愛縁
日下部と三輪の何か。日下部の「死んでもお前を守る」も、与の「どんな世界になろうと俺がそばで守ればいい」も、要するに……? 篤寛待ったなしなので、タグをつけておきます。
※原作最終回後。捏造しかない!
※いつも似たような話ばかりでお恥ずかしいのですが、片割れの不在で際立つ関係性に萌えるオタクゆえ……ご容赦くだちゃい!よろしければ、めちゃくちゃ励みになりますので絵文字ポチポチやご感想などもくだちゃ~い!(ブクマいいねスタンプ、すべてに感謝です泣)https://wavebox.me/wave/6wysw8pe7jjaj82n/
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真夏から晩夏へと移ろう古都。暦は秋のはじまりを告げたものの、現実の太陽は容赦がない。窓ガラスを突き破るように照り付ける日差しを浴びながら、シン・陰流本拠の廊下を突っ切る。約束の時刻は13時のところ、現在14時27分。新宿での決戦以来、数多の計略が渦を巻く京都校で食いたくもない道草を食わされ大遅刻だ。足早に歩を進めると、目的の第一執務室が見えてくる。わりぃ、遅れた。当初予定していた第一声は、開けっ放しの扉の奥に足を踏み入れた瞬間、別の言葉に置き換わった。
「暑っ!? バッカお前、クーラーつけろよ!」
「ちょっと! 入ってくるなら筋肉取り外してからにしてください! これ以上室温あげないで!」
盆地の夏は灼熱地獄だ。にも関わらず、三輪は古びた扇風機と長袖シャツの腕まくりで凌ごうとしている。ありえねー。冷感素材の半袖シャツを纏った俺ですら、見ているだけで汗が吹き出してくる。とはいえ、生育環境から節約が身についてしまった妹弟子の悪癖は……まあわからんでもない。冷房のリモコンを手に取り、力任せに電源を入れた。
「も~、すぐカッとなんないでくださいよぉ。日下部さん、ただでさえむさ苦しいんですから」
「三輪ぁ、知ってるか? そーゆー発言も何かしらのハラスメントにあたるらしいぞ」
「……すごい。日下部さんのデリカシーが育ってる。日車さんに感謝ですね」
「感心してねえで窓閉めろ窓」
『▼』の印字が剥がれつつあるボタンを連打して、設定温度を限界まで下げる。自宅でこんな真似をすれば、件の同僚から白い目で見られるに違いない。
今年の春に高専が借り上げた社宅。何の変哲もない1LDKマンションに俺と日車は住んでいる。俺は7階、日車は8階。表向きはそういうことになっているが、最近の実情は少し違った。
「帰ってきたとき暑いのイヤだから、涼しくしといてくれると嬉しいんすけど」
我ながら隙だらけの要望だったと思うが、ある成功体験が俺の背中を押した。というのも、宅飲み後に帰ろうとする日車をいとも簡単に引き留められたから。客用の布団とパジャマさえ用意すれば、大人しく着替えてシーツに身を横たえる。そうなると、欲が出てきた。日車に「おかえり」と言われたい。くたびれた俺を迎え入れてほしい。そういった願望の表れが、ツッコミどころ満載のリクエストになって口からまろび出てしまったのだ。「そんなもの、冷房のタイマーをかけておけばいいだけの話だろう」と頭の中の日車が怪訝な顔で問いかけてくる。はい。それはもう、おっしゃる通りで。しかし、実際の日車は俺の想像をいい意味で越えてきた。
「わかった。電気代はどうする、折半でいいか」
「いらねえよ。気にすんな」
かくして、「俺の家の留守を預かる日車」が日常に加わった。今日だって、よほどのイレギュラーがない限りは帰宅を待ってくれているはずだ。
「クソ~ッ! 早く帰りて~」
椅子に座るなり吠える俺を一瞥した三輪が、聞こえよがしに溜め息をついて席を立つ。なんだよ。きっちり働いてんだから、白昼夢に現を抜かすくらいいいだろう?
「頼まれてた書状の振り分け、全部終わりました。あとは日下部さんの確認と署名だけなんで、私もう帰りますよ」
「あー、遅れて悪かった。助かったわ。気ぃつけてな」
「部屋の鍵はそこに置いてますんで、ちゃんと事務局長に返してくださいね」
三輪は3年に進級して補助監督を目指しつつ、休暇のたびにシン・陰流の事務方としてアルバイトに励んでいる。身支度を終えた背中に「おつかれさん」と声をかけると、扉の前で立ち止まった。少しの躊躇いが伺える表情でこちらに向き直ると、今度は三輪から声が上がる。
「……やっぱり、帰る前に質問してもいいですか?」
「おー。なに?」
あの三輪が遠慮がちに尋ねようとするほどだ。それなりの構えが必要だろう。そう踏んで、なんでもないふうを装いながら手元の書類に目を通す。すると、「ずっと気になってたんですけど」という前置きの直後。
「日下部さんって、いつから日車さんと付き合ってるんですか?」
とんでもない爆弾が落とされた。だが、ここで慌てるのは得策じゃない。意識的にゆったりとした動きで顔を上げ、あえて三輪と向き合う。
「待て待て、断定で話を進めんな」
「あれ? 違いました?」
「どう考えても違ぇだろ」
口元に軽薄な笑みをつくり、目下の書面に視線を移す。上手く躱せたと思ったが、今回ばかりは相手が悪いかもしれない。三輪は果てしなく食い下がる。
「でも日下部さんが日車さんを好きなのは確定ですよね」
「お前ねえ、どこにそんな要素が」
「いやバレるでしょ! 新宿で聞いたあの台詞、耳を疑いましたもん!」
ミーハーの直感、恐るべし。「どの台詞か」なんて、尋ねるまでもなかった。心当たりがありすぎて、小っ恥ずかしいことこの上ない。
「ひょっとして、まだ告白してないんですか?」
「……だからぁ、別にそういうんじゃねえって」
「えー? ほんとかなぁ……」
事実、俺と日車は付き合っていない。重度の愛着は自覚しているが、だからといって気持ちを伝えるつもりは毛頭なかった。
「まあ正直どっちでもいいんですけど。付き合ってないなら、これだけは聞いておきたくて」
うそぉ、まだ続く感じ? いい加減もう帰ってくんねーかな。内心で辟易する俺に構わず、三輪が重ねて問うてきた。
「『好きだ』って本人に伝えないのは……何でですか?」
いつの間にか下がり過ぎていたこの部屋の温度と同じくらい、三輪の声色は冷え切っていた。ぼろい空調の風向きを変える音が、震える秒針の鼓動を飲み込んだ。室内を包む静寂。こんなに張りつめた空気と思いつめた問いをそのままにして逃げるほど、俺は終わっちゃいない。
「どんな形であれ、アイツが幸せならそれでいいから」
しっかりと目を合わせ、いつになく真摯に答えたはずだ。それなのに、三輪の表情は瞬く間に歪んでいった。ああ、泣くかな。思いっきり泣いてくれれば、この話も終わりにできるかな。だけど、やっぱり相手が悪かった。あろうことか、さらに深く切り込まれる。
「寂しくは、ないんですか?」
「……置いてかれるのには慣れてんだわ」
言葉を尽くせば尽くすほど、三輪の眉間に刻まれた皺が深くなっていく。そのまま、大きな深呼吸をひとつ。鼻をすすった音のあとに、小さくもうひとつ。
「『守る』って、『愛してる』って意味だと思ったのになあ……」
「合ってるよ」
間髪入れずに告げると、三輪の目が見開かれた。この際、もういいだろう。愛してるから守りたい。守りたいくらい愛してる。どっちも正解。たとえば俺たちを守る簡易領域だって、起源は澱みない愛だったはず。俺も三輪も、脈々と受け継がれてきた愛の御業に生かされている。
俺が脳内で捲し立てている間、三輪は部屋の片隅に置いてある花瓶へ手を伸ばしていた。埃を被った器には紫陽花が生けられている。大輪こそ立派だが、花びらも葉も茎も脱色したかのように褪せていた。
「綺麗ですよね」
「……え、干からびてんじゃん」
これだからおじさんは……という落胆の表情を隠しもしないで、三輪は床に束ねてあった古新聞を抜き取り花の亡骸を包みはじめる。
「うち貧乏だったから、花を買う余裕なんかなくて。でもたまに、仕事帰りのお母さんがお土産に買ってきてくれるんです。特価になってるものだから寿命が短いんですけど、ドライフラワーにすれば長く飾れるんですよ」
ここにはいない誰かを慈しむような遠い瞳。眼差しの先にあるのは在りし日の母の姿か、それとも──
「萎れても、枯れても、花そのものの美しさが損なわれることなんてないですから」
一般論が通用しない環境にいながら、至極真っ当。だからこそ異常だと論じることもできるが、過酷な状況でも根腐れしない三輪を眩しく感じる。
「なんて、日下部さんに言っても意味ないか。それじゃ、お先に失礼します」
彩度の低い花束を愛しげに胸へ抱き寄せた三輪が、鮮やかな煽り文句を置いて退室した。これはつまり。
「ケツを叩かれたっちゅーワケか」
どんな様相だろうと、魂の本質に変わりはない。たとえ咲かずとも、決して実を結ばずとも、存在するだけで肯定されていい。日車が折れそうなとき、倒れそうなとき、添え木になって支えてやりたい。俺にだって、それくらいはできるだろう。
どうしたって日陰に身を置きたがる一輪の向日葵。そのありのままを真正面から愛でるため、一刻も早く書類の山を切り崩し、家路を急ぐことに決めた。