篤ワンと寛にゃん
登場人物全員にネコかイヌの耳と尻尾が付いている悪戯けた世界観。一応、呪術師設定ですが術式や組織図に関しては捏造メインです。なにせ人間が30%くらいアニマル化している世界ですから。寛にゃん、黒猫。篤ワン、狼みたいな色の犬。
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それは日車寛見が『保護』されてからまだ日が浅い頃のことだった。この頃の日車は激務とは言え自ら選んだ猫弁(護士)人生を壊されて、いろんな訳分かんない連中にいろいろされたこととか、自分がしでかしてしまった事とか、自棄になって両親や同僚を置いて逃げてきてしまった事とか——勿論、自分がいたら彼らに害になると思って姿を消したのだが——あまりの環境と自身の境遇の激変に疲れ果てて、ずっと意気消沈していて日下部を頼っていろいろと相談していた。
日下部を選んだのは消去法である。純粋に自分を心配してくれるのは学生たちくらいしかなくて、だからといって一回りも年下の「先輩」に泣きつけるはずもなく、他の大人たちは腹黒かったり、とうてい信用できなかったり、見た目が怖かったり、態度が冷たかったり、奇人変人だったり、変態だったり……一番ましなのが日下部だと思っただけだ。
もうすっかり日が落ちて暗くなった校庭で日下部は缶コーヒーをふたつ買い、ひとつをベンチに座る日車に渡した。まだそんなに寒い季節ではないが猫は寒がりだ。寛にゃんはしばらく両手で熱いくらいの缶コーヒーを持っていたが、やがて首元に押し付けて暖を取った。上目遣いで日下部を見上げる。
(あんま居心地がよくねぇんだな)
そう察した日下部は今日の予定をさっさと終えることにした。こいつがあんまり不安定ならこいつの暫定の住処に泊まってもいいし、自分の家に連れてってもいい、と思うくらいには絆されていたし自分に懐いていると思っていた。この時はまだそうでもなかったんだが……
「じゃあ、ちょっくらやってみますか」
目的は日車の領域の確認。一応、虎杖から聞いているが何分理論的な説明が出来ないやつだし、日車本人も自分の力は自己分析して把握していると言っていたが、前代未聞の呪術独学なので多分、理解っていないはずだ。日下部に促されて領域を展開する日車。緊張して黒いしっぽの先がぴりぴりと揺れている。空間が暗転し、日下部は報告で聞いていた裁判所を模した結界の中にいた。日車の後ろに巨大な黒い式神がゆらりと姿を現した。日車の領域は必中だけで必殺はないから、まあ試しにちょっくら展開してみよう、って感じでテストしても間違って死人が出るような惨事にはならないはずだ。
試験1「簡易領域の展開」
日下部は構えをとり、簡易領域を展開した。そもそも攻撃は来ないから意味があるのかどうか分からない。日車は右手を挙げて証拠を顕現させようとした。が、ポンっと出てきたのは『激写!! とっておき、超絶カワイイ! ねこちゃん写真集』だった。
「……」
「……」
表紙の見返り美猫が麗しい。当たり前だが、本物の動物の猫ちゃんである。何を見ても鈴のように笑う年頃の女の子がいたら確実に「きゃー、かわいいー」という声が上がっていただろう。だが、この結界に閉じ込められているのはオッサン二人である。微妙な空気と沈黙が流れた。日車の後ろでジャッジマンがオロオロわたわたし始めた。天秤を下げた両手みたいな部分を小さく上下に揺らしながら、上下左右をきょろきょろする。裁判を始められない事に驚いているようだ。年頃の女の子がいたら「慌ててるー、慌ててるぅー、かわいいー」と笑った事だろう。が、日車は眉間にしわを寄せた。丸めた雑誌で裁判席の柵をぱしっと叩く。
「静粛に!!」
(いや、うるさくはしてねぇけど!)
日下部の内心の抗議もむなしく、ぺりぺりと端からはがされ始める簡易領域。日下部は被告席の柵をサクッと飛び越えて一瞬で接近を図った。瞬間、一気に粉々にされる簡易領域。そして日下部は例の被告席に瞬間移動で戻された。ちょっとびっくりした顔の日車と、ぺったん猫耳。
「いや、本気で怯えないで―! 傷つくから、本当に斬ったりしないから! 俺、めっちゃ面倒みてるよね!?(つーか、俺のほうがびっくりしたわ)」
「……」
全然懐いてない。
寛にゃんの右手の猫雑誌は証拠へと姿を変え黒い式神の厳かな声がドーム状の裁判所に響いた。
「静粛に!」
(おまえ、1秒前までメッチャテンパってたよな)
「被告は——人気のない場所に女性をおびき出して襲い、暴行を加えて気絶させ連れ去った疑いがある」
般若のような形相になる日車。憤怒、驚愕、信じられないという面持ち、そして一抹の哀しみ……
(そんな顔すんなよ、ほだされるじゃねーか)
「って、いやいやいや、違う違う!!! その女、呪詛師だったから! そりゃ殴ったし蹴り飛ばしたけど。悪いやつだったからね! 俺、仕事で上の命令で捕縛しただけだから、ちょっと血だらけになっちゃったけど、犯罪者逮捕してるだけだから!!!」
「…だからといってか弱い女性を」
「お前、九十九とか見てか弱いって思うの? 呪術界の女ってみんなあんなんだよ!?」
「………………女性だからと言って『か弱い』と決めつけるのは差別的だったな…ごめんなさい」
「呪術界の不始末は術師がけじめ付けなきゃいけないのよ。一般警察は呪術的犯罪に対して無力なんだし」
「治外法権だな…」
寛にゃんが眉をひそめる。お耳がピコッと伏せ気味になる。
「俺だってやりたかねぇよ。だけどな、呪力を持つ俺たちがこの呪いの世界から目を背けたら誰が呪力で悪さする奴らを止めるんだ? 叩きのめすしかねぇだろ…たとえそれがかつての仲間だったとしてもな」
日下部は可能な限り神妙な表情を作ってみせた。そう、こういう時はいかにも「俺は辛い憎まれ役をやむを得ず遂行しています」と言わんばかりの悲壮な決意を見せておけばいいのだ。
「……」
俯く日車。日下部は神妙な顔の下でほくそ笑んだ。
(よし、勝ったな)
「有罪。没収」
「なんでぇぇ~~~????」
バシュウと領域が解かれ夜の運動場の片隅に放り出される二人。日下部の呪力は没収されていて呪力を練れない。
「いや、なんでぇ?」
「…現行法に明記されていない…術師同士だとしても過剰防衛だ…」
「いや、知ってるよね、お前。呪術界のルールがあるの、俺が教えたじゃん。呪術規定読んだよね、読んで全部覚えたじゃん、二日で!!」
「俺は……まだ心の中で呪術の世界を受け入れられていないらしい…」
力なくベンチに座り込む日車。肩が落ちている。
「え? これって呪力戻ってくるの? 一旦呪力かえして、怖いから …右手にガベル出現させないで怖いから、ガチで怖いから!! 」
怪訝な顔をする日車。片耳をピンを日下部の方に向け、もう片方は複雑な心境を表すように横に寝ている。
「俺たち生まれた時から呪力あるのよ。あって当たり前なの。それがないと無力になっちゃったーって感じで不安なのよ。感覚として! もうちょっと相手の立場に立って考えようか!?」
「…秋葉原をパンツ一丁で散策するような気分か…」
「人生が掛かった100m走の直前に何故か1時間くらい正座してて足がめっちゃしびれてるーって感じかな!? 」
つい最近まで呪力なんて知らなかった日車からしたら『それ』がないだけでハンデなんだという感覚が解らないのは理解できる。そりゃそうだ、本人は突然与えられた自分の力を持て余しているのだから。無くなったところで元々の自分の姿に戻るだけ。むしろほっとするだろう。日下部の必死のお願いが聞こえているのかいないのか、ベンチに座り込んだ日車は項垂れている。右手には可愛いサイズのガベルを持ったままだ。
「あのね、あんた今呪術界にお預かり状態だから、俺たちホントの敵じゃないからね(ただし、こいつが呪詛師になる道を選ばなければ、だが)いったん術式解こうか!? 俺、指導役だから、めっちゃ先輩だからね!?」
項垂れる日車の後ろにすうっと不気味な式神が姿を現した。びくっとなる日下部。いや、新しい味方(暫定)の能力の暴走に殺されるとか、そうならないための検証なのに。ジャッジマンは大きな天秤をぶら下げた手のような部分を合わせて「ずずっ」と、缶コーヒーを啜った。
「……」
小さな茶色い缶が器用に大きな両手の間に挟まっている。
「ずずっ…ごっくん」
「……?」
「ふう…」 (ジャッジマンの満足そうなため息)
あれ? これって…さっき俺が買った缶コーヒーじゃね?
ベンチに座る日車の方が小刻みに揺れている。
「……(こいつ、まさか)」
力を込めて見ると呪力が練れる。ゆっくりと元に戻りつつあった。
——————こいつ、面白がってやがる——ぜってーおもしろがってやがる!!!
ジャッジマンがふよふよと空になった缶を抱えてゴミ箱のところまで行き、カランと行儀よく缶を捨てた。肩が揺れる日車の口から静かな声が聞こえた。
「没収が…呪力から、缶コーヒーにグレードダウンされるくらいには…俺も術師の世界に馴染んできたらしい…」
「あのねぇ、お前、からかってる? 俺、めちゃくちゃ先輩なんだけどからかってんのかなー!!!?」
「くっ……だって、…………日下部…しっぼ…」
ついに日車はうつむいたまま両手で顔を覆った。だって、しっぽの先、が、両足の間から、ちょろっと、出てて。
「かわい、かった、から」
つっかえながら白状する日車は真摯に謝罪した。
「本当に…すまない。決して口外しないと誓う。君の矜持を傷つけるつもりは…フフッ」
「おい、コラ」
——いや、でも、
——————だって情けなくしっぽが下がっている日下部なんて、初めて見たんだもん。
結論
「呪力を没収された状態で呪力強化ありのお前をぶちのめせるかどうか、だな」
日下部はそう言って教務室の机に飲みかけの珈琲缶を置いた。日車がお詫びに奢り返した一杯だ。背もたれに片肘をかけてサービス残業の原因になっている後輩の元野良術師を見やる。
日車は生涯初めて面接に来た新卒就活生のように真っすぐ背筋を伸ばして、しかし、就活生にしては活気のない顔で椅子に座っていた。ちらっと日下部をみる。目が合った。
「……刀がありゃあ、どうにかスパっと首を落とせるかな」
日車が耳を倒してすうっと立ち上がった、かと思うといきなりシュバッと大きな来賓用ソファの裏に隠れる。勿論、呪力強化有りの動きだ。
(なんか今、すげぇ動きしなかった?)
唖然として日下部が見やると背もたれの上からそうっと顔を出してこちらを伺う寛にゃんと目が合った。しっぽがボッと膨らんでフワフワになっている。ヒジョ~に手触りよさそうだが、怯えているだけである。
「え~…だから、いざって時の為の検証でしょ。今ぶちのめすとか言ってないでしょ。敵になんないでねって言ってんでしょーが」
「………逆らいません。従います」
「なんで俺、強制的に悪者ムーブにされちゃうかなぁー、上からの命令なんだけどぉ、そんなに怖がられちゃ傷つくでしょーが(こっちの方が怖いわ)」
二人がいろいろな意味で仲良くなるのはもう少し、後のこと。