いや、ほんと、いつの間にか
明浦路司の人生における様々な障害、
周りの大人の何気ない言葉の刃、
それを罪の意識で受け入れ飲み込む司の心情、
・・・
といった「告白」がてんこ盛りの話になって。
その話を聞く、というかむりやり吐露させた加護さんが、タイトル通り「牧師」のようだった。
だから、司は子羊。
で、そうしていろいろなものを溜め込んで滅茶苦茶な人生をここまで送ってきた司が、自分にとって望んでいた理想の大人のコーチを無理やり演じようとしたことで、今度は、その圧を、いのり、に転移させて、逆に、いのりの方は、頑張らなくちゃ症候群にかかってしまった。
いのりの目標が、司を幸せにすることに変わってしまった、という。
・・・
いやー、これ、どうするの?
正直、こんな「まとめ」では済まないくらい、余白がありまくりの司の告白で、これ、もう、どう考えてもアニメ化無理だよね?
ていうかこんな鬱な話を、あの絵柄で実現するのは無理があるでしょ?
これ、もしかして原作者は、自分の作品を、あんないかにも「ラブライブ」風の少女が頑張って前に進むような「元気頑張る系」の話にされたことに、ものすごく腹が立って、抵抗しているのかもしれない。
少なくとも、すぐお涙頂戴ものにする花田十輝にはもう、シリーズ構成を任せられないということなのだろうな。
しかし、にしても。
いるかちゃんが怪我をしたあたりからの話が、とにかく作品全体が闇落ちしたようなダーク、というか陰鬱極まりないものになっていて、もう、そこかしこに心の闇がありすぎてツライ。
ていうか、今回の加護さんの司に向けた助言って、もうそれ完全に説教で、加護の中に強固なケア思想のフレームが事前になければ、こんな社会の善悪を俯瞰したうえでの質問や助言は出てこないよね。
いや、だから、彼は当初から、自分の会社を持つ経営者という設定だったのかもしれないけれど。
大きく捉えれば、スポーツ選手のような、成功が限りなく個人の才能や努力に帰着して、それゆえ、選手の心の管理が、究極的に本人自身と周りにいる極小数のものに限られる世界で、それゆえ、しばしば、袋小路に陥る世界に対して、加護のような多数の社員を抱え、多数の協力会社とともに事業を進め、それを日々の生活の糧にしている「社会の闇に気づいた人」が、むりやり切り込んでいく構図。
それを「牧師と子羊」に例える。
ただ、それにしても重い。
というか、司の人生が、あまりにも陰惨で、これで20代ってあまりに不憫。
しかも彼を取り巻く小さな悪意が、どれもこれも発した本人たちからすれば、主観的には善意(もちろん自己の利益も勘案したうえでのもの)からでたものであることが、言われた側の司が、否定できない圧をうみだして、たちが悪い。
・・・
うーん、これでも全然今回の内容の理解には説明が足りないなぁ。
ガチで「ケア」の話・・・なんだよねー。
もう少し消化したら、なにか書くかもしれないけれど。
それにしたって重い。
読むですらつらい。
ほんと、これ、アニメ化、絶対できないよな。
ていうか、単なる構成だけでなく、それこそ役者の力量も問われるから。
生半可な気持ちではアニメ化不能な中身。
どうするんだ、これ?