診療録05.08:恋愛執着の数値化に関しての報告
【キャプション必読願います】
篤寛花吐き病パロです。
全9話の4話目になります。
原作から7年後の世界線で日車さん呪術師if。
好きな相手がいない(と思ってる)のに花吐き病を発症した日下部さんのお話。
※ラブコメです。
★捏造過多。花吐き病オリジナル設定あり。精神疾患系の話・余命・寿命などの言葉が出ます。
苦手な方は自衛をお願いします。
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「日下部さんは花吐き病の相手が分かったら法に触れてでもその人をモノにしてください」
「なんて?」
花吐き病発症から七日目。
午後の授業の合間を縫って日下部は家入の元で二度目の診察を受けていた。目的は先週採取した血液検査の結果共有のため——と聞いていたのだが。
(なんか今、日車に聞かれたらマズそうな事言われたな……)
開口一番に物騒な提案をしてきた家入に日下部は思わず絶句してしまった。
ぴらり、血液検査のデータ票に目を落としながら家入が続ける。
「フェニルエチルアミンの話は日車さんから聞いてますよね?日下部さんはそれが花吐き病患者の平均値の三倍ありました」
「……三倍?」
「一般平均からだと九倍という事になりますね」
「九倍、」
「この量だと相手を想う気持ちが尋常じゃなくなるといいますか、誰かをストーキングしたり束縛したりしてないですか?」
「そう聞かれて『してます』って答えるストーカーや束縛男っていんの?」
それは無意識下で行われる、呪いを生み出せるほどの執着だ。それを「やってませんか」と問われて日下部は鼻白む。
そもそも自分がそこまでの熱量を誰かに向けた経験がないのでピンとこない。
「つーかまずその『相手』が未だに分かってねぇんだ、ストーキングも束縛もしようがねぇよ」
「フェニルエチルアミンの分泌量だけ考えれば三年待たずとも『反動』が起こる可能性も高いんですが、体調に変化は」
「むしろ最近は絶好調だな」
花吐き病を発症してから一週間が経ったが、日下部は何なら罹患前より心身ともに安定した日々を過ごしていた。
日車との同居も始めてみれば何のトラブルも起こらず、むしろ目を離せばひとり突っ走る日車の動向把握ができるので逆にストレスが軽減されているようにさえ思う。
花吐き病に関しても一日一度は嘔吐薬で花を吐いているが、それ以外では吐き気すらも起こらないので次第に花吐き病の重大性を感じなくなっていたくらいだった。が、事態はそう単純なものではなかったらしい。
フェニルエチルアミンが過剰分泌されていると聞いて日下部に懸念が過る。
日車が余計な心配をするような事態は避けたいのだが。
「自覚としては特別不便はねぇんだけど、良くない状況なのか?」
「本来なら全く良くないんですが……でも日下部さんは相手不明のまま発症してるんで体調に問題がなければ経過を見ましょう。絶好調というなら恋人が出来て調子が上がる人種と似た状態かもしれないですし」
「恋人いねぇのに恋人が出来て調子上がってるやつと似た状態って逆にやばいだろ」
なんだか自分がとてつもなくイタイ人間に思えてきた。
これ日車に報告するの嫌だなぁと頭の隅で考えていると「ただ、」と家入が続けた。
「日下部さんのフェニルエチルアミンの分泌量を考えるとお相手が判明したらさっさとモノにしておかないと追々危険な事になるかと」
「ああ、最初言ってたやつな。危険な事ってーと?」
「もともと花吐き病で閾値を超えてる恋愛ホルモンが天元突破してる状態なんで、自覚した上で相手が手に入らないとなったら日下部さんは段階すっ飛ばしてその人を監禁しかねないです」
「……俺が?」
「日下部さんのフェニルエチルアミンを呪力で換算すると乙骨と同等と考えるので、間違いないかと」
「こわ。『リカ』生めるって事じゃん」
「そういう事になりますね」と家入が淡々と返しながらちらり、日下部を見上げた。
「日車さんは何か言ってました?」
「あー、俺が自覚ないまま発症したのは『まだ恋心を育てている最中だからじゃないか』って」
「へえ」
家入特有のけだるげな声に少しの興味の音が混ざる。家入は医師特有なのか知識欲が高く、日車と話をする時はよくこの声を出していた。
「医師からじゃ出ない見解ですね。おもしろい。カウンセラーからの意見として診療録に入れて研究機関に提出します」
気持ち楽しそうにメモを取る家入に日下部は思わずため息を吐いた。
そうか、研究機関に提出されちゃうのか。
「……四十過ぎたおっさんのこんな話聞かされて研究機関も不憫なこって」
「そうでもないですよ。花吐き病の研究はここ近年全く進展がないので初症例は貴重です。今頃『四十過ぎたおっさんのこんな話』に研究者たちは大盛り上がりしてますって」
「それ全然フォローになってねぇからな」
「でも、『恋心を育てている最中』か……。日車さんって言葉選びが綺麗というか、丁寧ですよね」
ふ、と笑う家入は思い浮かべる日車をどういう視点から見ているのか、手のかかる弟を想う姉のような顔をしていた。日車は大変頼りになる男だが手のかかる男でもあるので女性からするとそういう対象になりやすいのかもしれない。
しかし『丁寧』か、と日下部はうっかりと笑ってしまう。
「本人は要所要所で雑なのにな」
「要所要所?」
「主に食。今俺が飯担当してんだけど、昨日急に『今日は外食にしよう』って言われて連れて行かれたのがバーガー屋で」
「バーガー屋?」
意外にも家入の興味を引いたらしい昨夜の出来事を日下部は思い出す。
昨日は珍しくふたり揃って休みの日で、日車が「ご馳走する」なんて言い出すからどこに連れて行かれるのかと思いきや辿り着いた先はファストフード店だった。それはそれで別にいいのだが、「何か食いたいのがあんの?」と聞いた日下部に「釘崎くんが言っていた『罪の味』を試してみたい」と日車がのたまったのだ。
聞けば、釘崎が先日真希と遊びに出掛けた際にバーガー屋に寄って注文したメニューがそれだったとのこと。
「ダブルバーガーにハッシュドポテトが挟んであるらしい」
「ダブルバーガーにハッシュドポテト」
そういやこの間CMで見たな、と考えている間に日車がセルフレジを操作し始めたので日下部はあえてその様子を生ぬるい目をしながら黙って見守った。この先の展開が読めてしまったからだ。
なので「君は何にする?」の質問に対してサイドサラダとコーヒーをオーダーし、「調子が悪いならやめよう」と日車が気遣ってきたのも「いいからいいから」と強行した。調子はむしろ絶好調だし読んだこの先の正解を確認したかったので。
そしてご所望のメニューをいざ実食してみれば案の定。
「……重い」
「だろうな」
ハンバーガーの三分の一までを食べたあたりで日車が眉を顰めたので口の中だけで笑ってしまった。この男は自分の持ちうる能力を過不足なしに評価出来るくせに、なぜか消化能力だけ過信しているところがあるのだ。
くく、と笑いを嚙み殺しながら日下部は日車へと手を伸ばす。
「ん。じゃあはい交換」
「うん?」
「そっちは俺が食うから日車はこっち食って」
「…………」
手をつけずにいたサイドサラダとコーヒーを日車の方に押し出して、日車の手からハンバーガーを引き取ったついでにセットメニューのポテトとコーラ(普段飲まないのになぜあえてここで選ぶのか)の乗ったトレーを引き寄せれば、むっとした顔の日車が日下部を見上げた。が、ここまでは読めているので日下部はなんとも思わない。
「ちなみに釘崎の言った『罪の味』はテイストじゃなくてカロリーの意味な」
「……分かっていたならなぜ先に言わない」
「言ったってアンタ聞かないでしょーが」
日車の「試してみたい」は実体験させるまで何を言っても実行する事はこの七年の付き合いで把握していた。だったら『阻止』より『予防』した方が話が早いのだ。と伝えれば、また日車がむっとした顔を見せた。
こいつわりと表情筋に仕事させるんだよな。
「次からは『阻止』で構わない。ちゃんと聞く」
「ふうん?そしたら明日の日車と虎杖の合同任務、お前が先陣切るって作戦変えていいな?俺それまだ納得してねぇから」
「次からは『阻止』で構わない。食事に関してのみ、君の意見をちゃんと聞く」
「テメェ……」
そこからは軽く言い合いをして勢いで虎杖に連絡を取ってほぼ無理やり作戦変更をさせたら拗ねたらしい日車にコーラを奪われたので日下部は飲み物なしでハンバーガーとポテトを平らげるはめとなったのだ。
という経緯をかいつまんで説明すると家入がひとつ噴き出して笑った。
「ふ。同居、うまくやれてるようで良かったです」
「今の話のどこをどう取ったらそういう受け取り方になるんだよ」
くつくつと笑う家入に日下部は脱力するように簡易テーブルに腰掛けながら天井を仰いだ。
聞くか聞くまいか迷ったが、こうやって駄弁る余裕があるのなら振ってみても構わないだろうと視線は戻さないまま口を開く。
「——なあ、日車は『恋』が出来ない数値で発症したって聞いたんだけど」
「ああ。日車さん、話したんですね」
「現状ある対処法はどれも適用されないってのは本当なのか」
「はい」
間髪入れずに返ってきた肯定に、日下部はゆっくりと身体を起こして家入へと視線を向けた。
日下部の言いたい事を察しているのだろう、何かを諦めるかのような瞳をもって家入が問いかける。
「日下部さんには日車さんが苦しい恋をしているように見えますか?」
「…………」
「はは、思い当たりあるようですね」
何もかもを分かったような質問に日下部は眉を顰めてしまう。
それはこの一週間の間、日下部がずっと気にしていた事だ。
常用の抑制剤を使って症状を抑えているらしい日車は、この一週間の間でそれに苦しむような素振りを一切見せていなかった。日下部を気遣って見せないようにしているのかもしれないが、それでも、『恋しい』『愛してほしい』と乞う花吐き病患者の悲哀を日車からはその影すら感じ取る事が出来なかったのだ。
それは相手を想う事が日車の日常になっているのだと、そう言われているような気がして日下部はこの一週間ずっとモヤついた感情を抱えていた。
「医師として適切な発言ではないんですけど、日車さんは『心』で『恋』をしてしまったんだと私は考えてます」
静かに深く、少しの重さを含んだ音で家入が声を落とす。
珍しく抽象的な家入の発言に日下部は眉を顰めた。
「——こころ」
「はい。科学的に定義付けられている『心』ではなく概念の方の……呪術的には『魂』と言い換えていいかもしれません。脳からの司令を受けない、誰にも触れない深い所で日車さんはその相手を想ってしまったんじゃないかなと」
過去に魂の形を変える呪霊が存在したものの、基本魂は不変的なもので、その形が変わる事は決してない。だから日車のその恋は一生に一度のもので、生涯尽きる事が叶わない。
——でもそれは、それこそが呪いと言えるのではないだろうか。
「私の推測を伝えた時、日車さん少し嬉しそうだったんですよね」
「嬉しそう?」
「『そうか。なら没収される事はないんだな』」
「っ、」
「だそうで」
「本当に困った人ですよね」と呆れたように笑う家入に日下部は奥歯を噛み締める。
ああ、嫌な予感が当たっていた。花吐き病のどの対処法も当てはまらない事に、日車が喜んでいるように見えたのは勘違いではなかったのだ。
ならば今後、日下部はどう動けばいいのだろう。
日車が望んでいないのに日下部の一存で日車の花吐き病を治そうと働きかける事は出来ない。
日車の恋に干渉する、その資格が日下部にはないのだから。
「日車さんが国からカウンセラーの要請を受けた時に、『専門外だから』と渋っていたのを背中を押したのは私なんです」
「そうなのか?」
「こちらとしても日車さんの花吐き病が治るに越した事はないので。次の恋に進もうとする患者さんと接して、『そういうのもありか』と思ってくれればラッキーくらいのつもりではあったんですが……。あの人、予想以上に頑固ですね」
「それは分かる」
日車に対して『仕方のない弟』のままでいる家入はきっと、日車が発症してからずっと気にかけていたのだろう。病気を治す気がない患者ほど厄介なものはない。こと、同僚の死を見届け続けている家入にとっては尚更で、だから皮肉な事ではあるが日車に関しては『余命』がなくなった事だけでも良かったのかもとも思う。——まあ、だからこそ日車も家入の前で『治す気なし』の姿勢でいたのだろうが。
「というかあの人のチートぶりなんなんですかね。カウンセラーを引き受けるって決めた途端に専門書大量に漁って念のためにって民間資格まで取って徹底してんなーって思ってたら半年後には予約の取れないカウンセラーですよ。日車さんがカウンセリングに入ってから花吐き病患者の寛解率上がってますからね」
「は?まじで?」
「カウンセリングの予約枠増やしたいって研究所から引き抜きの話も出てるらしいです。こっちの総監部が断固阻止しようとしてますが」
「は!?まじで!?」
ちょっとシリアスになっていた雰囲気から一転、急に振られた事案に日下部は慌ててスマホを取り出した。
(花吐き病機関への引き抜き話があるなんて聞いてねぇぞ日車……!)
言えよっ、と自分の事に関しては最低限の報告すらしない男への鬱憤を吐き出すようにメッセージを叩き込んだのは楽厳寺へだ。
まだ総監部に君臨する元京都校学長にはこの七年で多少の恩を売っていたので、そちらで断固阻止しようとしているのなら念には念を入れておく。
「ったく京都校が片付いたら今度はこっちかよ。腹立つくれー引っ張りだこだなあいつ」
「——ああ。やっぱりこの間の日下部さんの京都遠征、日車さんの引き抜き話潰しに行ってたんですね」
「…………」
「『復縁なし』に賭けてて正解でした」
揶揄交じりに笑う家入にジト目を返せばピロリンとメッセージの受信通知音が聞こえて「せわしねぇな」と日下部は持っていたままのスマホに目を落とす。と、次いで蟀谷に青筋が立ったのが分かった。
「あ、くそ、このやろ」
「どうしたんですか?」
「——ん」
通知からそのまま開いたメッセージ内容を見せれば「はは」と家入が笑う。
そこには日車から『無傷』というひと言とピースサインの虎杖単体の写真が表示されていた。
「分かってねー」
「まじそれ。これ絶対ドヤ顔で送ってきてるからな」
『お前の写真を送れ馬鹿』と返事を送って日下部はひとつ息を吐いてからスマホをズボンのポケットへと戻した。どうせ日車は虎杖の相手に夢中で(でもまだ目は合わせられない)日下部からの返信なんて気にも留めていないだろうから返事を待っても無駄なのだ。
しかし家入ですら分かる事をどうしてあの男は分からないのか。
やっぱり三年じゃ足りねぇ、と頭痛を覚えていると「日下部さん」と家入から声がかかった。
「日車さんは呪術師で、東京校の方が合ってると思います」
「……まあ、もうこっちで人間関係もできあがってるしな」
「日下部さんも、『ここ』に必要な人です」
「…………」
伺うように、確認するように家入が語りかける。ゆっくりと戻される緊張感は、家入が言うか言うまいか迷っていた事なのだろう。
「三ヶ月ですよ」と医師の声色が放つ。
「優秀なカウンセラーと同居できる間のうちに、とりあえず相手だけでも自覚してください。あなたにいなくなられるのは困る」
「……分かってる」
「——というのは建前で」
「あ?」
珍しい話の切り替え方に少し驚いて家入を見ればくしゃり、あまり見た事のないような困った笑みが日下部に向けられた。
「せめて日下部さんだけでも幸せになってください。叶わない恋を後生大事に抱えるような人間なんて、ひとりで十分なんで」
切ないとか哀しいとか、そういう類の表情と共に懇願めいたものが告げられる。
それだけで分かる。家入にそんな顔をさせるような恋を、日車はしているのだ。
そう気付けばモヤり、また日下部の胃に不快感が走った。
そういえばこの症状が花吐き病と関連しているのかを聞こうと思って忘れていたな、と日下部は思ったが、なんとなく面倒になってひとつ頭を掻いてから口を開いた。
「……善処する」
「はは。それどっかの誰かさんが善処する気ない時にいっつも使ってるやつ」
ピロリン。日下部のスマホからメッセージの受信通知音が鳴った。