プロローグ
刑事の日下部さん(数秒先が視える)がとある事件の捜査に駆り出される話。
原作キャラ創作キャラ入り乱れている為にお嫌いでなければ是非。
何でも許せる方、どうぞ宜しくお願いします。
※ちょっと日下部さんの能力発動のトリガーが分かりにくく感じたので微修正(2/19)
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「鑑識ー、こっちってもう終わってんだっけ?」
忙しなく制服姿の人間が動き回るダイニングに幾分気の抜けた声が響き渡る。まだ舐め始めて間もない飴玉を頬に含ませながらの発声には締まりがなく、ブルーの歩行帯の上からでは真剣な眼差しでシャッターを切り続ける鑑識官には届いていないようだった。
面倒臭そうにヘアキャップの上から後頭部を掻きながら壁掛け時計へと視線をやる。時刻はもう間もなく17時になろうかという所だった。
煌びやかなスワロフスキーがあしらわれた振り子が一際目を惹くからくり時計。そのガラス面にまで血痕が飛び散っている所を見るに、どれ程凄惨な犯行がこの場で行われたのだろうかと悍ましい気持ちになった。
程なくしてアメイジンググレイスが高らかに響き渡る。
日下部はもう一度鑑識官へと声を掛けようとして目の前を駆けて行く女性刑事へと意識を逸らすと『捜査』の腕章が巻かれた側の肩を掴まえて引き留めた。
「三輪、ちょっと」
「何ですか日下部さん、そんな所に突っ立ってないでさっさと仕事して下さい」
女性刑事、もとい三輪は、大層迷惑そうに日下部を見上げるとセクハラですよと言いながら肩を掴む白手袋に覆われた無骨な指を指摘した。
「誰がオマエ相手にセクハラなんぞするかっちゅーの、あんま調子に乗んなよ?それよっかアレ、血痕が不自然に欠けてると思わねぇか」
言いつつ日下部は三輪の肩から退けた手でダイニングテーブルの下にある血痕を指差した。
テーブルの下を覗き込む動きに従って鮮やかな空色の髪が不織布製のヘアキャップの中を重たそうに移動する様子に、多様性の時代とはよく言ったものだとつくづく思う。
「え…?あぁ、本当だ。何ですかねこれ…何か物が置いてあったんだろうなぁ…綺麗に直角に欠けてますね」
珍しく考え込む様子に満足げに頷くと、じゃ、後は宜しくな。と言い残して日下部はさっさとその場を去ろうとする。
手を振りつつ踵を返す先輩刑事の姿に三輪は動揺を露わにした。
「ちょっ、宜しくって何ですか日下部さん!待って下さい、せめて自分で報告して下さいよ」
その瞬間、日下部の脳内に嫌な記憶が再生された。
肩に伸ばされる手。
白手袋越しにでも分かる、細くしなやかな女性の指だ。
その姿に重なるようにして女性の影が見える。
彼女は酷く窶れ、虚ろな目で日下部に追い縋って来る。
そして身体中の水分を涙にして排出しているかのような、カサついた唇で、子どもの名前を、呼ぶ。何度も。何度も。飽きる事なく。繰り返し。何度も。
──やめてくれ。
「日下部さんってば…!」
三輪の手が伸ばされる。肩に触れようかという所で、日下部はそれをやんわりと手背に払った。
「セクハラはやめてくださーい。時間見て動けっていっつも言ってんでしょうが。もうすぐ17時15分。退勤時間だ。俺は帰る」
「何がセクハラか!?いやちょっと、日下部さんが退勤時間なら同じ日勤の私だって退勤時間ですよね!けどこの状況で帰れるわけないじゃないですか」
「俺は帰れるし、帰るんだよ。オマエは働け、下っ端なんだから」
んじゃ、お疲れー。白手袋を外しながらそう言うと、日下部はしつこく喚き立てる三輪を無視して玄関へと向かった。
シューズカバーとヘアキャップを脱ぎ捨ててブルーシートの外へと出た所で規制線の外に見知った姿を認め、然りげ無く視線を逸らす。しかし一歩遅かったか、爬虫類を思わせる陰気臭い視線が日下部を捉え、軽く手を上げるのでやむを得ず腕章をポケットへとねじ込みながらそちらへと近付く事にした。
「お疲れ、何か収獲はあったか?」
「生憎とブンヤに話すような事はねーな。それより宇佐美、オマエ今日車か?」
「………、乗ってけ」
「悪ぃな」
いや。そう言うと宇佐美は近くのコインパーキングまで日下部を案内した。
宇佐美とは大学時代の同期だ。
当時から彼は何処か陰気臭くて、理屈っぽくて、近寄り難い男と評判の変わり者だった。しかし話してみれば意外と話の分かる奴で、聡明故に人より思慮深く、常に冷静沈着であり、感情の起伏が滅多に見られない男というだけなのだが。強いて言うならば顔の造形が整っている程、その仏頂面には威圧感がある。彼はそういったタイプの人間なのだろう。日下部からすると損をしているなと感じる事もあるのだが、本人曰く無駄な人間関係に煩わされる事が少なくて寧ろ快適なのだとか。
大学を出た後は風の噂で法律関係の仕事をしていると聞いていたのだが、一昨年の冬に事件現場で再会した時には驚いたものだった。こんな所で何をしてんだと問い掛けた日下部に対して彼は名刺を差し出し、フリーでライターをしているのだと自身の正体を明かした。
それからはちょくちょく、顔を合わせれば他愛もない世間話をする程度の関係となっている。勿論、宇佐美の方には純粋な交友関係以上に飯のタネを得たいという下心があるのだろうが。
「日下部、小銭あるか」
「ん」
助手席に乗り込んで早々掛かる声に日下部はコートのポケットへと右手を突っ込んだ。指先に触れる小銭を全て掴んで外へ出すと目の前で掌を広げる。宇佐美はその中から五百円玉を一枚摘み上げてエンジンを始動させた。
駐車料金は1,400円。釣りは遠慮したが置く場所がないからと突き返された。
車内で煙草を吸われるのが嫌で買い替えたのだと、嘘か本当か分からない事を言っていたロードスターは、尤もらしくフルオープンとなっている。
小銭をポケットへと戻しがてらに遠慮なく煙草のソフトケースと百円ライターを掴むと一本抜き出して唇へと持たせた。口腔内には飴玉がまだ残留しているが気にせず火をつけて一服する。じんわりと咽頭が燻され脳内より快楽物質が放出されると、より明確に疲労感を実感するような錯覚をするからやるせない。深く溜息に乗せて紫煙を吐き出した所で俺にも一本くれと言うので彼にも新しい煙草を一本銜えさせてやった。
脳裏に鮮烈なビジョンが過ぎる。
物凄く道が混んでいる。
「混んでるな…道変えるか」宇佐美が億劫そうにそう言ってハンドルを左へと切った。
脇道へ逸れて路地を進むと間もなく、物陰から少女が飛び出して来て真っ赤なボンネットの上へと乗り上げる。
ビシャッ──。生暖かい飛沫が頬へと跳ねた。
急ブレーキにタイヤが鳴いて、ドサリと幼い身体が路地に落ちる音が続いた。
「混んでるな…道変えるか」
「待て…、このままでいい」
ウインカーを出してハンドルを切ろうとした宇佐美の手を上から包み込むようにして静止を促す。一瞬ギョッとした表情を見せたが気にせず、緩やかに首を振った。
路地手前で合図を出したにも関わらず宣言通りに曲がらない車に痺れを切らした後続車がクラクションを鳴らして、それから熱り立ったように自らが路地へと消えて行った。
直後、鳴り響く高いブレーキ音と、車が壁へと突っ込んで生じた鈍い衝突音は宇佐美の耳にも届いた事だろう。
少女の泣き声が聞こえる。
女性の悲鳴と、男性の怒号。
必死に謝る男性の声。
騒然とする現場の雰囲気をつぶさに拾い上げるオープンカーの中で、宇佐美の手ごと握ったハンドルを離した日下部はうっかり車内に落ちそうになった灰を慌てて窓の外へと落とした。
「あっぶね…、車ん中落ちる所だった」
「……数秒先が視える力、ね」
発動のタイミングが完璧にコントロール出来りゃ金になるのにな。そう冗談をくれるような気軽さで呟く宇佐美の口許では銜えたままの煙草が細かく揺れ、その度はらはらと落ちる灰は雪が降るように彼の大腿を白く汚していた。
*
「じゃあ…また来るから」
返事は無い。
すっかり痩せて落ち窪んだ眼窩にはただ風景を反射するだけのガラス玉が二つ収まっているようだった。
本日もまた、一言たりとも会話は成立しなかった。それどころか今日、彼女は声というものを発したろうか?もしかすると発声の方法を忘れてしまったのかもしれない。
──それなら、それで。
慣れた重苦しい沈黙が流れ日下部は堪らず席を立った。
ナースステーションへ赴き看護師に面会の終了を告げると、車椅子に座らされたままの妹はぼーっと一点を見詰めたまま充てがわれた自室へとただちに回収されていった。
完全に妹の姿が消えたのを確認して帰ろうとした所で背中に声が掛かる。
「日下部さん、今少しお時間ありますか?」
ショートカットの黒髪に薄化粧、ネイビーのスクラブ。色白で華奢な印象を与える彼女はこの病棟の師長だ。
普段はいつ見ても優しい雰囲気を纏っているのだが、今日は丸眼鏡の奥の瞳が何処か疲れて見えた。
嫌な話かもしれないと、漠然と思う。
「…何か、ありましたか」
職業柄探るような視線を投げた所で、彼女はそう構えないで下さいと笑いながら相談室へと日下部を案内した。
「後日また改めて先生の方からも詳しくお話がありますが、日下部さんお忙しいでしょうしケアマネさんや施設との打ち合わせもあると思うので、今後の事について触りだけでも少しお話しておこうかと思いまして」
「はあ」
「前回お薬変更して、それから夜もよく眠れているようですし、希死念慮の方も随分落ち着いています。それで、今回の入院期間ももうすぐ半年ということで、そろそろ退院という流れにはなるんですが…其処までは問題ないですか?」
「ええ、大丈夫です」
──もう半年になるのか。
すると彼女の輝かしい日常が無惨に打ち壊されたのは2年以上も前の事らしい。
幸せの絶頂にあった筈の妹。その前から突如として愛する夫が去り、心の支えであった最愛の子を事故で亡くし、自ら命を絶とうとしても死にきれずに身体の自由を失い、二度目の自殺未遂の果てに完全に心を閉ざして人形のようになってしまってからもうそんなに──。
早いものだと思う。
尤も、日下部自身も仕事に忙殺されて操り人形の如き日々を過ごして来たのだが。
過去へと意識を移した日下部に気付いたのか、師長はわざとらしく一つ咳払いをしてから言葉を続けた。
「退院後の話ですが、どうですか?以前入所していた…ひまわりさんでしたっけ、もう一度戻れそうですか?」
「ケアマネの話では部屋の空き自体は辛うじてあるらしいんですが…何せあのバカ、下半身不随の状態で首なんぞ縊ったもんで、施設側が再発防止を約束出来ないってんで難色を示されてます」
そうですか…。深刻そうにそう呟いて、彼女は黙り込んでしまった。
「東京から出れば受け入れ可能だって言ってくれる施設もあるんですがね、そうすると仕事柄頻繁には行けなくなってしまうもんで…取り敢えずはひまわりさん頼みです」
「分かりました。お引き止めしてすみません、また進捗があれば随時ご連絡下さい」
「はい。退院まで妹の事宜しく頼みます」
形式張った挨拶をして相談室を出ると、ナースステーションの前にスーツ姿の男が立っていた。
同年代くらいだろうか、特徴的な鼻梁の張り出した鼻と、やや大きめの垂れ目がちな輪郭に囲まれた三白眼がやけに目を引く。姿勢が良いからか、漆黒のスーツをスラリと着こなす様は何処となく品行方正な印象を持たせた。しかし何故だろう、影を丸呑みしたような雰囲気があって、何処か死神を彷彿とさせる。
誰かの見舞いに来たにしては不相応に顔色の悪い男は、部屋番号を聞くと対応した看護師に丁寧に礼を言い、高級そうな革靴を静かに鳴らして日下部の横を通り過ぎて行った。
ふわり。
擦れ違いざまに仄かに香る整髪料と、血の匂い。
反射的に振り返ると、男もまた立ち止まって此方を見ていた。
「……、アンタ、どっか怪我してるか?」
「いや?…あぁ、此処に来る前、車に轢かれかけて転んだ少女を路肩へ運んだから。きっと何処か擦りむいていたんだな、シャツが汚れている」
そう言うと微かに赤く染まったシャツの袖口を示した。
「そうか、だったら良いんだが。それで、そっちは何か俺に用だったか?立ち止まって見てたろ」
「知り合いに似ている気がしたが、気のせいだったようだ。不快にさせたなら申し訳ない」
別に不快とかじゃねーよ。そう言って納得した素振りを見せると、男はそうかと一言呟いたきりそのまま踵を返して目的の部屋へと消えて行った。
僅かに残った違和感を抱いたまま、日下部の方も病院を後にしたのだった。
*
「犯行に使われた凶器は傷口の形状からハンマーのようなものと推定。頭部に十数箇所、内半分以上は頭蓋骨を破壊し脳にまで到達しています。最初の一撃は後頭部、捜査資料にある写真13のA部分と断定。うつ伏せに倒れた被害者に対してほぼ垂直に打ち付けられた他の傷口と違って、初撃は立った状態で後ろからこう…斜めに振り下ろされていますね。因みに防御創はありませんでした──」
淡々と読み上げられる検視結果を半ばBGM感覚で聞き流しながら、日下部はといえば被害者について記されたある一文に気を取られていた。
被害者氏名:中村誠司
年齢:41歳
性別:男性
職業:Fractal(ITベンチャー企業)の代表取締役社長
(省略)
特筆事項:邪去侮の梯子会へ多額の送金履歴あり
邪去侮の梯子会は、来栖華(通称天使)が代表を務める“全ての罪を浄化する”とかいう何とも如何わしい新興宗教団体で、最近その信者数を爆発的に増やしている。日下部の記憶が正しければ確か月頭に渋谷だか新宿だかで無差別通り魔事件を起こして自殺した男もそこの信者だった筈だ。
このままでは終わらない。日下部は漠然とそう思った。
「識鑑班最後、五十嵐、日下部」
名前を呼ばれた直後、自動的に思考は中断されて半ば脊髄反射で起立すると、前方で同じく立ち上がった相棒となる男の背中を認識した。
次の瞬間には素早く此方を振り返った男は日下部よりも少しばかり年下だろうか。スラリと高い身長に細身の身体。それからテレビに出ていてもおかしくないような、華やかな顔立ちをしていた。実に素直そうな、真っ直ぐな目が眩しくすらあった。
お互いに軽い挨拶を交わして着席をする。
滞りなく進む会議の最中、不意に署長である夜蛾と目が合った気がした。気合を入れろよ。そう言外に諭す眼差しにまた暫くは妹の所へ行けなくなるだろうと覚悟を決める。
──仕方ねぇよ。
安堵した自身から目を背けるようにブラインドで覆われた窓へと視線を向けてみる。
冬へと向かう空はついに見掛ける事は無かった。
Comments
- 菅流@芋づる式Jan 10th