一人で住むには少し広めの自室のリビング。時刻は宵も深まる午前1時。俺のすぐ隣には、スコッチグラスを傾けながら頬を染めた男がいた。
「おい日車ぁ…流石に飲み過ぎじゃねぇか?」
その言葉は純粋な心配半分、それ以外で半分。まあ、俺の理性の問題だったりもする。
「今更だろ…何か問題でもあるか?」
「………いーえ…」
俺の返答を満足そうに聞いた後、すり、と手が重ねられる。酒のせいで高くなった体温と、何かを彷彿とさせる指使い。
少し細い日車の人差し指が俺の中指を擦って、そっと絡める。ふふ、と微笑むその表情は惚けていて、俺までどうにかなっちまいそうだった。
俺と日車は何も特別な関係じゃない。ましてや、恋仲なんてものでは絶対に。
キスはしたことがある。一度だけ、日車の家で。最初に仕掛けたのは俺からで、驚く顔が見てみたいとか、確かそういう理由。ただそれを遊びと言うには、俺たちは進みすぎてしまったのかもしれない。
気づいた頃には唇を貪り合って、舌を絡めた。どちらのものかも分からなくなった唾液は全て飲み込むか飲み込ませて。
そしてお互いに兆したモンに手を伸ばし、好き勝手に擦り合った。その時のアイツが出した鼻にかかった吐息は、多分ずっと忘れられない。
元々体格差はある。酷い興奮でどうしようもなくなった俺が、日車の身体を後ろに組み敷くのは造作もないことだった。少し小ぶりな尻を撫で、割れ目に俺の屹立を沿わせる。
その瞬間に日車の身体が分かりやすく震えたが、それは無視したまま項に齧り付いた。くっきりと残った噛み跡を撫で、一際息を荒くし下半身を押し付けた俺の下から聞こえてきたのは、押し殺したような息遣いだった。
そりゃあお互い男同士、準備もなしに最後まで出来るものではない。微かに残った冷静さを取り戻した俺たちは、それ以上何の言葉も発せないまま次の日を迎えた。
あんな別れ方をして、正直顔も見たくないと言われても仕方がないとは思っていたが、次の機会は案外すぐに訪れるもので。
飲みに行かないか、そんな誘いに二つ返事で頷いて、どうせなら今度は、と俺の家に呼んだ。
何がしたいかは知らんが、ロクな理由じゃないことは確かだろう。俺は酒もそこそこに、隣に居座る野良猫をどうしてやろうか考えていた。
「君の手は…男らしいな」
「…そーですか」
色んな話をしながら2時間ほど飲んだ後、案の定日車は酔い始めて。あの時もそうだったなんてことは、思い出したくなかった。
俺の肩にこてんと乗せられる重み。互いの吐息までが聞こえてきそうな距離に、心臓が嫌な音を立てる。
「骨格もそうだが…ほら、この傷とか。人を守り続けてきた、優しい手だ」
「………クソッ」
ついには絡まる指の感触と耳元で囁かれる声が堪らなくなって、俺は力いっぱい日車の身体を引き剥がした。
「っはぁ…お前はさ、何がしたいの?あんなことしてきた相手と二人で飲もうなんてさ。ましてやこんなん、襲ってくれって言ってるようなもんじゃねぇか…」
頭を軽く抱えながら小さな声で呟く。自分でも分かるほど身体は熱を持っていて、それはきっと酒のせいだけではなかった。
日車は俺の表情を見て、からかうように笑う。相変わらずコイツが何を考えているかは、俺には分からなかった。
「…すまない。今日は君と、賭けをしたかったんだ」
そんな唐突に吐き出された言葉に俺が呆気に取られていると、日車は自分のポケットから小さなコインを取り出した。
「コイントスだ。簡単だろ?」
「んな唐突な…てゆーかお前の口から『賭け』なんて言葉が出ること自体驚きだよ」
「…別に金品を賭けようと言っているんじゃない。そうだな…例えば、」
日車はそこで言葉を区切って、俺の頬に手を置いた。添えられた親指が顎のラインを撫でて、擦りつける。
「勝った方の言うことを、何でも一つだけ聞く…とか」
何でも、という甘い響きに思わずごくりと唾を飲む。その反応を楽しむように、日車はそっと目を細めた。
「君にとっても悪い話じゃないと思うんだが」
まんまとドツボにハマってしまった俺は頭の中で唸り声を上げ、少し経った後に口を開いた。
「………お前の、して欲しいことは?俺が乗るかは…それ次第による」
俺だって何でもかんでも悪ノリに付き合える訳じゃない。どんな無理難題を吹っ掛けられるのか、心の準備だって必要だ。
「…先に言ってしまっては面白味に欠けるだろ。だが、それで君が降りてしまうようなら元も子もない」
はぁ…と溜息を吐いた日車の、惚けた目が俺を捉える。
「一晩だけ、俺を抱いてくれないか。勿論支度はしてある。君の手を煩わせることはない」
「…………は?」
「これが俺の望みだ。どうする?日下部」
いやいや、どうすると言われましても。俺の開いた口は塞がりそうになく、間抜けな面をしているのが自分でも分かる。
流石にぶっ飛びすぎてんだろ…とも思うが、それよりも、気になること。
「お前って、俺のこと好きなの」
「……さあ?どうだろうな」
悪戯そうにはぐらかされ、俺の血管がぷつりと切れた。くそっ、と口に出しながら、日車の肩を掴む。振り回されてばっかりは、性に合わねーから。
「じゃあ俺が勝ったら、一晩じゃ満足できないくらい、滅茶苦茶に抱いてやるよ。……で、やるんだろ?」
目の前の日車は分かりやすく動揺し始めて、俺は内心ほくそ笑む。そーそー、その顔が見たかったの。散々俺のことを翻弄したアイツの困り顔を見るのは、かなり愉快だった。
「君という奴は…」
「知らねーよ。何でも一つだけ聞く…ってお前が言い出したんだろ?」
あー畜生。そんな顔を可愛いと思っちまう俺もきっと手遅れだ。一晩だけで、終わらせたくないと思っちまうくらいには。
「…分かっている。じゃあ、いくぞ」
指の上を挟むように置かれたコインが親指で高く弾かれた。思っていたよりずっと高く宙を舞ったそれは、綺麗に手の甲に着地する。
落ちた面は見えない。ここからは、運と読み合い。
表か裏か。もしくは───。
「さあ、一勝負といこうか」
日車は俺を見つめたまま、小さく口角を上げた。
イケナイ大人の遣り取りが素晴らしいです!カッコいい😍文章から漂う色気が半端ない🥰