好意は容易に脅威に化ける。


 ということを、この作品を通して私は伝えたかったのかな〜とざっと見返して思いました。


 いや、もっと正確に言うと、「好意を好意として受け取ってもらえるとは限らない(受け取ってもらえたらラッキー!)」かもしれないし「好意を好意として受け取ってほしいなら、最大限努力しなければならない」かもしれない。


 全然なんにも考えてないし崇高な思いなんてあるはずもなくて、もやもやしていたことを書き残しただけのつもりだったんですけどね。笑


 私はまぁそこそこ生きてきて人にも恵まれてるほうだと思うんですよ。捕まってないだけの犯罪者みたいな人が周囲にいたことない。


 そんな私でさえ、好かれて困ったことは死ぬほどある。(詳細は省きますが、カクヨムでもありました)(断片は書いたよ)


 厄介なことに好意や好意を表現すること、人ってやたらめったら美化される。

 

 近年でいうと、異様に推進されている『推し活』がわかりやすい例だと思うし、極端な例でいくとストーカーから発展した殺人事件だってそうじゃないですか。どちらももっと複雑なんだろうけど、出発点は好意だったはずで。


 最初は純粋だったかもしれない。形を変えてしまっていたとしても、本人に害意なんてないのかもしれない。


 でも、向けられた側が脅威だと認識したら、それはもう脅威です。


 だから、無理に受け取ることないんですよ。受け取り拒否していいんです。


 私もそうしてます。好意を向けられたら誰に対しても感謝は返します。でも、同じように好意を返せるわけではない。私が誰に対しても同じように返せるのは感謝と最低限の礼儀だけです。


 みなさんも私の好意を拒絶する権利がありますし、それと同様に私にも受け取りたくない好意を撥ね付ける権利がありますからね。


 そもそもね、好意を“そのまま”“全力で”“ぶつける”っていうのが暴力じゃなかったらなんなんでしょうね?


 テニスでキャッチボールでもなんでもいいですけど、ラリーを続けようと思ったら相手の取りやすい球を投げますよね?


 それをしないで「僕/私の気持ち受け取ってくださーい!!!」っていうのはおかしいです。


 自分の心の中で荒ぶってる分にはいいと思うんですよ。でも、相手に伝える際には相手の受け取りやすい形に整えて渡すべきだと思います。投げるんじゃない、ぶつけるんでもない、渡すの。

 

 私もずっと試行錯誤しています。相手の負担を軽減できるならこちらの気持ちなんて全部伝わらなくていいし、マイルドだったり抑えめに表現することが多いかな。


 仮完結の際に怒りは過去のものと言いましたが、いちいち腹を立てることがなくなっただけで「嫌いだぞ♡」と表明したものは相変わらず嫌いです。


 好意を押し付けてくる人に関しては大大大大大嫌いでも足りません。


 好意に限らず、相手の事情に鑑みずに自分の事情を押し通してこられているように感じる状況が私は得意ではないのかもしれません。

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