機関車工学:日本最初の機関車工学書
「機関車工学」(上中下 全3巻)
工学博士 森彦三 工学士 松野千勝 共著
「機関車工学」はそのタイトル名通り、蒸気機関車全体にわたる工学書でありました。本書は日本語で書かれた初の本格的機関車工学書です。そのため当時の鉄道エリートのごく一部を対象としていたためか、現在価格で1~2万円(各巻)という高価もあり発行部数は少数で、今日、本書を目にする機会がほぼないのも当然の状況です。
初版は明治43年と古くその後発行元の大倉書店は廃業してしまい、まさしく幻の書籍になってしまいました。しかし令和時代の今、国立国会図書館のデジタルコレクションにて無料一般公開されており、大正14年の第8版が誰でも見られます。古き資料を当たるには良い時代になったものです。
この工学書が鉄道マニアとりわけ蒸気機関車マニア間に有名なのは、著者である森彦三がSL設計思想において島安次郎との設計主導権争いに敗れ、工作局を去る代わりに自らの考えを「機関車工学」という書籍に表したのだという、後世伝えられるドラマ性による事が大きいのでしょう。この様な後日エピソードには、いつでも各種の想像を掻き立てられるものであります。
それでは、森彦三が「機関車工学」に自らの設計思想、すなわち幻といわれたアトランの理論を記しているのでありましょうか。本書は松野千勝との共著であります。執筆にあたり松野が森にどの様な影響を与えたかわかりません。その答えは本書を読めば導き出せるかもしれませんが、そもそも森設計のアトラン図面は本書には出てこないながらも、歴史に登場した様々なアトランティック軸配置のSLたちは、知るべき資料として掲示されているわけです。
森が巷間言われている通り主導権争いに敗れ現場を去り、その想いを書籍で表わしたのだという説がある一方、先にも記した通り「機関車工学」には森が設計したアトラン図面を世に問わない姿勢が見られるのは、本当の辞職原因はアトランではなかったのか、あるいは松野との共著だったからという理由なのか、狭軌鉄道ではアトランであっても機関車効率に限界を感じていたのか全ては不明のままです。執筆当時とは蒸気機関車が日々技術進歩していたSL最盛期でしたから、理論派であるほどにアトランより世界の新しい技術や可能性が目に入ったのかもしれません。
森自身、狭軌における蒸気機関車の能力上での構造限界については、広軌(標準軌)論を唱える島安二郎と同様に十分わかっていました。本書の中にも若干ならがらその記述がみられます。むしろ「機関車工学」をまだ輸入機主体の時代の中で書いたのは、日本の鉄道技術の将来方向を決めるに際し、機関車の現場を知らないどころか、主役となる蒸気機関車の技術理論を勉強した事のない鉄道行政の幹部に対し、技術論をベースに正当な論議ができる人材を多数生み出したいという考えが強かったのではないでしょうか。技術論の先にはじめて原価計算など国家予算案が来るべきで、軍の力が強く財政数字が鉄道への大きな制約となり、部品点数を少しでも減らし共通部品化を進めるコスト案こそ正道、という風潮があった日本が未だ新興国だった時代です。技術議論の本質を理解できない人材ばかりの中で、森が島と技術対決することは日本の鉄道未来を考えると、その対立は森自身のメリットにもなりません。関係者が同じ土俵上で正しく技術論議ができる環境を整える使命感こそ、森が自ら現場を去った理由の様にも思われてきます。現場や理論に関わらず、教育に勝る人材育成方法は無いのです。
さて本稿の今後ですが、本来の目的であるGSRメンバーに向けた教科書的意味合いは「機関車工学」には少なく、何かと話題に出てくる本書に付いてはメンバーに限らず興味の多いところの様ですから、とにかく現代語で読めるレベルを提供する点のみを目的といたします。従って、原文を尊重する歴史資料的位置付けに鑑みながらも、今日では使用しない漢字や用法等については、元の意味を変えない程度に現代文へと変更いたします。ただし、できるだけ原書に忠実にという観点から、極力オリジナルを尊重する方針に変わりはありません。「機関車の構造及理論」編では教科書的扱いの意味合いもあり、旧字体を新漢字に書き換える過程で多少アレンジいたしましたが、それでも良くわからないとのご指摘をいただいておりました。今回はさらに古い明治期の書籍であり、原書のオリジナル文意に影響を与えない程度での現代文へと置き換えに止めます。人名等は時代により日本語での表記にも揺れもあり、人名や会社名等は進行中での適宜の扱いといたします(従ってサイト上で表記の統一性がございません)。あくまでも蒸気機関車研究に勤しむ諸兄への参考として、日本最初の機関車工学書を現代語で読めるお手伝いとなりましょうか。読み換えが正しくない、誤字脱字があるとのご指摘を頂きますが、メンバー向けには適宜訂正を行っている一方、公開版はメンテナンスしていませんので読者様にてのご対処を願います。
ところで今回も全て手作業となるため、且つメンバーのテキストではないので進行スケジュールもなく、掲載についてはかなり不連続となります点、あらかじめご承知おき願います。担当者、今後も健勝であれば脱稿まで数年ほどを見込み、もしかしたら思わぬ途中終了もあるかもしません。なお現代文への変換版権は放棄しておりません。転載の場合はご連絡いただければ幸いです。
原書では縦書きなのですが、今やスマホでの閲覧が主体となっている事情から、現代語版は要望により横書きといたします。また原書入手困難な書籍のため、公開されております国会図書館所蔵の版を採用いたします。公開資料には欠落ページが存在しますが、本サイトではあえて補う事はせず、欠落箇所は読者様ご自身での対応に任せる事としましょう。オリジナルの閲覧は直接デジタルコレクションまでアクセスしていただければ幸いです。
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