診療録05.19:初症例と初症例が初症例を紙袋に入れて持ってきた件に関しての症例報告
篤寛花吐き病パロの最終話です。
原作から7年後の世界線で日車さん呪術師if。
好きな相手がいない(と思ってる)のに花吐き病を発症した日下部さんのお話。
※ラブコメです。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
(タグに反して篤寛成分が少ない話になってしまったなと後悔があり、シリーズを一括にまとめたものに篤寛っぽいおまけを追加したお話を投稿できたらと思っています。
おまけがR15~R18になったのでシリーズには入れられず単品投稿になると思うのですが、お見かけした際は覗いてやっていただけると嬉しいです)
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「『三年』じゃ日下部さんの犯罪リスクと花吐き病再発の予防は難しいですよ。少なくとも二十七年は見てもらわないと」
日下部が花吐き病を発症して十七日目。
——と思っていた朝。家入は始業開始と同時に日車から「俺と日下部の花吐き病が治ったので取り急ぎ報告だけ」と連絡を受けた。
その時の家入の反応は「は?」である。
いやいや取り急ぎで後日に回せる内容じゃないだろうが、と約束を取り付けたのが本日十三時。本当は速攻で呼びつけたかったのだが家入の方に野暮用があったのでこの時間になってしまった。
時間通りに高専の医務室へと現れた同業者ふたりは、片方は気まずそうに、もう片方は見た目には出していないものの長年の同僚なら分かるくらい機嫌のよさそうな顔をしていた。
「——詳細をお願いしても?」
「昨日色々あって俺と日下部が両想いだった事が分かって白銀の百合を吐いた。ので、おそらく完治したんだと思う」
なるほど分かったけど分からん。
日車の報告は相変らず過不足なく端的で分かりやすいが、さすがの家入も展開についていけなくて片手で頭を抱えながら「待った」ともう片方の手を上げた。
「まず、日車さんの花吐き病の相手って日下部さんだったんですか?」
「……黙っていてすまない」
「それで日下部さんの花吐き病の相手が日車さんだったと。——自覚の報告は上がってませんでしたよね?」
「自覚したのが昨日だったんだよ。抑制剤飲んだ関係で百合吐いたのが夜の十時回ってたから、日車が『こんな時間に迷惑だろう』っつって今日の朝イチで電話した」
いやそこは迷惑顧みず連絡しろよ、秘匿疾患の初症例だぞ。
喉から出かかったクレームを家入は寸前で飲み込んだ。一応相手は年上なのでそれなりの礼儀は弁えている。
いやしかし。
(……驚いたな)
まさか日車と日下部が、なんて。
さすがに予想していなかった展開に家入は呆気に取られてしまう。
日車とはこの六年間、花吐き病の事で親密に話をしていたが相手が日下部だったとは思いもよらず、彼の『隠す』理性に脱帽する一方、日下部は花吐き病を発症するほど拗らせているのに無自覚というだけでこちらも匂わせすらなかった。
日下部に関しては多少日車への世話焼きが過ぎる印象はあったが、日車の高スペックがゆえのオート無茶を諫められるのが日下部だけだったので、まあ普通の範囲なのだろうと誰もが思っていた程度だったのだ。
(理性の男と知性の男が両片想いをするとあんな感じになるのか)
しかし意外なようで意外としっくりくるな、と家入はこちらを伺っている男ふたりを観察する。
日車と日下部は出力の異なる生き方をしているのに価値感の土台が同じなので並んだ時に見る方向にズレがない。しかも理想主義の日車と現実主義の日下部はお互いの欠点をピンポイントで補い合っているのでふたり揃うと欠けがなくなるのだ。
一緒に生きていく上で、ここまで相性の良い人間もそういないだろう。——ただ。
「昨日日下部さんが自覚して昨日ふたり揃って完治って、急展開すぎませんか。手を出したのは日下部さんからですよね?」
「なんで断定系なんだよ。そうだけど。あと手はまだ出してねぇ、口説いただけだ」
「——日下部」
同僚相手にいわゆる『お付き合い報告』をしている現状に羞恥があるのだろう、「余計な事は言うな」と目で訴える日車に日下部がホールドアップの姿勢を取った。ふたりの力関係が分かって面白い。
このふたりには色々物申したい事もあるのだが、まずは自分の仕事を済ませようと家入は日車の持つ紙袋に目を向けた。
「その袋の中身が白銀の百合ですか?」
日車が入室した時から気になっていた、この七年で傷だらけになった両手で抱えられた茶色の紙袋に家入は指をさす。
「ああ」と頷きながら日車が紙袋の口を開けたので覗き込めば、そこにはキラキラと光を反射する白銀の百合が二輪、寄り添うように鎮座していた。
(……きれい)
思わず喉から出かかった言葉を家入は寸でのところで推し留める。これを口に出すのは自分のキャラにそぐわない。実際、花を見て綺麗だと思ったのは生まれて初めてだった。それくらい恋の成就を祝う花は美しかったのだ。
は、と気付かれないように息を吐いてから家入は白銀の百合の両方を指さした。
「これ、どっちがどっちのか分かります?」
「——すまない、分からない。区別がついた方がよかったか?」
「成分分析した時に差異があった場合は区別がついた方がよかったですが、まあ、なんとかなるでしょう」
この白銀の百合はこのあと研究機関に提出する事になっていた。
なんて言ったって研究機関が発足してから初の完治症例だ、研究者たちは今か今かと四十過ぎのおっさんふたりが吐いた白銀の百合を待っている。
しかし日車がこういう場面で花の区別がつけられるようにしていないのが少し意外だった。研究機関に提出するものなのだから、日車なら識別できるよう何かしらしていてもおかしくないのに。
こちらが気付けない程度に日車も初症例に混乱しているのかもしれない。
と思っているとひょい、と日車の後ろから日下部が顔を覗かせた。
「こっちが日車のでこっちが俺の」
「え」
右、左、と指が差されて、驚いた日車が日下部を見上げる。
「どうして分かる」
「ん?だってお前が吐いた方のがキレーだったろ」
「っ」
当たり前のように言ってのけた日下部に日車が目元に朱を走らせて、それを真正面から見せつけられた家入は乾いた笑いを漏らした。
はは、真後ろ彼氏面うぜー。
「はは、真後ろ彼氏面うぜー」
「——家入、思った事がそのまま出てる」
日車が気まずそうにしつつも窘めてきたが、家入はせっかく禁煙が七年成功している煙草が吸いたくて仕方なくなった。電車でいちゃついてるバカップルを見ている気分だ。知った同僚ふたりなので余計にダメージが強い。
何か感じ取った様子の日下部がいつもの棒付き飴を「いるか?」と差し出してきたので迷わず受け取る。煙草代わりに飴を食べる習慣はなかったが、今は何か口に入れていないと余計な事まで口走ってしまいそうだった。
かこり、飴を口に放り込んでから日車の後方に控える日下部を見上げる。
「でも冗談抜きで距離近いですよ、主に日下部さん。カミングアウトするつもりならいいですけど、隠すつもりなら普段の距離感思い出してください」
これもふたりが入室した時から気になっていた事だが、今日の日車と日下部は距離が異様に近い。というか主に日下部の距離感がおかしい。腰でも抱き始めたらキレようかと思うくらい日下部がぴとりと日車にくっついているのだ。
その距離感に慣れないのだろう、日車が戸惑うように定期的に距離を取るのだが、その取った一歩分を日下部が詰めるので入室してからのふたりは落ち着きなく動きまくっていた。
まあこの高専にふたりの仲を否定する輩はいないだろうから「あ、察し」となっても問題はないだろうが、日下部はともかく日車がそういうのを気にしそうだ。
と考えていると、その日車からとんでもねぇ発言が飛び出した。
「カミングアウトは予定していない。日下部と恋人関係でいるのは三年間だけだから」
「はい?」
花吐き病の完治患者から寄こされた予想外の報告に家入は目を丸めた。
——恋人関係でいるのは三年間だけ?
恋人とはそんな期間を定めてなるものだったろうかと思ったが、日下部を見れば「もー」みたいな呆れ顔で目を瞑っているのでふたりの間では決定事項として共有されているのだろう。
詳しく聞けば、両想いと分かったもののこれ以上の幸せを享受できないと日下部との交際を断った日車がすったもんだの末、フェニルエチルアミンの最長効果期間の間だけ恋人になって、日下部の犯罪リスクと花吐き病再発の予防をする事にしたとのこと。
日車は呪術師になってからの日々に幸せを感じてくれていたのか、と、三角巾を腕に吊った頃の姿を思い出しながら嬉しく思う一方、家入は考える。
めんどくせー。
「めんどくせー」
「——家入、思った事がそのまま出てる」
「聞き流していいぞ、家入。三年の間でこいつを俺に依存させて撤回させる予定だから」
「——日下部」
き、と睨んだ日車に「へーへー」と日下部がまたホールドアップの姿勢を取った。
この馬鹿げた恋人契約は決定事項であっても両者が完全に納得している訳でもないらしい。主に日下部が。
——というか。
(……日下部さんがこんなに必死になってるのは初めて見るな)
夜蛾に見せて~、と家入は小さくなった飴玉を噛み砕く。
日車は気付いていないようだが、日下部が日車の一挙手一投足に対して何かを見逃さないようにと意識を向けている。それが分かって家入はおかしくてたまらなくなった。
飄々とした態度で装っているが、日下部は基本的に優しく誠実な男だ。
そんな男が自分に六年間片想いをして花まで吐いてた日車に何も思わないわけがなく、おそらく、日車の苦しみに気付かなかった事に日下部は罪悪感というか、自己嫌悪みたいなものを抱えている。
だから日車の表情や態度の変化を見逃さないように、自分の事でこれ以上傷を負う事がないようにと気を張っているのだ。
聡い日車が日下部のその様子に気付いていないのは自身が当事者になっているからだろう。この男は人の機微にはすぐ気付くのに、それが自分に向けられるとレセプターがないのかってくらい気付かない。
だからこそ、これはなかなかにいい光景だなと家入は思う。
日下部はある意味、片想い歴一日で日車を手に入れたのだ。日車の『六年』を思うと多少の苦労は背負ってもらわないと割に合わなかった。
家入は日車の一途な片恋をずっと見てきたから尚更、そう思ってしまう。
それでも日下部との付き合いの方が長い事もあり、ならば助け舟くらいは出してやろうと家入は飴の棒をゴミ箱へと捨てながら口を開いた。
「いや、そもそもの話、『三年』じゃ日下部さんの犯罪リスクと花吐き病再発の予防は難しいですよ。少なくとも二十七年は見てもらわないと」
「は?」
家入の発言に日車が目を丸めて、日下部がきょとんと瞬いた。
目的は日下部の助け舟ではあったが、花吐き病関連医師としての告知義務でもあるので家入は淡々と言葉を続ける。
「確かにフェニルエチルアミンの分泌期間は最長三年ですけど、減少していく速度自体は花吐き病患者も一般と変わらないはずです。急激に脳内ホルモンが下がれば脳に支障が出ますから」
「……となると、日下部さんのフェニルエチルアミンの効果期間は単純計算で一般の九倍、分泌量が規格外の事も踏まえると、最長の三年×九の『二十七年』で見積もって間違いないと思います」
花吐き病の寛解患者の血液データは追われてないが、これは研究者が『追う必要なし』と判断したからだ。それはつまり花吐き病患者でもフェニルエチルアミンの減少スピードは身体の理から外れる事はないという事で、ならば家入の予想も的は外れていないだろう。
という事を伝えれば、日車がまた「は?」とぎょっとした顔を見せて、日下部が「へーえ」とニヤニヤと笑いを隠すように口元を手で隠した。
——これはもしや。
「——もしかして日車さん、『三年』に関して何か縛りをかけました?」
「…………」
「『俺のフェニルエチルアミンの最長効果期間』で縛りをかけたんだよな」
なるほど、三年後になあなあにならないように確実性を取ったのか。
日車らしいと思う一方、それで自分の首を絞めてしまったのだから日車がらしくもなく絶句しても仕方ない。
——だってこれで、日車は強制的に二十七年後まで日下部から離れられなくなってしまった。
日車は今、自分が今後どう動くべきかを高速で考えているのだろう、かわいそうなくらい真顔で固まっている。そんな様子に日下部が「二十七年後のお前に考えさせたら?」とそれはもうおかしそうに提案していた。問題の先送りが先すぎる。
しかし日車に追い打ちをかけるようで悪いが、これも伝えておかなければと家入は続けた。
「ついでと言っては何ですが、フェニルエチルアミンの減少に伴って増えるβ-エンドルフィンもバランスを取るために同じ量増えると思うんで、最終的にはそっちも九倍になると思います」
「っ、その場合のリスクは」
日車が固まった顔からサアと顔色を失くして間髪入れずに問うてきたので家入は呆れてしまう。
思わずツッコミを入れようと思ったが、「そうやって速攻で俺のこと心配するならもうフツーに恋人でいいじゃん」と日下部がぼやいたので口を閉ざした。思っている事が日下部の口から出てきたので。
「日下部さんはフェニルエチルアミンが九倍でも平然としているので脳への影響はないと思いますよ」
「そうか……」
日下部がツッコミ代弁をしてくれたので家入が医師の方の仕事をすれば日車がほっとした声で呟いた。
——そんなに顔色を白黒させるくらい大事ならもう普通に恋人でいいだろ。
まあ、脳への影響がないからと言って問題がないわけではないのだが。
「ただ、β-エンドルフィンは分泌の度が過ぎると『好きな人がそばにいないと不安』みたいな感情が増幅するんで、フェニルエチルアミンの効果が切れる頃には日下部さんは重度のメンヘラ予備軍になってる可能性がありますけど」
「重度のメンヘラ予備軍……?」
「下手な別れ方をすると日下部さんが特級呪霊になりかねないので、二十七年後にどうするかの判断は重々注意して行ってください」
「へーえ」
またニヤリ、笑った日下部が腕を組んだ状態のまま体重をかけるように日車に体当たりをした。
「岩手でのスローライフ、本格的に検討するか」
「……検討しない。君の実家も代々の墓もこちらだろう、あえて岩手に行く必要はない」
「あ、お前が東京来る感じ?じゃあこっちで家と、墓もふたりで入れるやつ買うか。今そういうの流行ってるらしいぞ」
「……家も墓も買わない、無駄遣いするな。あと畳みかけるのをやめて人の話を聞け」
「ああ、それと」
「……まだ何かあるのか家入……」
目の前でいっちゃいっちゃし出したので割って入れば、日車が『絶望』みたいな顔で見てきたので家入は笑ってしまう。
日車にとってここまで思い通りに事が進まないのは珍しい事なので、頭が回っても感情が追い付いていないのだろう。
しかしこれは日下部への助け舟ではなく、ふたりにとっての、とりわけ日車にとっての『朗報』なので家入は出し惜しみをする気はなかった。
「昨日研究機関の方から上がってきた見解なんですけど、日下部さんが無自覚の状態で花吐き病を発症したのは『生得本能』で『恋』をしているからではないか、との事で」
「生得本能?」
日車が怪訝げに首を傾げた。
それはそうだ、生得本能とは『動物の赤ん坊が乳首を吸う』『蛾が光に集まる』のような、生き物に生まれつき備わっている生きるために必要な身体反応だ。日下部の戦闘スタイルの本質である『脊髄反射』もこれに含まれる。
そして恋とは、この生得本能に知識や経験が付与される事で起こるとされていた。
なのに研究者はその『恋が始まる前の土台』の方で日下部は『恋』をしたのではないかと言っているのだ。
科学的根拠を丸無視した意見に日車が驚くのも無理はない。
だけど、科学者がこんな夢物語みたいな見解を出してきた切っ掛けは、それこそ日車だった。
「日車さんが心……『魂』の部分で恋をしたからフェニルエチルアミンが低値でも発症したように、日下部さんは『脊髄反射』で『恋』をしたのでフェニルエチルアミンが最高値になっても自覚ができなかった、という事です」
「……そんな非現実的な見解を研究機関がわざわざ家入に報告してきたのか?」
「『あなた』という前例があるんです、そこまで非現実的な見解とは捉えなかったんでしょう。——日車さんも日下部さんも、脳からの指令を介さないところで『恋』をしたから初症例になったのだろうと、それが研究機関からの報告です」
「っ、」
ぴくり、跳ねるように日車が反応した。赤くなっている耳は後方に控える日下部にも見えているだろう。
日車は『魂』で恋をしたのではないか、という家入の考えは研究者たちにも共有していた。
最初こそ「おとぎ話のような病気にふさわしい理由だ」なんて夢物語として話題に上げられるくらいのものだったそれは、だけど日車が六年の間、一途に花を吐き続けた事で研究者たちの心を揺り動かした。
『恋』とはそれくらい尊いものなのだと、誰もが思い出す切っ掛けになったのだ。
そんな前例があったから、日下部の初症例に対して研究者たちは変なテンションになって科学者にあるまじき見解を家入に上げてきた。
ただ、証明は出来ないものの家入はそれが正解だと確信している。
だってふたりとも呪術師なのだ。
呪い合うようにふたり揃って初症例で発症したのだと思えば辻褄が合う。
「——日車さんは自分が幸せになってはいけないと思ってるようですけど」
言いながら家入は視線を落とす。
気付けば失う事の方が多い人生になっていた。そんな中でこの奇跡の瞬間に立ち会えた事は医師として、呪術師として、そしてふたりの知人として、とても幸せな事だと思う。
——なんて、らしくない思考回路に陥るくらい、家入は目の前にいるふたりが大事だという自覚があった。
だから。
「いつ死に別れるか分からない人生なんです、後悔のないように生きてください」
日車の贖罪の気持ちに家入が介入する事はできない。それが許されているのは日下部だけだ。
だけど、願うくらいは許されるだろうと想いを告げれば、日車が息を飲んだ気配がして日下部が静かに視線を落としていた。
ふたりとも、その覚悟はすでに持っているのだ。
ならば尚更ぐだぐだしている時間がもったいないと、そう気付いてくれればいいと思う。
——というか本気でぐだぐだしている時間はなかった。
「ちなみにフェニルエチルアミンは性欲とも直結してるんで、三年だろうが二十七年だろうが早めに諸々相談しておかないと日車さんが大変なことになりますよ」
「——家入、色々台無しだ。あとそれはセクハラだぞ」
シリアスな雰囲気がガラっと変えられて日車が呆れたように家入を窘める。が、「なにを馬鹿な事を」みたいな顔をしているその後ろで日下部が「あーどうりで」みたいな顔をしているのでガチで早々に相談した方がいいだろう。
まあこれ以上のお節介は焼くつもりがないので、あとはふたりでよろしくやってくれと家入は話題を転換する事にする。
「じゃあ私は研究機関へ報告書を作ります。白銀の百合もこっちで預かっても?」
「ああ、よろしく頼む」
渡された紙袋を両手で受け取って、家入は白銀の百合を再度確認した。
改めて見ても美しいその花は、これからの花吐き病患者の希望になるのだろう。それが分かっているから日車も日下部も両想いの証を躊躇なく手渡してくれたのだ。——いい男どもだな、と改めて思う。
視線を上げれば戸惑いがちに日下部を見上げる日車と、それを内包するように見下ろす日下部がいてため息が出た。
日車はおそらく『二十七年』に不安と葛藤を覚えている。それは日下部にとっては取るに足らないもので、だけど、自分を想ってのものだとも分かっているから日下部は日車を受け止めようとしている。この辺は今日にでも真後ろ彼氏の方が解決するのだろう。
その光景を見るだけで予想できる二人の未来に、きっとなんやかんや、こうやってふたり一緒に最期まで生きていくんだろうなと、自然と腑に落ちて家入は苦笑した。
『お似合い』とは、こういうふたりの事を言うのだろう。
殺伐とした日常の中で陽だまりに似た光景にらしくもなく心が緩む。それと同時に強く思う。
——医務室でいちゃつくのはやめてくれ。
(……症例報告のタイトル、どうするかな)
話は終わったので追い出してもよかったが、まあ、わりと機嫌はいいのでこのままそっとしておいてやろう。と、家入は電車でいちゃつくバカップルを見ないようにする被害者のごとく余所事を考える。
完治報告を兼ねた診療録は速攻で提出するとして、おそらくこのふたりの症例報告も自分が作成する事になるだろうから準備に取りかかった方がいいだろう。
前代未聞の初症例の症例報告だ、こちらの気を揉ませるだけ揉ませたおっさんふたりの恋が多方面からの注目を集めると考えれば、タイトルは。
初症例と初症例が初症例を紙袋に入れて持ってきた件に関しての症例報告
まあ、こんなもんでいいだろう。
【花吐き病初症例に関する診療録(終)】
こんな素敵なお二人を生み出してくださったsumi様には心からの感謝を……本当にありがとうございます大好きです!