それは初めから有罪ありきの裁判だった。
弱者を救う為に汗を流し苦心して勝ち取ったはずの無罪が。
馬鹿げた理由であまりにも容易く覆されてしまって。
証言台に立つ被告人が俺を見ていたその眼を直視してしまった。
憤怒と憎悪に満ちた、その眼を。
なんだ、その眼は。
どうしてそんな眼で、俺を見る。
どうして
機械的なアラーム音が鼓膜を震わせたことで緩やかな覚醒を迎える。黒いカーテンの隙間から差し込む陽光。見慣れた天井。白く清潔なシーツ。寝癖で乱れた黒髪。何も変わらない日常。
起床する。テレビを付けてニュースを垂れ流す。コーヒーを淹れる準備をする。一枚の食パンをトースターで加熱する。トイレで用を足す。朝食を摂る。歯を磨く。洗顔する。髭を剃る。髪を整える。スーツに着替える。鞄の中身を確認する。出勤する。電車に乗り駅から事務所へ徒歩で移動する。事務所の出入口の鍵を開ける。数分後に部下が事務所に到着する。業務を開始する。
正午を迎えた頃に部下が椅子に腰かけたまま背筋を伸ばす。
「んーっ、疲れたぁ。日車さん、お昼どうします?」
「これがある」
「またそれですか?」
「簡便で必要な栄養素を十分に摂取出来る」
デスク上に置かれたスティック状の栄養補助食品を見ながら呆れ混じりの表情を浮かべる清水。
「毎日そればっかりで飽きません? たまには美味しい物でも食べに行くとか……」
「勝手に行けばいいだろう」
「お誘いしてるつもりなんですけど……いいですよ別に、私もお弁当あるし」
不満そうな顔色のまま、鞄の中から弁当箱を取り出す。
「あ、そうだ。今度私が日車さんの分も作ってきてあげましょうか? 弁当」
「君が不必要な労力を割く必要は無い」
「……そうですか」
清水が更に唇を尖らせつつ小さめの弁当箱を開く。
「日車さんって普段息抜きしてます? ドラマとか映画とか」
「興味が無い」
「えー? テレビ観ないんですか」
「ニュースくらいは観る」
「最近のオススメのドラマ教えてあげましょうか?」
「他人が書いた只の作り話に何の意味があるんだ。世間の情勢を知る方がよほど為になる」
「舞台演劇にハマり中の私に喧嘩売ってます?」
「俺と君とでは価値観が違うというだけの話だ。勝手に楽しんでいてくれ」
ファイリングした書類の束に目を通しながら栄養補助食品を齧った。
機械的なアラーム音が鼓膜を震わせたことで緩やかな覚醒を迎える。黒いカーテンの隙間から差し込む陽光。見慣れた天井。白く清潔なシーツ。寝癖で乱れた黒髪。何も変わらない日常。
起床する。テレビを付けてニュースを垂れ流す。コーヒーを淹れる準備をする。半分に切った食パンをトースターで加熱する。トイレで用を足す。朝食を摂る。歯を磨く。洗顔する。髭を剃る。髪を整える。スーツに着替える。鞄の中身を確認する。出勤する。電車に乗り駅から事務所へ徒歩で移動する。事務所の出入口の鍵を開ける。数分後に部下が事務所に到着する。業務を開始する。
先日有罪判決を下された被告人の父親が激昂しながらソファから立ち上がり皺塗れの手で湯呑を掴み冷茶をこちらの顔にかけてきて土下座をして謝罪しろと怒鳴りつけてきた。その隣で同様に老いた母親はただ深く俯き泣き喚いているだけだった。
「ちょっと……!」
清水が声を荒げ腰を浮かしかける。手を伸ばして制した。ソファから降りて床に両膝を付き額を床に押し当てながら私の力不足の為にご子息を救えず大変申し訳ありませんでしたと父親の納得がいくまで謝罪行為を繰り返した。
両親が肩を落としながら帰宅した後も、いつまでも清水は納得のいかない表情を浮かべていた。
「こんなのおかしいですよ! どうして日車さんがあそこまで責められなきゃいけないんですか!」
「息子の投獄が決まって親が嘆くのは当然の反応だ。怒りをぶつける捌け口が彼らには必要だった」
「だからって……大体、悪いのは加害者の彼じゃないですか! カッとなったからって女性を殴って首を絞めようとするなんて……! 日車さんは、完全無罪は難しいってちゃんと事前に説明していました! せめて減刑はしてもらえるよう出来る限りの事はしていました! なのに……!」
「清水」
ハンカチで顔に張り付いた水分を拭き取りながら機械的な口調で応える。
「俺達の業務は被告人の味方をすることだ」
清水が目を瞠りながらこちらの顔を見つめている。
「……日車さん、その……大丈夫ですか?」
「何がだ」
「だって、なんだか、最近特に……」
事務所内の固定電話が鳴り響く。速やかに移動し受話器を持ち上げる。
「もしもし。こちら――法律事務所です」
機械的なアラーム音が鼓膜を震わせたことで緩やかな覚醒を迎える。黒いカーテンの隙間から差し込む陽光。見慣れた天井。白く清潔なシーツ。寝癖で乱れた黒髪。何も変わらない日常。
起床する。テレビを付けてニュースを垂れ流す。コーヒーを淹れる準備をする。トイレで用を足す。栄養補助食品を齧りコーヒーを飲む。歯を磨く。洗顔する。髭を剃る。髪を整える。スーツに着替える。鞄の中身を確認する。出勤する。電車に乗り駅から事務所へ徒歩で移動する。事務所の出入口の鍵を開ける。数分後に部下が事務所に到着する。業務を開始する。
執行猶予を与えられていた性犯罪者が再犯を犯した。冤罪の疑惑があった囚人が獄中で自殺した。ストーカー行為を繰り返した為に接近禁止令が出されていた女性が男を刺した。三名の若年女性をレイプし殺害した男が心神喪失を理由に自分は無罪だと笑いながら主張した。私の娘があんなにも傷つけられたのにお前が加害者を無罪にしたからお前のことも殺してやると加害者家族からの怨嗟の手紙が昨年から毎日送られ続けている。
機械的なアラーム音が鼓膜を震わせたことで緩やかな覚醒を迎える。黒いカーテンの隙間から差し込む陽光。見慣れた天井。白く清潔なシーツ。寝癖で乱れた黒髪。何も変わらない日常。
起床する。テレビを付けてニュースを垂れ流す。コーヒーを淹れる準備をする。トイレで用を足す。コーヒーを飲む。歯を磨く。洗顔する。髭を剃る。髪を整える。スーツに着替える。鞄の中身を確認する。出勤する。電車に乗り駅から事務所へ徒歩で移動
「ちょっといいかな?」
何者かに肩を掴まれ呼び止められたので足を止め顔を振り向かせる。陽光を浴び光沢を跳ね返す銀色の毛髪。黒いサングラスで不思議な色彩の瞳を覆った長身の美青年の顔がすぐ目の前にあった。見覚えのある顔だと思い、すぐに名前を思い出す。そして周囲が随分と騒がしくどよめいていることに気付く。東京から遠く離れた東北の地に、何故か世界一有名な日本人俳優が立っているのだから、無理もない話ではあった。
「出勤中だが」
「いやぁ悪いね弁護士先生、僕から一つお願いしたいことがあって」
「俺の言葉が聞こえなかったのか?」
「大丈夫すぐ終わるから。僕のことは知ってるよね? 今映画の撮影中でここらの景色を撮っている所なんだ。向こうに何人かモブキャストがいるからさ、そこに混じって通行人の役やってくれない?」
周囲を軽く見回す。ぽっかりと輪を作るように、遠巻きから五条悟の姿を戦々恐々としながら観察し、写真を撮り続けている群集。
「俺以外にいくらでも人材はいると思うが」
「先生がいいんだ。あんたを見た瞬間、バシっと来るものがあってね。まぁまぁいいでしょ、ちょっとした息抜きだと思ってさぁ」
不可解な点は無数のようにあった。しかし群衆から固唾を呑んで見守られている状況の中で無碍に断りにくい状況でもあった。
「一回だけでいいのか」
「うん」
「なら早く済ませてくれ」
「オッケー」
表情を変えないまま五条の背中を追いかけていった。清水には少し遅れていくとだけメールで伝えた。
撮影場所は公共道路の一角。歩道上に複数名のキャストが各々の位置で待機している。
「はい、というわけでよろしく」
「おい」
「ん?」
「指示は」
「要る?」
「立ち位置の指示すらしないつもりか?」
「要らないでしょー。先生の好きなようにやってよ」
まさかこれ程に適当な人間だったとは。五条悟の常識性を疑いながらも歩道上へと移動する。
固定カメラの位置を確認。他キャストの人数と性別と体格を確認。ひとまずカメラの範囲外に立つ。
「はーい、そんじゃいくよー」
五条のお気楽な声が朝の空間に響く。カチンコの音が響き、一斉に歩き出す通行人達。その光景を、およそ二秒間観察。そして歩行を開始。名も知らぬ他人の間を、ごく普通に歩いた。
カットの合図が響いたので立ち止まる。すぐに五条が接近してきた。
「いいねー、バッチリだったよ!」
「そうか」
「で、今のどうやったの?」
「……何の話をしている?」
「だからさ、今どんなこと意識しながら歩いていたのかを聞いてるんだけど」
「ただ歩いただけだ、それ以上何もない」
へぇー……これは面白いな。通行人の役割は一切目立たず上手に背景に溶け込むこと。自分の存在感を誰よりも希薄化させる為には、周囲の他人の“平均値”を取ればいい。歩行速度、腕の振り具合、鞄の揺らし具合、全ての動きが僕に声をかけられる前のやり方と微妙に違う。実に絶妙な調整だ。僅かな時間で自分以外の他者の動きを分析した上での行動なはず、だけど。このレベルの芸当を無意識でやっちゃうのか……下手な役者特有の、演技に意識が傾くことで生じる不自然さも一切無い。自然さでいうなら既に一流レベルじゃないか? これは期待以上に面白い物が見れそうだ。
「三日後にこの辺の喫茶店で別の撮影することになってんだけどそこでウェイター役やってくれない?」
「一回だけだと聞いたはずだが?」
「いいじゃんいいじゃん、一回も二回も変わんないでしょ? これも気分転換だよ」
「何か勘違いしているようだが俺は演技の経験は一度もないんだぞ」
「大丈夫だってぇ、先生才能あるから! 僕が保証してあげる!」
「適当な事を言われても困る。俺は君の気紛れに付き合っていられる程暇ではないし興味も無い」
「先生に演じてもらった方が絶対しっくりくるから。人助けだと思って頼むよ」
五条はお気楽な笑顔を浮かべたまま不意に右手を差し出してきた。
「……なんだこの手は」
「名刺ちょーだいっ」
通常の業務時間より二十三分遅れて事務所に到着した。
「おはようございます。珍しいですね、日車さんが遅れてくるなんて」
「五条悟に遭遇していた」
「へぇー。日車さんのよく分かんない冗談久々に聞いた気がしますー」
「証拠ならある」
「キャ――――!!」
携帯画面を向け五条が勝手に撮影してきた2ショット写真を見せつけてやった瞬間に目の色を変えて大絶叫を始める清水。
「えぇぇええ――――!? えー!? えーえー!? ウッソでしょ!?」
「佐藤の施設から連絡はあったか」
「いやいやいやいや何普通に仕事の話に入ろうとしてるんですかぁ!? それどころじゃないでしょ!? 五条悟が岩手に!? はぁー!? ちょっと今から早退してもいいですか!?」
「いい訳ないだろうが」
「バカー! 日車さんのケチー! 自分はがっつり会話してる癖にズルーい!」
「何がズルいんだ、ただの役者だろう」
「世界一の超有名人ですけど!?」
「俺には関係がない。大体、訳も分からん理由で通行人の役をさせられて、その上三日後にも別の撮影に付き合えと要求されたんだぞ。冗談じゃない」
大声で喚いていた清水が一旦フリーズする。
「……え……? 日車さん、五条悟の作品に、出演するってことですか……?」
「勝手にそう決められてしまった」
「え……えぇぇぇえええ……? わけわかんな、え……? 前世でどんな徳積んだらそんな奇跡に巡り合えるんですか……?」
「俺の代わりにやるか?」
「ムリムリ! 絶対に無理! また生写真とサインも貰ってきて下さいお願いします!」
「俺に付いてきて自分で撮ればいいだろう」
「無理ですってばー! あんな美形直視したら目が焼けちゃう!」
「なら勝手にしてくれ」
軽く溜息を吐き、淡々と言葉を零しながらデスクに腰かけた。
三日後。休日の朝に五条悟がメールで指定した喫茶店に到着。
「よーし! 今日も張り切っていこー!」
一人だけ妙にハイテンションな声をメガホンを用いて言い放つ監督兼主演俳優五条悟という光景をただ無感動に見つめていた。貸し切った店内の隅に立ちながら。ウェイターの服装を身に纏いながら。
「来てくれると思ってたよ日車先生ー。今日もよろしくね。というわけではい、先生用の台本」
ニコニコと軽薄な笑顔を浮かべつつ五条が手渡してきたのは、A4用紙を三枚、ホッチキスで束ねただけの、妙に簡素な物であった。一読し、疑問を抱く。これより撮影するシーンは五条演じる主人公が、事件の重要人物である女性から情報を聴取する場面である。日車に渡された物には、二人の人物の台詞のみが記されていた。周囲のキャストや裏方スタッフが所持している台本とは明らかに厚さが違う。通常ならば台詞以外の、実際の行動も書かれていて然るべきなのだ。なのに肝心の日車の台詞も動作も一切書かれていない。
「五条」
「ん?」
「今回も俺に一つも指示を与えないつもりか?」
「ご名答。先生の好きな様に動いてみてよ」
五条はそうとだけ告げて、ひらひらと手を振りながら呆気なく遠退いてゆく。別のスタッフに指示を飛ばし確認を行う為に。五条の意図が全く分からないまま、とりあえず二人の会話内容をインプットする作業を開始した。
所詮、自分はモブキャストだ。ただ普通のことをすればいい。
カチン。
撮影が始まる。主人公と女性が店内へと入りテーブル席に腰かける。カメラの死角から、二人の元へと接近する。
「あんたとはじっくりと話をしたいと思っていたんだ」
「ご注文は?」
「コーヒー。さて……早速始めようか」
伝票にボールペンで素早くメニューを書きなぐり、すぐにテーブルから離れる。カメラの死角へと戻り、裏方スタッフが用意していたトレイを静かに受け取る。ティーカップ内にブラックコーヒーが満たされている。二人の登場人物が繰り広げる会話を、距離を置いたまま聞き取っていた。一字一句、正確にインプットされた情報と照らし合わせながら。しばらく時間が経過した後、トレイを抱えたまま再び接近。会話を続ける主人公の元に、正確には彼の正面よりもテーブルに近い位置に、ことりとカップを置く。無言のまま離れる。台詞を途中まで言い終えた主人公が、一度カップを手元に引き寄せて、カップを持ち上げてコーヒーを一口啜る。再び話し始める。あまりにも呆気なく自分の業務を終えた。
カメラが止まる。今回も五条は真っ先に自分の元へやって来た。
「グーッド! いいね! 流石日車大先生、僕の見立て通りだよ!」
「はぁ」
「で? 今回はどうやったの」
「普通に注文を受け取ってコーヒーを運んだだけだ」
「そう、僕とあんたにとってはそれが普通のことだ。だけど他の一般的な人間の普通とは少し違うよね」
五条は笑みを浮かべ、先程まで自分が腰かけていたテーブルを指差しながら続ける。
「一般的な普通の店員だったらどう注文を受ける? 『ご注文をお伺いします』、注文を受け取ったら『畏まりました』、もう少し丁寧な人だったら『コーヒーですね。ミルクと砂糖はいかがしましょうか?』になる。だけどあんたは『ご注文は』としか発言しなかった。現実だったらかなり不愛想だし失礼だ。けれどこの場面であれ以上の発言は僕の演技の邪魔になる、だから敢えて簡略化した」
次にテーブルに置かれたままのコーヒーカップを指差す。
「コーヒーだって現実だったら客の正面に置くのが普通だ。けれどあんたは敢えてテーブルの端に置いた。自分の体が必要以上にカメラに入り込んで、視聴者の視線が主人公から別の物に逸れるのを最小限に抑えるために。二者が会話しているだけの動きが少なく代わり映えのない画の中で、エキストラのあんたでなく、主役である僕に『コーヒーカップを手元に引き寄せる』動きを与えるために。しかもタイミングがいい。長めの台詞の途中、ちょうど内容が切り替わる場面、僕が『コーヒーカップを持ち上げて飲む』動作をスムーズに行えるジャストのタイミングにあんたはコーヒーを置いてきた。気持ちが良いくらいに僕が求める最良かつ最小限の動きをしてくれたわけだけど、どう? 先生にとってはどこまでが無意識の行動だったのかな?」
「君は至極簡単なことをわざわざ難しく説明するのが趣味なのか?」
五条が大口を開けて高らかな笑い声を上げた。
「ごめんごめん、先生の言う通りだ。“僕ら”にとっては至極簡単なことだった。わざわざ頭で考えるまででもない、それこそコーヒーを飲むのと同じくらい単純で、明白すぎることだったね」
五条が笑みの種類を変えてきた。
「日下部篤也って知ってる? 役者やってる僕の知り合いなんだけど、実は刑事物ドラマに出る予定だったのにもう一人の主演役が最近薬物所持で捕まっちゃったんだよね。代わりにやってみない?」
「ついに頭がおかしくなったのか?」
「たかがワンクールぽっちのドラマの主演だよ? それくらい簡単に出来るでしょ。東京への引っ越し費用くらいは出してあげるからさ」
深々と溜息を吐いた。そして抗議を再開する。
「俺の本業は弁護士だ。職務を放棄していいわけが」
「え、なんで? とっくの昔に自分の世界なんて見限ってる癖に」
「………………」
言葉が、止まった。
目の前で、五条悟が笑っている。
「今自分がやってることも全部無意味でくだらなくてどうでもいいことだって、頭の中では分かってる癖にあと一歩の所で真面目さを捨てきれないんでしょ? いいよ。僕が全部投げ捨てる為の動機をプレゼントしてあげるからさ。これ以上自分の才能をドブに捨てるの止めたら?」
………………
ああ うん
そうだな
その通りだ
休日午後の法律事務所に部下がやって来る。
「清水か。どうかしたか」
「昨日の仕事の続きを……日車さんこそ、ひょっとして朝から仕事してたんですか? 今日って例の撮影日じゃ?」
「それはとっくに終わった。次はドラマの主演の代役を任せられた。来週東京で打ち合わせがあるらしい」
数拍分、清水が沈黙する。
「……えっと……それって、どこまでが冗談?」
「全部事実だ」
「……主演って……え? エキストラでも、なくて……?」
「ああ」
「それって、一話限定のやつ、とか、ですよね……?」
「十二話構成の予定らしい」
「……東京、って……」
「台本の受け取りもあるので明日には出発する。その為の引継ぎ資料を今作っている」
「…………日車さん」
「なんだ」
「……今の、全部、冗談、ですよね……?」
パソコン画面から一度、視線を持ち上げる。少し遠くで、立ったままの清水が、凍り付いた表情のまま、自分を見ていた。
その問いかけに何も返さないまま再びパソコン画面に向き直った。
夜通しかけて引継ぎ作業と荷物の整理を終え事務所のデスクの上に弁護士バッジを置いて岩手を発った。
Comments
- 小夜双☆スカィWebAugust 18, 2024