アニメの続きが気になったのと、そうして原作についてググったら、なんだかアニメと大分雰囲気が違うという見解がチラホラ見られたので、原作、読んでみた。
で。
うん、これは原作のほうが全然いい。
原作のほうは、表現に緩急がきっちりあって、つまり、ギャグとシリアスの使い分けとか、しんみり・ほっこりする場面ととことんギスギスする場面が適宜切り替わったりして、結果、物語に奥行きがある。
なにより、アニメのように、いのり一人の努力と根性!みたいな話になっていない。
いのりだけでなく、光の内面の葛藤もあるし、司のひねくれた自己認識の低さ問題があったり、あとは夜鷹純がちゃんとダークヒーローしていたりw
それに、やっぱりそう来たかと思ったのは、いのりの姉である実叶とのからみで、いるかちゃんがなんだかんだいって、いのりの氷上の姉!みたいな位置づけになってきたり。
とにかく人間関係が多彩だし重層的。
なのに、アニメは全然それが描けていない。
多分、それは、あのツルッとしたCGならびにCGでの動きに合わせたキャラデザや、CGの動きが浮かないように全体的な背景のトーンを明るめに設定していることも影響していると思う。
要は、原作にある陰陽の使い分けがない。
だから、内面に自然と踏み込めない。
あとはそうだな、やっぱり、脚本が花田十輝のせいか、ラブライブっぽい美少女オーディションのトーンに収まっているのも、全体をつまらなくしていると感じた。
原作はもっと破天荒だよね。
あと、フィギュアの世界を当初から大人の都合も含めて出来上がった陰湿な狭いコミュニティであることに結構執着している。
芸能界とプロスポーツ界を足して2で割ったようなだらしなさ。
そのくせ、レッスン費用や競技場インフラの都合から決して貧乏人ができるようなスポーツではないことが最初から明確にされている。
司なんて完全に貧乏枠で、加護家という篤志家がいなかったらとうの昔に路上死しているレベルだしw
でも、その金持ちの道楽的セレブ世界であることを原作は包み隠さず描いているのがいい。
その枠組の中で、たまたま身体能力があった人が居場所を探してなんとかしがみつことうしているところとか。
そのうえで、子どもの選手と大人の指導者、という2つの社会常識が交差するところも。
なにげに、こどもの教育ネタが多いのも、ときどきホッコリさせられるところだし、その分、結構なレベルで社会派だったりする。
で、物語的に面白いなぁ、と思ったのは、やっぱり、光が、いのりの中に夜鷹純と同じ情念を見ているところ。
実は、どうして光があんなにいのりに執着しているのだろう、しかも初めて出会った頃から?と思っていたのだけど、それは、いのりが夜鷹純の生まれ変わりみたいな人だったから。
でも、さらに面白いのは、その類似性を一発で見抜いてしまうくらい、光の目がいいことなのだけど、その「一瞥だけで動作を再現できるもほどの観察眼の高さ」という能力が、実は司と同類のものであるということで。
この「いのり✕司」組と「光✕純」組の捻れた関係性が、このあと物語的にも一回ねじれるような気がしていて。
いやー、はっきりいうと、どこかで、いのりが夜鷹純の指導を受けることを選択して、その一方で、光が司の指導で立ち直る、なんていう、ペアの入れ替え、があるんじゃないかと思っているw
ということで、原作の続きは楽しみw
アニメは、まぁ、ぼちぼちかなぁ。。。