困惑を深めるしかない。

智美「………どうしたんだ?菫ちん。それに、昨日駄目だったのに、いいのか?」

王の補佐をするという事だろう?それは、昨日菫が会いに行って歩み寄りができなった主の事なのに。

だから少し前まで彼女は不機嫌そうに顔を歪めていたはずなのに。 

242: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 01:20:56.72 ID:AgaGssca0
見つめる先の菫は手に持っていた紙の束を再び棚の上に置くと、俯いたままの姿で答える。

菫「……昨日、主上と向き合っている時に。お前に言われた言葉を思い出していたんだ」

菫「これからずっと付き合っていくのだろう、と。それか諦めて次を探すのか、と」

昨夜は勢いもあってつい言ってしまったが、今になって考えてみれば麒麟に対して随分と失礼な事を言ってしまったなと思う。

謝った方がいいかな~と智美が反省していると、菫の硬い声が続いた。

菫「ごめんだ、と思った」

智美「…菫ちん?」

菫「私は確かに神獣だが、人並みの感情だって持っている。やはり、昨日お前に怒鳴り返した時と同じ気持ちが滲んだ」

菫「あの方を探し出すまでの辛さをもう一度味わえと言われたら、ごめんだとしか言えん。次の王など次の麒麟に任せる」

智美「…………」

菫「なら、私には一つしか選択肢が無い。あの方とこれから付き合っていく方を選ぶ」

菫「そう思ったらな、昨日あの時に。視線を合わせて向き合う事すらできない現状に酷く後悔したんだ」

菫「本当の事を言ってくれなかったとしても、あの方に言えないと思わせてしまった私が悪いのだと」

そう気付いたから。菫は俯いていた顔を上げる。

気のせいでなければ菫はどこか吹っ切れているように見えた。

事実、彼女の纏う空気に昨日まであった迷いが確かに薄れている。

智美「………」

243: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/08(金) 01:25:40.16 ID:AgaGssca0
どうやら昨日の彼女らの接触は失敗だけだったというわけでもないらしい。

あの菫の考えが、変化するぐらいに。

そして智美にしてみればそれは嬉しい誤算だと言える。

智美「本当に、任せてもいいんだな?」

菫「ああ、一度決めたからには迷わん。それに私は王気も辿れるからな、探って見守るならやはり私の方が適任だろう」

智美「…ああ、なるほど」

麒麟である彼女は、王である少女の居場所を辿る事ができる。

智美「なら私は仕事の合間に昨日の騒ぎをもう少し詳しく調べるよ。昨日恩着せがましく菫ちんに言いに来た奴、あいつの事も」

菫「頼む」

返ってきた菫の声に気持ちが後押しされる気がした。

頷くと智美はゆっくり踵を返す。

眠気はいつの間にか消えていて、代わりに思い出したかのように体は空腹を訴えていた。

そういえば昨日も色々あったからまともに食べていない。そして智美には今日とてやることはたくさんあるのだ。

ああ、朝はしっかり食べてから動き出さなくちゃな、と。

当たり前の事を考えながら、智美は菫の部屋を後にしたのだった。


■  ■  ■



252: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/15(金) 00:06:29.70 ID:MbMrc5gK0
怨嗟の声が聞こえる。


使令の背より渇いた大地へと降り立つ。

枯れた木片を踏み締めた音が響くが、それはすぐにでも吹く風に晒され塵となりどこかへと消えていってしまった。

粒子になってしまったそれが目に見えるはずもない。

けれど、まるで追いかけるように降り立った場所から遠くを、遥か遠くを見つめた。

あそこはどこだったろうか。それでもこの国のどこかだ。

場所など、もう忘れてしまったが……元々は緑豊かな丘だったのだろう。

けれど本来あるべき緑の葉や芽は地に落ちて久しいと感じた。

枯れ切った木々だけが並ぶ、寒々とした光景をよく覚えている。

風が吹く度に、水気の失った木肌が力なく鳴いているような気がした。

大地だけで、こうも死にかけている。立場上その事実に心が痛まないはずもない。

無意識に遠くを見つめる視界を細めた。

そして、気付いた。枯れた大地の向こうで………何か、黒い筋が幾つも立っている。

253: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/15(金) 00:09:42.00 ID:MbMrc5gK0
遠すぎるから黒い筋の真下で何が起こっているかまでは分からないが。

あれが地面より上がる黒い煙だという事は分かった。と同時に鼻腔に何かの匂いが掠める。

嫌な臭いだと思った、その匂いが何なのか考えるよりもまずは心中に嫌悪感が滲んだ。

するといつの間にか背後に姿を現した女怪がこの身を労わるよう声を掛けてきた。

『台輔、あれは穢れです、近付いてはなりません』

お体に障ります、と。忠告を受けた事で閃くよう、あれが何かを理解した。

遠すぎて何も聞こえなかったが……つまり女怪が心配する通り、あの下では何かの争いが起こっていて

この身が最も忌み嫌う血が流されているのだと。そして全てに炎が放たれているのだろうと彼女は言っている。

菫「戦か?」

短く問えば、表情を動かさずに女怪は答える。

『そこまで大事ではないでしょう。民草の暴動と州師の鎮圧、互いの力の差は歴然です。すぐに騒ぎは収まりましょう』

女怪に悪気など微塵もない。彼女はいつの時もまずは、この身を第一に心配してくれる。

だけど彼女の言葉の内容は慈悲の獣と呼ばれる自分の立場であれば許容し難いものだった。

胸の内が窮屈に締め付けられる。

254: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/15(金) 00:13:50.59 ID:MbMrc5gK0
蓬山より降りてこの国を見て廻って、目に映る現実に打ちのめされるのはもう何度目なのか。

それでもこうして耳に届く怨嗟の声に背を向ける事はできない。

助けてくれ、と誰にでもなく求める声はこの死にかけた大地に無数に溢れていた。

その一つ一つに応えてやりたいが……この身は余りにも無力だ。

使令がいなければ何一つできず、目の前に映る悲惨な現実を憐れむしかない。

浅く息を吐いて、女怪と背に乗ってきた使令に命じた。

菫「……まだ息がある者だけでも、助けて安全な場所まで連れて行ってやれ」

『ですが、台輔。小さな規模の争いといえど一人一人運ぶのでしたら時間がかかります』

菫「私は大丈夫だ。ここならば血の穢れも遠いしな。それに一人でも多くこの国の民を救ってやりたい」

自分が言い切ると、躊躇った女怪も使令も最後には頷いて地面の下に消えていった。暫くは戻ってはこないだろう。

立ち昇る煙が見える。焦げ臭い匂いに混じってたくさんの怨嗟の声も聞こえる。

枯れた大地に、苦しむ民の声が満ちていて……自分に架せられた重圧に押し潰されそうになる。

救いたい、けれど今の自分には何一つ現実を変える力など無い。

立場はあれど、十何年も腐敗が進んだ宮中には自分の意見に耳を傾ける者もいない。

神獣として人の善意を信じたいと思っていた、それは神獣である麒麟の性だ。

けれど何度この凄惨さを宮中に訴えたか分からぬが全てが徒労に終わっている。

痩せた土は作物を枯らせ、妖魔が跋扈する死にかけた大地はそこに生きる民を長く苦しめ続けている。

ならば、せめてこんな時にこそ、人は人のために力を集うべきなのではないか。それが正道だ。

256: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/15(金) 00:18:18.16 ID:MbMrc5gK0
けれど、そんな民の生活と掛け離れた場所にある宮中では、この訴えがどうしても届かない。

愕然とした、そうして何一つ変える事ができずに……目の前に広がる現実を自分は憐れむしかない。

このどうしようもない現実を、唯一変えてくれるかもしれぬ存在を望んだ。

それは自分だけはなく今この瞬間理不尽な現実に晒されているこの国の民すべての願いのはずだから。 

自分が存在する以上……どこかに必ず存在するこの国の“王”を誰もが待ち望んでいる。

無力な自分ではあるけれど、それでも唯一、待ち望む“王”を探し出せるというのならば、

他の何においても第一に努力をする。

だからどうかこの切なる願いを聞き届けて欲しい。

この才州国を、この国の民を救って欲しい。

見つめる視界を更に細めると、立ち昇っていた黒い煙が消えようとしている。

それでも救いを求める怨嗟の声が途切れる事は無い。

それはきっと、この死にかけている国のために“王”が立ち上がるまで続く事だろう。

大地は広い、途方もない程だ。この先からたった一人の人間を見つけ出さなければいけない無謀。

けれど心は決めている。だって自分はまだ見たこともない夢現のような存在に、こうやって呆れるほど縋り続けている。

立ち消えてしまった煙の白い筋を見届けてから決意するよう瞼を閉じた。
 
必ず、必ず、見つけ出す。
 
それはもう執念といってもいい程の想いだった。

257: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/15(金) 00:22:33.30 ID:MbMrc5gK0
だからあの時突如として天啓の如く感じ取った気配に、素直に体は震えた。

その余韻を味わうことなく、むしろ振り切るように使令の背に跨って向かった先に見つけた姿に確信を抱く。

寒い日だった、もしかしたら朝には少しの雪が降っていたかもしれない。

見つめる先の井戸端に佇む姿は水汲みの合間に寒さで赤くなった指先を必死に擦り合わせていた。

少し離れた場所に降り立った自分にまだ気付いてもいない。
 
自分から言葉を発するでもなく、ただ食い入るように見つめていて気付く。

質素な服の袖から除く腕は異様に細い。一目見ただけで、今まで酷な生活を送ってきただろう事は明白だった。

だから心が痛い程に締め付けられ、同時に自分自身の今迄を恥じた。

この国の凄惨な現実と、そして今の今まで目の前に確かに存在する姿に対して何もしてやれなかった事に対する後悔。

一国に唯一の神獣と言われ持て囃されても、宰輔としての高い地位があったとしても、

こうして民一人を不幸から救う事さえできなかったのが自分だ。

無力だ、余りにも……そう思い至った頃に。

井戸端で水を汲んだ桶を持った少女がやっとで自分の存在に気付いたようだった。

ふと、伏せがちだった顔を上げて、朱い色の大きな瞳が自分の姿を射抜く。

想像していたよりも真っ直ぐに見上げてくる視線を受け、体に震えが走ったのを悟られはしなかっただろうか。

いいや、それよりも。あの時もう一度強く確信した。

やはり目の前にいる少女に違いないのだと。

この身が執念と言っていい程の想いで探し続けた主人であり……この国の王なのだと。

258: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/15(金) 00:26:30.10 ID:MbMrc5gK0
笑いたくなったし、泣きたくもなった。

けれどごちゃ混ぜの感情は、眼前の少女にし