救うために備蓄を調整する集まりだったはずだが…」

菫「諸官らは、高価な甘菓子を口にしながら飢えに苦しむ民を想えるのか?」

文官「……」

居心地が悪そうに押し黙る周りの文官を眺めながらも、少女が言い放った内容に智美は胸がすく思いがした。

そこまで突っ込まれてしまったら、もはや誰一人、卓の上に用意された菓子に手を伸ばす者はいまい。

63: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 21:32:50.64 ID:dhnWXJcK0
そんな官の様子を見渡した少女は、もはや席に着くことなく言葉を続ける。

菫「数字だけを出して簡潔に調整してもらおう。冬も迎えるし、その事も考慮してな」

だが、その声に応える声はない。

周りの文官、誰も彼もがただ居心地悪そうに少女とは目線も合わせようとしないのだ。

智美はその空気を敏感に感じ取る。

きっと、この腐った王宮内で長年培われてきた空気だ。

正論を述べる存在を煙たがり排除しようとする。

ある者は正論を拒絶するために視線を上げず、ある者は面倒事に係り合いにならないために横を向く。

そうして、物事が進まなくなり有耶無耶の内に私腹を肥やす畜生がいて変わりに民が死んでいく。


咄嗟に、智美は席を立ち上がった。

思ったよりも大きな物音が室内に響き、一斉に視線が智美に集まる。

様々な温度の視線を受け、最後に気難しい表情を浮かべながら智美を見返す紫色の双眼を見る。

気持ちは周りの同僚達よりも、少女に向かって智美は言い放った。

智美「僭越ながら、皆様もお忙しい身でありますし若輩の私が確認をし数字を纏めましょう。一日、お時間を下さい」

菫「……」

智美「長官殿にも後ほど、必ずご意向を伺いに参ります」

64: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 21:36:35.50 ID:dhnWXJcK0
智美はそう言って、この場で最年長である文官に意向を仰ぐ。

年長者の彼の面目を守るためだ。その智美の判断は正しかったようで、彼は咳払いすると仰々しく頷いた。

途端、周りの文官も同調するように声を上げ始める。

そんな空気に納得したのか、最年長の文官が場を纏めるように宣言した。

文官「では、智美に一任する。よろしいか?」

菫「…ああ、後日報告を待つ」

少女は智美を一瞥し頷くと、一度も席に腰を降ろす事無くその場で踵を返した。

一斉に頭を下げる周りに倣って、智美も頭を下げる。

一人分の足音が遠ざかって行き完全に室内より出て行ったとわかると、一気に場の空気が緩んだ。

そうして、先ほどの年長者である文官が忌々しげに吐き捨てる。

文官「…新たな王を見つける事もできぬ獣が。小賢しい…」

その言葉を聞き、智美は目を見開くと同時に心中で深く納得した。


智美(あれが、この国の麒麟か…)


ならばあの若さで、周りの文官達が頭を垂れるもの分かる。

彼女は天意を得て王を選定する神獣であり、この国の台輔だ。

65: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 21:41:51.05 ID:dhnWXJcK0
緊張が切れ、ざわつく室内にあって智美はここで生きていくための一つの道筋をやっと見つけたような気がした。

腐りきった王宮の中にあって、そんな周囲と同化もせず気高く正論を突き通そうとする麒麟の姿に

この国の残された良心を見たような気がする。

期待してもいいのだろうか、あの慈悲の獣に。

この沈み行こうとする国の中にあって、周りと同じように沈むのでは無く救おうと抗う彼女のように。

智美も、その力になれるだろうか。

そう思い至った瞬間、もう随分と会っていない両親が心の中で笑ってくれたような気がした。



それから智美は精力的に行動を起こすようになった。

始めからこの膿が溜まる王宮の中に在って智美は表立って反抗したりはしない。

幸いにもこの身は今まで人付き合いが良く人当たりも良かったので、誰からも敵対心を向けられてはいなかった。

無害で便利な若輩者として通していたのがここでの利点になったのだ。

尚且つ仕事もできるから、周りのコネだけで入った役人などは智美を頼るようになる。

そんな中で智美は、台輔と官との間を器用にも取り持つようになっていった。

66: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 21:45:33.51 ID:dhnWXJcK0
台輔が出る会議には極力出席するよう調整し、その意向を汲んだ書類を作成する。

その際に正論だけを述べる台輔の意見だけを上官に報告すれば

波風が立つのは当たり前で、進む事案も進まなくなってしまう。

だから少しの賄賂の意味を含めた数字を上乗せして書類を作成し、事案自体を通りやすくした。

苦いとは思うが今はまだこうする事でしか物事が上手く廻らないのだ。

この方法で、南の地域へと廻す備蓄品はなんとか確保した。

ぎりぎりではあるが民が冬も越せる数字だ。

一息付きながら、智美は思う。

見渡す限り、この王宮の中に在って台輔には味方が少な過ぎる。

というか真っ当な正論を通そうとする人材が少な過ぎるのだ。

賄賂や私腹を肥やす事を前提に政をするのが当たり前となっている。

これが、十数年膿を落とそうとしなかった、この国のツケだ。

そのツケを何の罪咎も無い民が一番に背負う現状がある。

せめて、せめてどこかに必ず存在するはずの、新たな王が立ってさえくれれば。

この流れを、変えられるかもしれないのに。

67: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 21:49:05.20 ID:dhnWXJcK0
そう切に願いながらも、智美とてもはや台輔である少女の苦悩も理解していた。

周りがこれだけ新王を願うのだから、それを選定する役目を担う少女へと圧し掛かる重圧は相当なものだろう。

だが会議等でみる限りあの少女がその辛さを顔に出す事は無い。

だからその姿勢を助けたいと智美が思うようになったのはきっと必然だったのだと思う。



今日中に纏めた書類を手に、智美は台輔の執務室へと向かう。

時間が時間だから、本人が不在でも纏めた物を執務室に置ければいいのだ。

文官長への調整はすでに済み、智美が纏めた事案は今回も一応は通った。

水害で発生した難民に対する慰労金だったが、その3割は役人の袖の下に消えてしまっている。

それでも、何も出ないよりはマシだ。

すでに薄暗くなってしまった廊下を歩いていくと、途中、暗闇の中に蹲る姿に気付いた。

目を凝らして、それが台輔だと分かると智美は慌てて駆け寄っていった。

智美「大丈夫ですか?」

そう声を掛けて、彼女と同じよう傍らに膝を付き少女の様子を伺う。

68: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 21:52:45.83 ID:dhnWXJcK0
俯く様からは表情は分からなかったが、食いしばるよう唇を噛み締める様には気付いた。

「台輔」と短く呼んだが、彼女は手を貸そうとした智美の腕を押しのけて立ち上がる。

菫「大丈夫だ」

そう短く吐き捨てるが、智美が見上げる先には顔色が青くなった少女の様子が見えた。

智美「……」

どう見ても、大丈夫には見えない。

その事を更に言い募ろうかと思ったが、瞬間、ぐにゃりと地面が波打つ。

そこからズズズ、と這い出すよう姿を現したのは赤い毛並を持つ妖魔で、台輔の使令だ。

智美をそこに置いて、歩き出した背に赤い毛並を持つ使令が従うよう続く。


もはや深夜に差し掛かろうとする時間帯。

そんな中彼女がどこへ行こうとしているのかが智美には分かった。

智美(…王を、探すのか…)

智美が王宮に上がって暫くこの少女を見掛けなかったのもそのせいだ。

聞いた話によると、執務をこなし空いた時間ができるとこうやって王を探しに国中を巡っているらしい。

天意なるものが麒麟ではない智美にしてみれば、どうのようなものか検討も付かないが、

ここまで王の選定とは麒麟にとって過酷なのだろうか。

69: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 21:56:37.27 ID:dhnWXJcK0
ただ去っていこうとする背中には疲れの色が濃く残り、

彼女がどれ程の無理を溜め込んでいるのかはよくわかった。

台輔にしてみれば王の選定に加え、こんな敵だらけの王宮であっては心休まる暇もないだろう。

誰も信じる事ができなかったのも良く分かる。

智美は地に膝を付け、唯独り、去っていこうとする背中を見上げながら悔しく思う。

今やこの王宮を、この国を憂うのは慈悲の麒麟だけではない。

少なくとも、その言葉を聞き、その姿勢を見て、目覚めてしまった智美がここにいる。

とりあえず思いついたら即行動の智美は、持っていた書類を足元に置くと勢いを付けて駆け出した。

去っていこうとする背に追いつくと、呼び止める変わりにその腕をガシリと掴む。

瞬間、すぐ隣より獣の鋭い唸り声がした。

向けられる獣特有の敵意をビシバシ感じたが、智美とて怯んではいられない。

いつまでもこの麒麟一人に国の重圧を背負わせる気はないのだ。

智美「台輔、貴方はもう少し周りを見返すべきだ」

智美が言い放つと、腕を掴まれた先の少女が胡乱気にこちらを見下ろしてくる。

70: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 22:00:59.02 ID:dhnWXJcK0
菫「なんだと?」

訝しげな声。突然の申し出だから、当たり前の反応か。

だが智美は怯まずに言葉を続ける。

智美「独りで全てを背負い込もうとする貴方の気持ちは分からないでもない。けど貴方と同じ立場に立とうとする者はいる」

少なくとも、ここに一人は。

智美が見上げる先の、紫色の瞳が驚いたように見開かれる。

智美「台輔がどこかにいる王を信じるように、どうか、この国の民も信じて頂きたい」

菫「お前…」

掴んだ腕を離し、その姿へと続けて訴える。

智美「王がいない今、あなたがこの国に残された良心なんだ。倒れてもらっちゃ困る」

眼前の少女だけが、この膿の吹き溜まりのような王宮の中にあって唯一、

民の側に立ち意見を言い続けてきた。それを、智美は見てきたのだ。

ついつい言葉に少しの素が出てしまったが、言いたい事は言った。

後は、台輔の出方を待つ。だけだが……

71: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/04(金) 22:05:14.92 ID:dhnWXJcK0
彼女は未だ唸り声を上げて智美を威嚇していた使令に手の平を翳し宥める。

そうしてから、改めて智美に向き直ると静かに尋ねた。
 
菫「何度か集まりで助けてもらった事があるな、見覚えがある。名は?」

智美「智美と申します」

菫「智美か。覚えた」

浅く頷いた台輔は、体を半分だけ反転させる。

智美が止めたのにも関わらずまた王を探しに行こうとするその姿に、思わず体が前のめりになる