light
The Works "しあわせのいろ" is tagged "虎日" and "腐術廻戦".
しあわせのいろ/Novel by 卜部

しあわせのいろ

3,620 character(s)7 mins

虎日です。遅刻してしまいましたがプロポーズの日によせて。いつも通り虎日ちゃんのテーマは「ハピエン地獄に落ちろ」です

1
white
horizontal

 二十歳だ。俺は今年、やっと二十歳になる。十八歳まで成人が引き下がった恩恵に乗れなかった俺は、二十歳で成人だけど、その代わり酒も(飲めるかな)煙草も(吸わないけど)同時に解禁になる。これは強みだと思うし何より、今までここだと思っていたゴールに思ったように飛び込めた満足感がある。
 やった! やった! って、昨日は叫んだ。叫びながら帰った。任務を多めに受けて、隙間時間は力仕事で即金受け取って、コツコツ貯めたお金の使い道なんて、今日という日のメインイベントのための小道具と言うか、メインウェポンというか、それのためでしかない。いろいろ相談して一から作ってもらったそれを、昨日引き取ってきた。
 店の中で見たきり、中を確かめることはしてない、というか出来ない。思いが溢れすぎて出来ない「それ」は、果たして目的を達成出来るのだろうか。不安はある。言質は取った、と思う。四年前に。でも不安がないわけじゃない。
 お前らしいが、本当に大丈夫か? と伏黒には言われたし、いいんじゃない? と釘崎には言ってもらった。何にしろ俺を心配してくれる級友(というか親友、戦友、心強い仲間)に、俺は感謝しつつ今日という日を迎えている。
 レストランの予約、とも思ったけど、身の丈に合わない気がしたので、今日の水族館デートの昼食の時に渡すことに決めた。華奢で小さな入れ物は濃い緑色。ネクタイの色だ。その色好きなの? と内心バクバクしながら聞いた言葉は、肯定で返されているから、それであってると思う。
「日車!」
「何だ、虎杖」
「魚って何が好き? 俺はサーモン」
「水族館に来たのに食材としての魚の話か。いいだろう。鯖だな」
「あ、俺も鯖好き。焼くと美味いよね」
「味噌煮もいい」
 せっかく水族館に来たのに、目の前にはロマンティックな大水槽があるのに、心が昼食に飛んでいるせいで食べ物の話しか出来ない。それ以外の話題はと言えば、映画だ。
 日車とは何回も一緒に映画を観に行った。俺が好きなのは専らアクションやホラーのB級映画で、日車はヒューマンドラマやノンフィクションが主。ギリ好みのすり合わせが可能なのはアクションだけど、だからといって水族館で映画の話をするかと言えば、しないよな。
「もうすぐギガシャークが公開するんだけどさ」
 それでも何とか振った話でハッとした。
 鮫なら。鮫ならどうだ!?
 水族館の話題として、なかなかイケてるんじゃないか!?
「メガシャークの次がギガシャークか。次はテラシャークにでもなりそうだな」
「あー! ありそう!」
 イケた! よし掴んだ!
 このまま乗り切れれば、昼食のサプライズまで話題を続けられる。映画の話題を続けている限りは、昼食のことを変に意識せずにすみそうだった。俺は内心でガッツポーズを取りながら、日車の隣でギガシャーク(と前作のメガシャーク)の話題を擦り続ける。日車も笑ってくれて、俺は有頂天になった。
「予告観たんだけどさ、ギガシャークはメガシャークの十倍デカいんだって」
「千倍じゃないんだな」
「そんなんもう、島じゃん」
「間違って上陸してしまいそうだ」
 日車が自分で言って想像してしまったのか、遅れて吹き出した。俺も釣られて笑ってしまう。こんな風に毎日毎日、日車といられたらどんなにいいだろう。俺はポケットの中の小さな箱に触れた。これを渡した時、日車はどんな顔をするだろう。喜んでくれたらいい。そうしたらとてつもなく嬉しくて、幸せだ。だから日車、
「結婚して」
 その言葉が、つい、転がり出てしまった。
「あっ……」
 沈黙。日車は、瞳を見開いて黙ったまま、俺の胸元を見ている。日車の視線の定位置だ。俺の目が見れない日車の、視線の定まるところ。そこから日車の視線はさらに下を向いた。頭を傾けて、すっかり下を向いてしまう。
 言質を取ったと思ってたのは、俺だけだったんだろうか。
 四年待ってて。俺はあの時そう言った。
 冬に宿儺を倒して、春に告白した。君に俺は相応しくないとか、君は未成年だとか言う日車に、じゃあ四年待っててって。すくに追いつくからって。
 俺の目が見れないと、頑なにこっちを見ない日車に、それでもいいから、成人したら俺を見てよって、言った。ひと言も俺のことを好きじゃないとは言わない日車に、俺はすっかり言質を取ったと思い込んでいたけど。
 違った、のか。
「……あ」
 ポケットの中の箱を握り締める。小さな箱だ。大切なものを隠しているのに、驚くほど華奢で、小さな箱。それは今の俺みたいで、そのまま消えてしまいたくなる。
「日車……ごめ、」
「虎杖」
 日車の顔が、ゆっくりと俺の方を向いて、ゆっくり、ゆっくりと視線が合わされた。日車は苦しそうだったけど、それでもはっきりと言った。
「謝らないでくれ、虎杖」
「でも俺、日車の気持ちも考えないで、浮かれて、」
「違う。そうじゃないんだ。俺が下を向いたのは、君に言われたことが嫌だったからじゃない」
「じゃあなんで、」
「逆だ……虎杖」
 日車が休日なのに律儀に着込んだスーツのポケットに手を入れる。再び現れた手は、小さな箱を持っていた。華奢で白いビロードの箱。それを日車の大きな手が、ゆっくりと開ける。
「え、何で……」
 箱の中が露わになる。そこには銀色の指輪が窪みに嵌め込まれ、鎮座していた。
「四年だ。君と初めて会ってから、四年。その間に君は、不断の努力で俺との関係を培おうとしてくれた。太陽に向けて顔を上げることの出来なくなった俺を、根気強く、まるで枯れかけた花に水をやるように寄り添い、助けてくれた。正直俺は、未だに君の目を見るのが辛い。その澄み切った夕空のような、揺らぎのない湖面のような琥珀の瞳を見つめるのが怖い。焼かれるような思いがする。だがそれは俺が勝手に君に天秤と剣を持たせているだけだ。君は俺を裁かない。それどころか、君はこの世界で唯一俺を許そうとしてくれる。虎杖、君は俺の、」
 日車はそこまで一気に言うと、言葉を切った。俺はゴクリと息と唾を飲み込み、日車の言葉を促す。辛そうに眇められた目はそれでも、まだ俺を見つめ続けている。
「俺の?」
 日車がゆっくりと目を閉じ、またゆっくりと目を開ける。そこにはもう、迷いや惑いのようなものはなかった。
「光だ。そこには眩しい虚無などない。柔らかな暖かい光がある。それこそが君だ。だから俺は君に向き合わなくてはならない。胸の奥に隠そうとした崇敬も、恋慕も、劣情すらも、俺はもう、君に隠すことはしない」
「日車」
「愛している、虎杖悠仁。此岸にいる間だけでいい。俺と共にこの地獄を歩いてくれ」
 涙が出そうだ。
「日車、俺からも言わせてよ」
「虎杖、」
「彼岸に渡ったとしても、あんたの隣は誰にも譲らんよ」
 四年の間に俺の背丈は日車に届いて、追い越していた。今の俺の視界は、五条先生の目線に近い。それでも見えるものは少なくて、まだまだ俺は、何にも届かない。
 日車の手が壊れ物を扱うように、俺の傷だらけの手を捧げ持った。俺には左手の薬指と小指がない。約束の指輪を嵌める指も、約束を結ぶための指も、彼岸に置いてきた。それを日車は知っている。だから最初から、望まれたのは右手だった。
「右手の中指にする指輪は、魔除けの意味があるんだそうだ。俺の指輪が、君の未来を守れたらと、切に願う」
「日車、俺からも、これ」
 俺はポケットから握っていた箱を取り出した。内側にエメラルドを埋め込んだ、プラチナの指輪が入った小さな箱。緑が好きで、緑が似合う日車にと、俺が選んだ指輪と箱だった。
「日車、左手出して」
 平日の水族館の大水槽前に人込みはないけど、それなりに人はいる。でもそんなことは構わなかった。むしろ、みんなが見ればいいと思った。俺が、俺の大好きな人に、約束の指輪を嵌めるのを。
「ねぇ、日車」
「ああ」
「大好き」
 ささやかに、密やかに、手を繋ぐ。指を絡めると、かちりと指輪が擦れ合う音がした。


 あとで知ったんだけど、日車も俺と同じことを考えていて、内側に宝石が埋め込まれていた。
 アクアマリン。三月の誕生石だって言われて、そう言えば俺はそんなことなんて気にせずに、エメラルドに決めてしまったことを謝った。
「謝らないでくれ。緑が好きなことを覚えていてくれて、嬉しかった」
「釘崎に聞いたけど、三月の石って他にもあるんだろ? 何でこれにしたんだ?」
「君は俺の光だ。そして光は空と海に映る。だからこれだと思ったんだ」
 聞いて後悔した。何それ。何だよそれ。めちゃくちゃ格好いい。
「日車ってさ、実はめちゃくちゃ気障だよな」
「そうかも知れないが、こんな風に言葉を尽くしたのは君が初めてだから、分からないな」
 日車が笑った。俺も笑った。
 幸せだ、と思った。

Comments

  • 菅流@芋づる式
    Jun 8th
Potentially sensitive contents will not be featured in the list.
© pixiv
Popular illust tags
Popular novel tags