現実生活のなかで苦悩する人にとって、法華経がどれほど役に立つ教えであるかを実践的に解き明かしている経典です。あらためて法華経のもつ偉大な力を認識していただき、共に学んでいければ嬉しいです
まずは一歩一歩
このように法華経は、キリスト教のように頭から「神を信じよ」と命令口調ではいわない。あくまでも一歩一歩、その人が真理についてどの程度理解しているかによって、真理を悟らせようとする
そして、少しずつ仏の存在を理解することの喜びを、事実でもってわからせようとする
このため、法華経では教えを説く順序も教えを請(こ)う人の信仰がどの程度であるかという段階を追って示されている
釈尊は、この世の中に見えざる真理があり、その真理がこの世におけるほんとうの真理であることを示すために、人間界に出現した。このことを「一大因縁事(いちだいいんねんじ)」と呼んでいる
この一大事因縁事によってこの世に出現した釈尊だが、最初のうちはさまざまな人のさまざまな考え方のちがいにはばまれて、なかなか真理を説くことができなかった そこで人びとに真理を教える順序を考え出した。それが「示教利喜」(じきょうりき)である
これはどういうことかというと、真理の存在を知らない人に向かって、急に深遠(しんえん)な真理を説いてもわからない そこでまず真理のだいたいの意味を示しておく。これが「示」である。
次に、もし相手が示された真理に魅力を感じ、心を動かすようなら、今度はある程度真理を教える。これが「教」である。
さらに、その人がその教えのとうりに実行してみたとき、現実に利益が得られるようにしむけてやる。これが「利」である。
そして、最後には、数々の利益を与えて、その人の人生を喜びに満ちたものにする。これが「喜」である。
つまり法華経は、いくら真理を知るこつがたいせつだからといって、強制的に頭ごなしに、「ともかく信じろ」とはいわない。その人のおかれている状況にしたがって、少しずつ真理の存在を気づかせていく方法をとっている
さらに、その人が真理を知るにしたがって、実際、人生がよい方向へと向かうように、少しずつ利益をさずけていく
そして、この利益を得て、その人は実際に幸福になっていくので、いよいよ真理を探究するのに熱意がこもる、というわけだ❕
これは、法華経がほんとうに神通力をもち、奇跡を起せるということの自信なくしてはできないことだろう。
このことから見ても、法華経こそ、人生を喜びと奇跡に満ちたものにできる卓越(たくえつ)した教えであるということがわかるのである。
人生に救い”法華経の奇跡” 信じられない何かか起きる(謝世輝著)参照から
次回につづく
追記、法華経を受持された人しか実感できない内容になりますが、頭での理解では到底無理です 学問頭では菩薩行は無縁です
前世、今世、来世と悟られている方が、今というこの瞬間に気づくと思います
法華経は釈尊の肉声の教え、経典です。 是非とも、
釈尊のご慈悲を体験してみてください(西洲)
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真実は一つ!!