が、智美が何かを言う前に半向きしたままの姿勢で彼女はぽつりと呟く。

菫「一つだけ、訂正しておこう。私は王を探すのを苦だと思った事は無い」

智美「え?」

菫「むしろ、会えない事が辛い。そのために私は生きているようなものだからな」

智美「…台輔」

いつの時も前だけを気高く見据えていた少女の、どこか寂しげな姿に智美は返す言葉が思いつかない。

智美が呼ぶと彼女は応えるように薄っすら笑った。

菫「ただ執務は少しだけ苦痛に思っていた。いらん事案が多すぎて気が滅入っていたが、ここ暫く落ち着いていたな」

お前が助けてくれていたのだろう?と続けた少女の言葉に、智美は素直に驚いた。

72: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 22:09:14.20 ID:dhnWXJcK0
台輔が自分の行動の真意に気付いていたのかと思うと同時に、その眼差しをじっと智美へと向けてくる。

菫「智美、ここで私はどうすればいいと思う?」

ここで。この、膿が蔓延る王宮の中にあって、唯一の国の良心のために何をすればいい。

智美は考えるよりも直感で、彼女の問いに答えを返していた。はっきりと。

智美「貴方の味方を増やすべきだ」

もはや沈むしかない仮王朝に同調する馬鹿はいらない。

いずれ必ずこの神獣が見つけ出してくれるだろう新たな王を迎えるためにも

真っ当な思考を持った、この国を生き返らせるための同志が必要だ。

そんな智美の言葉を聞き台輔も思う所があったのだろう。彼女は頷いた。

菫「わかった。力を貸してくれ、智美」

国を導く神獣から、直接の御達しだ。

その願いに臣下である智美が逆らう理由も無い。

両腕を上げて胸の前で拳を合わせる。

眼前に佇む神獣へと向かい、智美は「御意」と深く拝礼した。

73: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 22:13:03.97 ID:dhnWXJcK0
そうして、王宮の中にあって地盤を固める作業が始まった。

智美は今まで過ごした中で、こちら側へと引き込む人材にはある程度目星を付けてはいる。

視野を広くして人と物事を見渡すのは嫌いじゃなかったし。

重要なのはこちら側に引き込んだ人物が、信頼に足るかどうかだ。

結局、権力や金に目が眩んで後に裏切るようならばこちらの足元が掬われる。

もっぱら現在の権力者より煙たがられている人物は有力だと思うが。

報告に向かった台輔の執務室において、智美は部屋主に幾人かの候補名を上げておいた。

後日、顔合わせしてみようという事を伝え、その了承を取る。

すると途中、台補が何かに気付き智美へと言った。

菫「台輔とかまどろっこしい。菫だ、内輪では菫でいい」

智美は反射的に大きく頷く。打てば響く。そんな感じで。

智美「了解した。菫ちん」

菫「…………菫ちん?」

智美「ワハハ。ちょっと砕けすぎたかな?」

目の前の神獣に尋ねたら、なんとも言えない渋い顔をされた。

菫「……まぁ、その……好きにすればいい」

どこか呆れの色を含んだ菫の言葉を聞き智美は笑った。

74: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 22:18:06.78 ID:dhnWXJcK0
そのまま言い募りはしなかったが智美とて場の空気は読める。

あくまでもこの砕けた本性を曝け出すのは、堅すぎる台輔との内輪話の時だけだ。

智美が楽なのもあるが、この少女に対しても僅かながらの気休めになってくれればいいな、とは思う。

王のため、国のため、民のためにと心を傾ける菫は、いつの時も尖った雰囲気を崩さない。

智美はそんな彼女の硬い表情しか見たことがなかったから。

表立っては見せず、水面下で台輔に同調する仲間を智美は増やしていく。

こうやって動いてみて気付いたのだが、智美は物事の中間に立ち、人との間を取り成すのを苦には思わなかった。

むしろ様々な人間性があるのを発見できるのが面白いと思える。

その中でも権力に媚を売る畜生共に対してはかなり敏感に感じ取っていた。

上辺だけで浮かべる笑顔ならば智美に勝る者はいない。

気安い人柄で近づき、相対する人間の本性をゆっくり嗅ぎ取る。

そうして、一人、また一人と。

いずれ、必ず、この国のために立ち上がってくれる志を宿した人間だけを智美は探し続けた。

75: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 22:21:16.46 ID:dhnWXJcK0
そうやって日を重ねる中で、ある日の事。

智美と、信頼できる同じ文官と朝の打ち合わせを行うため、台輔である菫の執務室へと向かう途中。

大きな音と共に向かうべき先の扉が突然、勢いよく開かれた。

びっくりして立ち止まった二人の前に、室内から飛び出してきたのはもちろん部屋主である菫で。

彼女は、珍しく焦ったように何もない上空を何度か見渡すと、すぐにその足元より使令の獣を呼び出した。

文官「台輔?」

智美の隣に立つ文官が訝し気に声を掛けるが、それに反応する事無く……

というか、智美達の存在に未だ気付いてないような気がする。

実際、菫は結局こちらを一度も見ずに、呼び出した使令の背に跨ってしまう。

と、その四肢が地を駆け出し始める。

智美「あ…」

今度は智美が呼びかけようとしたが時すでに遅し。

反対側に続く廊下へと勢い良く駆け出して行ってしまった後ろ姿を二人して、呆然と見送っている。

一瞬の出来事で智美と文官 、どちらともなく向き合った。

智美「どうしたんだろーな?」

文官「随分、急いでいるようでしたが…」

智美「まぁ…うーん。暫く待ってみるかな」

76: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 22:24:50.44 ID:dhnWXJcK0
そう智美が言うと、文官も異論は無いようで頷いた。

どうせ宮内においては休日に当たる。

そのまま台輔の執務室にて、持ってきた書類を纏めながら二人してかの少女を待つ事にしたのだった。


それから午前中は何も音沙汰がなかった。

女御(召使い)が準備してくれた昼食を取りつつ、書類を纏める作業をずっと続けていた二人だったが

……さすがに夕方に差し掛かった頃。

今日はもう切り上げた方がいいですかね、と文官が智美に声を掛けたらタイミング良く部屋の外が慌しくなった。

遠くから女御の声が聞こえ、やっとでここの部屋主が帰ってきたのかと廊下の外へと様子を見に行く。

扉に手を掛け、それを内側へと引いた瞬間、目の前を大急ぎで通り過ぎようとした菫の姿があった。

智美「台輔?」

菫「!」

気付いたように立ち止まった菫が、智美を振り向く。

そこで智美も菫がその腕の中に、布で包まれた何かを仰々しくも抱き込んでいる事に気付いた。

まるで人程の大きさだな、と智美が思った瞬間、包む布の合い間を縫って栗色の髪の毛が見えた。

智美は驚いて、菫を見上げる。

菫「今は説明する暇がない。後で呼ぶ」

77: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 22:28:41.66 ID:dhnWXJcK0
菫はそれだけを短く智美へと伝えると、再び腕の中の存在を抱え歩き出す。

通路の先にいた女御が彼女を迎え、共へと奥に消えていく姿を智美は呆然と見送っていた。
 
それから、智美は言われた通り辛抱強く執務室に残って彼女を待ち続けている。

一緒にいた文官には時間も時間だし先に帰ってもらった。

温くなった茶を啜り、集中できずに指でぴらぴら書類を弄びながら智美はひたすら待つ。

何故だか理由を聞くまでは帰る気にはなれなかった。

そうして、どれくらい時間が過ぎただろう。もはや室内にいても夜の静寂を色濃く感じる。

きっと深夜に差し掛かっても不思議では無い頃合だ。

それでも智美は呼ばれないし、菫も帰ってこない。

智美「………うぐぐ、よし!決めた!」

僅かに残っていた茶を一気に呷ると智美はその場に勢い良く立ち上がった。

そうして、迷うことなく廊下へと駆け出していった。

78: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 22:31:48.59 ID:dhnWXJcK0
進む廊下の先に、僅かに光が洩れている一室を見つけた。

智美が訪れたこの区域が、台輔としての菫に与えられた居住区域であるのを知っている。

高い地位故に、与えられた場所は広かったが菫はあまり人をそこに入れようとしない。

本人曰く自分でできる事は自分でやるし、手を出されるとかえって煩く思ってしまうので

最低限の生活の手伝いをしてくれる女御だけを置いているのだという。

余計な事を言わぬ、もの静かな佇まいが印象的な初老の女性だったはず。

智美もその女御には何度か会った事はあるし、先程も菫と一緒にここへと消えていった姿を見かけた。

さすがに深夜に差し掛かる時間帯でもあるし、菫であればすでに彼女は下がらせているとは思うが。

ならば、目の前の光が洩れる部屋にいるのはここの区域の主である菫しかいない。

きちんといるんじゃないか、と憮然とした面持ちで智美は光の筋が続く先へと近づいていく。

微かに空いたままの扉、その隙間よりそうっと智美は室内を覗いた。

そうして、覗いたままの姿勢で暫くの間、智美はその場より身動きする事ができなかった。

室内は仄暗い。

灯された明かり一つだけで照らされる部屋は、広いはずの室内を思う以上に狭く見せている。

ただ、その光が灯る中心に見えたのは、この部屋に備え付けられた寝台で。

その広すぎる白いシーツに力無く横たわる姿を智美は初めて見た。

79: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 22:34:58.29 ID:dhnWXJcK0
菫や智美と同じぐらいの年頃の少女に見えた。

じっと寝台の上に横たわるその少女だけを見つめる菫の視線は平常にも増して険しい。

まるで儚い風情の少女が消えていくのを許さぬよう、力無く投げ出されたその片腕を手に取り

細い指先を口元へと押し当てたまま、菫は微動だにしなかった。

智美はそんな雰囲気の菫を初めて見る。

神獣であるがため、どこか淡白な印象が強く残る菫ではあったが

こうして一つの存在に対して強い執着を見せる姿を意外に思う。

同時に、智美は閃いた。

神獣と定義される菫の、その強すぎる執着が滲む姿勢の意味するところ。

もはや、閃きは確信に近い。

無意識に手の平が触れる先の扉を押していた。

ギィと響く音に、見つめる先の菫の肩が小さく揺れる。

彼女は口元に当てていた指先を離し、ゆっくり智美へと振り返った。

菫特有の紫色の双眼と確かに視線が交わったのを悟ると智美は抱いた確信を、呟く。

智美「見つけたのか」

80: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 22:38:35.06 ID:dhnWXJcK0
そう呟いた智美の言葉に主語はなかったが、言われた意味を菫ならば理解している。