模擬デートをやってみよう
平行世界が舞台のシリーズ。呪術世界の記憶有り日下部×記憶なし日車。寛見が大好きな日下部と、篤也の気持ちを知って真面目に迷走する日車、第2幕です。ちょっとずつ近づく二人の距離。二人とも20代くらいの若いイメージです。この世界の一部の人たちは別の平行世界の記憶を持っている設定です。呪いとかは無く、現パロに近い雰囲気です。
皆様からのコメントに心から感謝します。
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「模擬デートやってみないか? 君が不快でなければだが」
そんな連絡を受けた時、日下部は携帯を握りしめたまま、こいつはまた何を考えてんだ、と思った、が、デートと言う言葉には反応せざるを得ない。
「もぎデートって??」
「実際は恋人ではないが、本物の恋人と同じように一度デートをしてみようということだ」
君が不快でなければ、と言う言葉がいちいち付け足される。
「あー、女の子とのお試しデートとか、お見合いみたいな?」
「いや、少し違う。それらは基本的にカップルを作ることを目的としてフリーの人間同士で行うもので、お互いにまだ最終的な結論を出していない、選択権を有している状態だが、私が言っているのは、すでにカップルが成立している状態を想定して君とのデートを経験してみたいという事だ」
失礼を承知の上だが、と律儀な一言が付いてくる。
「それって、もし『俺』と恋人だったとしたら、自分がどう感じるかを検証したいってこと? 実際に経験して?」
「そうだ」
バーに行った時と同じノリじゃねぇか!!
日車の声がややしぼんで、やっぱり君に対してあまりにも無礼だな、すまない、忘れてくれ、と続いた。
「いやいや、誰が嫌って言ってるよ。とりあえず会いましょか」
午前中は仕事がある。終わったら出来るだけ早く連絡する。日車はそう言っていたが、当日の土曜日、連絡がきたのは午後も遅くなってからだった。
「すまない、長引いた」
「お疲れさん、というかマジで疲れてね? 大丈夫か?」
「疲れてはいるが……」
精神的に、だ。トラブルの当事者同士の直接的な話し合いは、まあ、揉めて当然だが今日は特に大変だった。敵意と挑発に満ちた相手方の複数当事者と、すぐヒステリックになる日車の依頼人、双方の弁護人が必死でブレーキをかける中、感情的で幼稚な罵倒合戦を続ける当事者たち。「遺産と遺言」という種をまいた本人は一人、静かな墓の下だ。遺書の主の『記憶』は本人とともに消えて、もう誰もその記憶を共有する者はいないというのに。
日車はため息をついた。
「私の依頼人を『娘』だと思っていたのは故人だけで、平行世界の記憶を共有する家族はおらず…説明さえしていなかったそうだ。この点において、故人は孤独だったのだろうな。残された遺族にとっては父親の『在りもしない記憶』の後始末を……すまない、君の前では失言だった。許してくれ」
「いやいや、俺とは関係ねぇでしょ」
疲れてんだし、まあ、ゆっくりしようぜ、と一番近いカフェに腰を下ろして暖かいコーヒーを前にくつろぐ。日車は普段あまり仕事の愚痴を言わないが、日下部のことを社会人として信用しているのか、たまにポロっと本音を漏らす。そういう些細なことが、日下部はうれしかった。
俺が遅くなったせいで、どこかに一緒に行けるほどの時間の余裕がないな、と済まなそうに言う日車。
「いいって、一緒にいられるんだし。まさか、お前からデートに誘ってもらえるとは思っていなかったからな。俺にとっては千載一遇のチャンスってわけだ」
夕食は奢るよ、例の慰謝料として、と日下部が言うと、それで手を打とう、と返ってきた。少し笑っている気配がする。
「その…一応、ルールを決めておきたいんだが」
「ルール?」
「いきなり手を出すのは、やめてくれ」
「あー…」
「手を繋ぐとか、肩に手をかけるのは大丈夫だ。抱擁するだけとか。ただ…服の中に手を入れてくるのはアウトだ。舌を入れるのも……いや、少しくらいなら…大丈夫か?」
「ふーん」
本気でデートするつもりらしい。あまり拒否しすぎるとデートにならないし、と、日車は一人で悩んでいる。
「……口説いてもいい?」
「…恋人を口説く、と言うのも変な話だな……でも、そうだな、ちょっと待ってくれ。今日は俺が許容範囲を探るから」
「オーケー」
という事は次があり得るということか。
「じゃあ、まずは散歩でもしますか」
日下部は手を差し出した。ごつい、大きな手が指を広げてひらひらと動いている。日車が瞬きして見返した。二人はカフェを出て、歩き始めた。恋人繋ぎにした手を日下部のトレンチコートのポケットに突っ込んで。
疲れてんじゃないかと聞くと、ずっと座って話し合いをしていたから、気分転換に歩きたいという。実際、日車は気分良さげだった。空気は冷たいので二人ともコート越しだったが、自然に肩が触れ合っている。
(まあ、いい感じなんじゃねぇの)
と、日下部は胸中独り言ちる
「君と、今後二度と会わない、というのは選択肢の中にない。せめて、友人としては付き合いたい、と思っている。これは先に結論として言っておく」
「うんうん、悪くないな」
日下部はあえて軽く答える
「しばらく、週末、一緒に過ごさないか。君のカウンセリングにもなるし」
君が気にしていた米ベンチャーのCEO――日下部が宿儺と呼んでいた存在――が東京にいる間、と日車が言う。そういえば平日も、日車は毎日、連絡をくれていた。
「ありがとうよ。気にしてくれて」
ポケットに収まった恋人繋ぎの手にほんの少し力を込め、他方の手でそっと日車の髪を撫でつけた。顔を近づけて唇を合わせ、ちょっと舌でなぞってみると、日車がおずおずと口を開けたのがわかった。やりすぎない程度に舌を絡めて、すぐ離れる。彼の肩に手を回して抱き寄せた。
「平気か?」
「……恋人にそんなこと聞かないだろ」
ぽつり、ぽつりと会話を交わしながら、すずろ歩き、二人は混雑を避けて早めに夕食をとる。何の変哲もない和食の店に入り、傍から見ると職場の同僚にしか見えない様子で、食事を終える。日下部は食後酒を頼もうとしたが、日車は止めた。今日はアルコールを入れたくないし、君も控えてほしい、と。
「この後、ちょっと、行ってみたいところがある…美術の個人展なんだが、ここから近いし」
「いいんじゃね。俺にはアートなんて理解はできんが嫌いでもない。お前が行きたいんなら、どこでも付き合うよ」
その小さな個人展には抽象主義芸術に分類されるであろう個性的な作品たちが飾ってあった。絵画、小型の彫刻、その中間のような、壁に張り付いた何か。日下部の知識と言語力ではシュールとしか表現しようがない、それらの展示物の間をゆっくりと、時に足を止めながら、彼らは静かに徘徊した。
「正直あんま分かんねぇな」
「実は、私もそんなに詳しい訳じゃない……ただ、こういった作品は、写実的な絵画や社会性の強い映画のように、創作者の意図を鑑賞者に押し付けたりしない。自分の気持ちがわからない時、こういう曖昧な空間で、邪魔はされずに、ヒントだけを探すんだ……」
「ふーん…」
日下部は、壁にかかった額縁を眺めた。ガラスの破片が散らばって、何かを形作ろうとしているかのように見えるが、何の形なのかイメージが沸かない。それとも、形あるものが粉々に砕けた後なのだろうか。本物のガラスの破片をくっ付けてあるのかと思ったが、よく見ると、ガラス破片は本物そっくりに描かれた絵であるらしかった。
「俺がガキのとき、ヤバそうな記憶は大人に話さず、黙ってたもんだった。だけど、心理療法士とやらに訳のわからんテストをやらされて、人殺しの記憶を持ってると図星されたよ。分かるもんなんだな」
「そうか…」
「今じゃあ、本当の人殺しの経験もあるけどな。戦場帰りだし」
「なぜ、傭兵として戦場に? 短期間で除隊したのは、やはり嫌だったのか?」
「深い理由はなくて、ただ、一回は人殺す経験しとくかな、という感じだったな。実際の生活と、二重の記憶のうちの片方がかけ離れすぎていたからな。若かったし、正直、戦場はあまりショックじゃなかった。遠方の敵兵を射撃しただけだし。接近戦なら、もっと何か感慨があったかもな……ただの経験値稼ぎ、キャリアにもなる」
デートらしくない会話だな、と思った。女相手ならこんな話はしない。
短期で除隊したのは傭兵部隊の隊長に諭されたからだ。どうしても解けない憤怒や金が必要な事情がないのなら平和な国の家族の元に帰れ、と。
「アメリカでの自分の学費くらいは自分で稼ぎたかったから、それくらい稼いだところで大学に戻った。生活費はバイトすりゃあよかったし、ちなみに、バイトは賞金稼ぎのチームに入れてもらった」
「向こうは指名手配犯に賞金を懸けることも多いからな」
「面接で、いざという時に人を撃てるかと聞かれて、傭兵部隊で敵兵を射殺した経験を話したら相手の態度が変わった。ヒヨコを追い払う態度から選手を厳選する監督みたいな態度にな」
日本じゃあドン引きされる話だが、所かわれば評価基準もひっくり返るもんだ。
日車は一般的な日本人の生活からは逸脱した日下部の経歴に肯定的な反応も否定的な態度も見せなかった。
「……君と、仕事帰りに夕食をとったり、一緒に飲んだり、腹割って話したり……一度、釣りに行ったこともあったな」
「まあな、面白くなかったか?」
「いや、時間を取ってくれて感謝している。ただ、今日の行動も今まで友人としてやってきたことと同じだから、あまり何というか参考にならなくて」
「うーん…」
「君の…」
日車の声が小さくなり、いったん途絶えた。
「君の…部屋に行ってもいいか?」
日下部の頭の中に、日車のそのセリフだけが切り取られてポーンと投げ込まれたような気がした。思わず目を見開いてじっと凝視すると、日車は顔を逸らして俯き、1秒ほどのタイムラグの後、両手で顔を覆った。
耳真っ赤。なにこの可愛い生き物。
「おまっ、まさか…この後の夜のコース考えてる?」
「……ここまで来て自分の感情が分からないのなら、もう一歩先に進まないと検証できない」
バーの時と同じノリじゃねーか!!! 相手が俺だからいいけど!
「後悔しねぇか?」
「少なくとも君のせいにはしない」
断固たる声音だ。
「お前、女に言い寄られた時も、一々ここまで真剣に考えんのか?」
「いや、君が真剣だからだ……俺は、俺が君の目の前にいる限り、君が真っ当な恋愛や結婚ができないんじゃないかと憂慮している。それでも、友人としての君を失いたくない……歩み寄る努力をしてダメだったら仕方ない。でも、最初から君の好意に甘んじて都合のいい友人でいてくれと言うのは卑怯だ」
「……」
日下部の手が伸びて、がしっ、と日車の腕を掴んだ。日車がびくっとする。服の上からだからオーケーの範囲内だ!
「ちょっ、日下部! 目つき変わってるぞ!?」
日車はあっという間に展示場から引きずり出された。