3.2%押し下げられるとされている。
人工ダイヤモンドについても、類似のシミュレーションが必要だろう。
第三に、技術の維持と人材の問題だ。
日本はかつて住友電気工業が世界トップクラスの合成ダイヤモンド技術を持っていた。
しかし、製造から撤退して久しい今、技術者や知見の散逸が進んでいる。
一度失った技術的蓄積を取り戻すのは、新たに構築するよりも難しい場合がある。
それでも、動き出したこと自体は前進だ。
レアアースの教訓があるからこそ、今回は「気づいてから行動するまで」の時間が短くなっている。
問題は、その行動が「十分な速さ」であるかどうかだ。
「静かな支配」にどう向き合うか
中国の資源戦略は、一貫して同じパターンをたどる。
まず国策で大量生産し、圧倒的な低価格で競合を駆逐し、市場を独占した後、輸出規制というカードを切る。
レアアースで、タングステンで、ガリウム・ゲルマニウムで、そして今、人工ダイヤモンドで。
この戦略が巧みなのは、一つ一つの品目は一般の人々の目に触れにくい「縁の下の力持ち」的な素材である点だ。
半導体チップそのものやスマートフォンの完成品であれば、国民的な関心を集めやすい。
しかし、半導体チップを切り出すためのダイヤモンドワイヤーソーや、エンジン部品を研削するためのダイヤモンド砥粒は、最終製品からあまりに遠い。
だからこそ、問題が表面化するまで危機感が共有されにくい。
私はこれを「静かな支配」と呼んでいる。
派手な制裁や禁輸と違い、特定の素材の供給をじわじわと絞ることで、相手国の製造業を根本から揺さぶる。
これに対抗するには、サプライチェーンの全体像を「川上から川下まで」俯瞰する視点が不可欠だ。
日本の投資家にとっても、この問題は他人事ではない。
自動車、半導体、電子部品——日本の主力産業のほぼすべてが、何らかの形で人工ダイヤモンドに依存している。
その供給が一国に集中しているということは、日本の製造業全体が、中国の政策判断一つで大きく揺らぎ得るということだ。
「卵を一つのかごに盛るな」という投資の格言は、ポートフォリオだけでなく、国家の資源調達にもそのまま当てはまる。
レアアースの時に学んだはずのこの教訓を、今度こそ「次のレアアース」が現れる前に活かさなければならない。
人工ダイヤモンドの問題は、まだ多くの人にとって「知らなかった危機」だ。
しかし、知った以上は国としても、現場としても備えるべきである。
製造業の現場で毎日使われている、目に見えにくい「硬さの王」が、私たちの経済と暮らしをどれほど支えているか。
そのことに思いを馳せれば、この問題の本質がレアアースと同根であり、かつ、場合によってはレアアース以上に深刻になり得ることが見えてくるはずだ。
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