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子猫ちゃんをお迎えに/Novel by anonymous

子猫ちゃんをお迎えに

4,035 character(s)8 mins

ネコと猫とねこと犬の話です。

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 晴天の真昼だというのに巨大な木々に囲まれた樹海は薄暗かった。目に映る限りの世界は暗い緑色と青が混ざった水彩絵の具を刷毛で塗られたような様相を呈している。走る三つの影があった。正確に言うと走ったり跳んだりしながら、大きな木々が生い茂る森の中を疾走している。日下部は足場の悪さを物ともせず、邪魔になる枝葉を払いながら突き進んだ。重心を前に置き、大きな犬耳を邪魔にならないよう、ピタッと後ろに倒して。太い幹の影から突然、白い靄の塊が赤く四角い口を開けて襲い掛かってくる。四角い口はギザギザでそれが歯の役割をしているのだろう。噛みつかれたら手足を食いちぎられるに違いない。
「ちっ」
 と舌打ちして日下部は白い靄を斬り払った。巨木の乱立するこの立地ではやたらと刀を振り回すと幹に刃を取られてしまう。やりにくいことこの上なかった。少し離れたところで七海健人が目くらましのような靄を太短い鉈で払うのが見えた。彼の青いシャツは森の空気に溶け込んでいるが、日本では珍しい金髪と似た色のフワ耳が目立っている。彼は軽く身を翻すと木の幹を蹴って方向転換した。
「日下部さん! ショートカットしましょう。あちらの方角に逃げています」
 七海の茶色い、先っぽがちょっとだけ折れかけた猫耳がくるくるっと反応する。猫人なので聴覚は日下部よりもいい。
「日車! そっち大丈夫か?」
 日下部は頭上に問いかけた。
(まあ、大丈夫だとは思うが)
「後ろや横からも来るぞ!」
 現場の経験値は低いので一応忠告してやる。
 樹上から、大丈夫だという落ち着いた声が聞こえた。彼は樹上のちょっと高いところを飛び移って移動している。猫というよムササビのようだ。
「上にはあまり来ない」
 彼はガベルの柄を伸ばして枝に巻き付け、大きくスウィングして二人に追いついた。木の上から日下部を見おろす。あたりは一面の樹海で、薄暗いステージに閉じ込められたような感覚だった。力強く突き進む同僚の姿を見下ろし、その逞しい背中目がけて飛び降りたい衝動を感じて我慢した。
 思ったより逃げ足の速い犯人に苛立って、日下部は行く手を遮る倒木を呪力強化した足で蹴り砕いた。大きな音がして七海が眉を顰め、びっくりした日ぐるにゃんが落ちそうになる。バランスを崩した彼は黒いしっぽをくるっと回しながら宙を蹴って体勢を立て直した。追跡していた犯人が木々の間にちらっと見える。
「日下部!!」
 寛にゃんがガベルを日下部に投げ渡した。間髪入れず全力でぶん投げる篤ワン。日車の手から離れたガベルは数秒後には消えてしまうのだが、どこに飛んでいこうと一度消してまた出現させれば手元に戻せるという利点がある。日下部の苛立ちを込めたガベルは消える前に見事命中し、木々の間に派手に吹っ飛ぶ敵の姿が見えた。


 気が付くと男は結界の中にいた。辺りを見回すと、特に何もない。丸くライトが当たったような中央部と周辺に行くにしたがって暗くなっていく平坦な空間。激痛に耐えて体を起こして座りこんだ。これが噂の領域展開だとしたら自分はもうお陀仏のはずだが、特に何か不穏な雰囲気もおどろおどろしい死神モドキも見えない。なんだ、こんなもんかと高を括った直後、男は自分がギロチン台に囲まれていて逃げ場がないことに気付いた。見知らぬ術師(日車)が目の前にしゃがみこんでじっとこちらを見下ろしている。
「な、なんだ。テメェ」
「初めまして、私は日車寛見。呪術高専暫定所属の呪術師で法律顧問、執行猶予中の身だ」
「法律顧問が執行猶予中!???」
「罪を犯したことがあるので一度呪詛師として裁かれている。こちらが私の名刺だ」
 スーツの内ポケットから名刺入れを取り出し、両手で差し出す。ビジネスマンの作法通りだが姿勢はしゃがみこんだままの、いわゆる和式トイレスタイルだ。よろしくお見知りおきを、と、全然社交的でない様子で付け加えられる。
「こちらに高専の住所がある。先ほど話したが、私の勤め先だ…」
「だから何だよ!」
 突然の自己紹介に戸惑う下っ端。
「では、君の情報の開示を願おう」
「は?」
「私は自分の大事な個人情報を開示した。君の情報も教えてもらう。アジトの場所は?」
 真っ青になる相手。
「高専の住所なんて誰にでも分かるじゃねぇか! ホームページに出てんだろ」
「では、君は私の自宅住所がほしいのか? 夜這い用だが?」
「いらねぇよ!!! なんでだよ! こえーよ」
「では勤務先の住所で十分だな。さあ、答えてもらおうか」
 日車が右手をかざすと、すっと公文書が現れた——
『個人情報開示請求』
「なに、心配ない。たかが勤め先の住所だ」


「本拠地は分からないが子猫たちが捉えられているアジトは分かった。すぐに向かおう」
「全部吐かせられなかっのたか?」
「本拠地か、アジトかのどちらかしか聞き出せなかったので子猫の救助を優先した」
「それがいいでしょう。奴らが感づかれたことに感づいて逃げだしたら放置された子猫たちが野垂れ死にする危険性があります」
「しょーがねぇな、行くか」
 日下部は項垂れた下っ端を見下ろした。
「これはどうします?」と、七海。
「連れて歩くのは邪魔だし、印だけつけて放任しよう。印はそこらの呪詛師でもお祓い師でも剥がせるかもしれねぇが、アジトの場所を吐いちまっているからな。組織からは裏切ったと思われるだろう。組織に消されるか、自ら自首するか勝手に選べ」
「なるほど、我々3人で確実にアジトを潰すということですね」
 自首すれば罪は軽くなるぞ、という日車の言葉を最後に彼らはアジトに向かった。


 樹海の中の不自然に開けた空き地の巨大な岩の影に辛うじて人一人潜り込めそうな割れ目がある。
「えー、こんな所に入るの? 入れる?」
「では、日下部さんは外で襲撃を警戒してください。洞窟には我々が入ります」
 と七海。日車はスーツを脱いで狭い入口からするりと潜り込んだ。猫は狭いとこOKだが、犬は嫌いだ。日下部は長い尻尾についた木枝のカスを払いながら同僚二匹を見送った。
 中は………ただの洞窟ではなく立派な地下室が展開されていた。明るい照明とテーブルとイス、備蓄食料と水ボトル。窓の代わりにピンク色の小さなタペストリー。猫攫い犯罪集団のアジトなのに女子大生の1LDKかよ、と突っ込みたくなるような装いだ。
「これだけの内装技術があればまっとうに働いて生活できるだろうに…」
 幸い、留守中だったのか、襲撃を恐れて逃げたのか人影はない。七海はスラックスの両側ポケットからマタタビ用のガスマスクを一つずつ取り出した。
「これをどうぞ」
 ぴったりフィットネスのスラックスのズボンポケットにどうやってこの立体的なガスマスクを入れていたのか。日車は鼻に皺を寄せた。何を隠そう、隠さなくてもいいが、日車はガスマスクが嫌いなのだ。どこから、どうやってガスマスクを取り出したかなんてどうでもいい。結局、マスクは付けないまま、
「なおー、にゃあー。なごぉ~」
 と呼びかけてみる。
「日車さん、猫語お上手ですね」
「まあ、文系だからな」
 隅のカーテンの影から微かに答える声が聞こえる。さっとカーテンを開くと、剥き出しの岩肌にぽっかりと裂け目が黒い口を開けていた。
「……出てこようとしてる子と止めようとしている子がいるな」
 岩の裂け目の前に膝をついて説得を試みる日ぐるにゃ。当然、猫語だ。すると、もぞもぞと動くものがあり、フワフワの小さな毛皮が這い出てきた。細い手足に毛で膨れた体、真ん丸の黒い目。子猫だ。日車は小さな生き物をそうっと片手に掬い上げた。クリクリのおめめでこちらを見上げ、白い牙とピンクのお口をあけて「にゃあー」と鳴く。
「ふふ、七海みたいだな」
 薄茶色い体毛にオレンジ縞模様の子猫を見て日車がほほ笑んだ。「そうですね」と適当に七海が合わせる。彼は大人なので年上の後輩に対する接し方は心得ている。
「にゃあー」
 と、子猫。すると岩の切れ目の隠れ場所からわらわらと子猫たちが這い出してきた。全7匹。どうやら最初の一匹は勇敢な斥候であったらしい。日車は全員を体に纏いつかせて子猫まみれ(本物の動物の子猫)になりながら何やら調査していたが、
「七海、眼鏡を外してホストのように笑ってくれ」
「は??」
「まだ中に警戒心の強い子が4匹残っているらしい」
「そうですか…」
 理解したが何故自分? 眼鏡に何の関係が? と思ったが、時間を無駄にせず眼鏡を外してシャツの胸ポケットに入れた。ハンカチ一枚でパンパンになりそうな胸ポケットにあの立体的な…以下同文。青い猫だからってことでいいんじゃないかな?
 七海は同僚に指示されたとおりに膝をついて上体を屈め、腕まくりした右手を差し出した。暗がりの中に光る眼が辛うじて視認できる。彼は可能な限り穏やかな笑みを浮かべ、優しい声で
「さあ、おいで」
 後ろで、7匹の子猫を抱えた日ぐるにゃがぞわっと毛を逆立てた。

「攫われた子猫の保護は完了。アジトは日下部さんと日車さんで結界を張って一時封印します」
 七海が任務修了の連絡を入れる。残りの4匹は七海が語りかけるや否や先を争って飛び出し、1匹が掌の上を、二匹目が最初の子を踏んづけてシャツの袖口から頭を突っ込んで服の中に入り込み、出遅れた2匹は爪を立てて七海の腕を登り肩の上に陣取っている。七海健人が日車に質問の視線を投げると日車は納得顔で説明した。
「女の子だな。面食いのようだ」
「……」

こうして彼らの任務は無事終わった。七海健人が女の子たち(ただし本物の猫)に好かれすぎて困るのはまた別の話。

Comments

  • 小夜双☆スカィWeb
    October 12, 2024
  • narrプロフ必読1\1加筆。
    October 12, 2024
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