失くした男女
前半パート…映像検証
後半パート…聞き取り
後半はレイプ被害についての描写があります。苦手な方は回避してください。
少しずつですが確実に前進しています。
今回特に地図とにらめっこをしましたが、実際どうなっているのやら完璧には把握出来ない地方民です。大目に見てやって下さい。
何でも許せる方、どうぞよろしくお願い致します。
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今日も佐藤はツーコールで電話に出た。真夜中にかけようが早朝にかけようがいつも変わらずこうなのだから、電話の向こうの男の私生活が時折心配になる。
尤も、日下部が心配した所で余計な世話だと言われそうなものなのだが。
一向に話し出さない通話越しの相手に焦れたのだろう。不審げにもしもし?と声を掛けられた日下部は一言詫びを入れて早速本題から切り出した。
「佐藤、オマエ中村殺しの現場から包丁って押収して来たりしてねぇよな…?」
『え?包丁?ありますけど?』
あるんだよ。そう心の中でツッコミを入れると通話越しでも彼が訝しむ様子がよく分かる。そんな事は気にも留めずに日下部は話を続けた。
「その包丁さ、柄の付け根の部分に何か残ってなかったか。血痕…は流石に難しいかもだが、微量の皮膚片だとか、洋服の繊維でもいい」
『あー…、はいはい、見えて来ましたよ。中村が何らかの事件の関係者だと睨んでいるわけですね。実際ごく微量ですが繊維片が検出されました。一通り簡易検査でキッチン周りの布巾だとか布製品を調べ尽くして時間を無駄にしたわけですが、これは一体何と照合したら良いんです?』
「新宿の通り魔あったろ?あれの被害者、園田愛美の着衣と念の為照合してみてくれ」
一瞬、電話の向こうで佐藤が息を呑んだのが分かった。
恐らくは欠けていたジグソーパズルのピースをとんでもない場所から見付けたような心境なのだろう。
『分かりました。けど…、確か日下部さんそのヤマには参加してませんでしたよね?なんでまた急に?』
「捜査線上に血塗れのまま現場から立ち去ったジョン・ドゥが上がっていただろ。名乗り出もしない、怪我を負っている筈なのに受診もしない、正体不明の男。…五十嵐が防カメ洗い直して新宿のジョン・ドゥが中村じゃねぇかと疑ってる」
『…成る程。分かり次第すぐ連絡します』
頼んだぜ。そう言って通話を終えると日下部はスマホをスーツのポケットへと突っ込んだ。
とっくに全てを喰らい尽くした五十嵐は、早くもパソコンとのにらめっこを再開させている。画面を覗き込むとどうやら山野の足取りを追っているようだった。
んじゃ俺は中村な、そう独り言を呟いて日下部もパソコンへと視線を向けた。
*
「あれ…この女性…」
五十嵐が声を上げたのは時計の針が揃って頂点を越えたばかりの頃だった。
お互い発声の仕方を忘れてしまうのではないかと言う程に没頭していたものだから、いざ返事をしようにも言葉が喉につっかえてすんなりと出て来ない。痰が絡んだわけでもないのに大袈裟な咳払いをすると、やっとの事で日下部は言葉を紡ぎ出した。
「どうした」
「見てください…この女性、どこかで見覚えありませんか?」
日下部の位置からでも見やすいよう角度が変えられた画面を覗き込むと、そこには山野の前に立ちはだかるようにして対峙する小柄な女の姿があった。遠目からでも分かる彫刻のような目鼻立ち。内巻きの金髪ボブ。純白のニットワンピース。黒のレギンス。白のショートブーツ。確かに見覚えがある。それは園田愛美の足取りを映像の中で追っていた時の事ではなかったか。
「コイツは…駅出てすぐの園田に接触してた女じゃねぇのか?」
日下部の問いに五十嵐も頷いた。
絶えず流動的な人波の中、立ち止まる二人を避けるように人の流れが分かれていくので嫌でも目立つ。
二人は何か、話し込んでいる様子だった。
「間違いないと思います。山野や園田とは一体どういった関係なんでしょうね…特に山野。俺には山野が萎縮しているように見えるんですよ」
五十嵐によって萎縮しているとされたその男は、どうにも弱く小さくなっているようには感じられなかった。日下部には寧ろ、圧倒的な存在を前に己の立ち位置を測りかねている。そんな慎ましさを感じる態度に思えて仕方が無い。
「これは何処の、どの段階での映像だ?」
「時刻は12時18分。無差別殺傷事件発生の約2時間前、西武新宿駅近くの大通りを映した映像です」
すぐさま現場周辺の地図を確認する。
西武新宿駅付近から始まっている緑色のマーカーが山野の足取りらしい。あちこち立ち寄りながら、歌舞伎町方面へと近付いているようだった。
「分かりやすく園田が死亡していたこのゴールデン街外縁の裏路地をA地点として、それぞれの行動履歴を整理します。まずは津村です。14時15分頃、A地点から北側1km、百人町一丁目付近にある自宅を出てまっすぐ現場へと直行しています。14時半頃、リュックから取り出した包丁で次々と人を襲った無差別殺傷事件の現場、まねき通りがA地点の東側50m…この範囲」
地図の上を辿った五十嵐の指が惨劇の現場を丸くなぞる。
そこは迷路のように複雑に入り組んでいた。
「次に園田。A地点の東側、新宿駅東口を出た所で例の女性に出会った後、一直線に事件現場へ向かっています。対して山野は、西武新宿駅付近で女性に会ってからいくつかの店舗やビルを経由して事件現場へと辿り着いた…しかも、ゴールデン街付近に近付いた時、彼は誰かと通話をしながら歩いています。意図的に近付いているというか…誘導されている可能性も捨て切れません」
「って事は…この女は事件発生2時間前に西武新宿駅近くで山野に会った後、事件発生少し前に東口側へ移動し、今度は園田に接触したってわけだな?」
「はい。そして、この女性は脇目も振らず真っ直ぐに山野や園田に接触しています。つまり、この日、この時間、この場所に彼らがいると分かっていたという事です」
日下部は二人の行動に関して作為的なものを感じずにはいられなかった。
そもそも園田の目的地は何処だったんだ。あの路地を抜けた先にあるのは神社や保健所くらいで、買い物や待ち合わせの動線として選ぶには不自然だろう。少なくとも若い娘があんな小洒落た格好をして出掛けるような場所ではない。まるで園田は殺される為にあの路地へと導かれたようではないか。山野にしたってそうだ。あちこち足を運んではいるが、結局事件現場を経由して“殺害現場を目撃するように仕向けられた”ような印象だ。
──二人に接触した、あの女は誰だ。
「山野に関してはその後の足取りが掴めていません。恐らくは徒歩で駅へ向かったものと思われるんですが…何せ事件後の現場は騒然としていて人が多くて。中村の方はどうでした?」
深く思考の波間に漕ぎ出した意識を繋ぎ止める声に日下部は急に我に返る。
お手上げを示すように肩を竦めて見せて、地図に示した青色のマーカーをトントンと指先でつついた。
「こっちは事件の1時間程前に新宿駅東口付近の喫茶店で姿を確認したのが最初だ。そこでしばらく時間潰して、それから花道通り、あかるい花園八番を経由してまねき通りで津村の犯行を見てるな。そんで津村に追われる形であの路地へ入って…後は知っての通りだ。靖国通りの方までは出て来たみたいだが、どっか入って着替えたかな…。オマエの言う通り、逃げる奴やら野次馬やらで周辺一帯がごった返しててその後の行方はとてもじゃねぇが追えねぇわ」
そうですか。と呟く五十嵐の声色は分かりやすく疲労が滲んでいた。無理もないだろう、今朝からずっと画面とにらめっこをしているのだ。
──切り上げ時だな。
「園田が路地へ入る数時間前まで遡って見ましたが、入ったきり留まっている人間は居ませんでした。つまり園田が入った後に路地へ入った人間にしか園田は殺せない。入ったのは中村と津村だけ。中村の身長は168cm、遺体の腹部に傷はありませんでした。…日下部さん」
「分かってる…、だが佐藤が何か言ってくるまで待ちだ。今日はもう休もうぜ…朝からずっとじゃ疲れたろ」
無理矢理にでも切り上げなければ五十嵐はまだまだパソコンに喰らいついていそうだったので、強制的な休息を促した。
するとたちまち脳裏に昼間の出来事が甦り、日下部は唇をへの字に曲げてこっそりと眉間を揉んだ。