東洋経済オンラインとは
政治・経済・投資

建設費高騰は「資材高」のせいだけではない…再開発も公共工事も止まる"施工能力不足"の深刻実態

8分で読める
(写真:今井康一)

INDEX

都市再開発事業の見直しや公共工事発注の入札不調が相次いでいる原因は、建設業の施工能力の低下にある。需給バランスが崩れたことで建設業者は施工能力に合わせて受注量を調整せざるをえない状況に陥っており、建設費へのインフレ圧力を強めている。

施工能力の低下を示す指標が建築着工床面積だ。建設費の上昇で投資額は増え続けている一方で、着工床面積は2025年度実績で、1963年度以来、62年ぶりに1億㎡の大台を割り込んだ。バブル経済期の1990年度に2.8億㎡のピークを記録したが、現在は高度経済成長期前の水準に逆戻りしたことになる。

高市政権は「強い経済」の実現に向けて、2040年度までに官民で総額370兆円超を投資する計画をまとめたが、みずほリサーチ&テクノロジーズのエグゼクティブエコノミストの門間一夫氏(元日本銀行理事)は「建設業の施工能力の不足が経済成長のボトルネックになる可能性がある」との懸念を示す。半導体やAI(人工知能)の強化に不可欠な工場やデータセンターなどの建設工事にも支障をきたすことになるからだ。

はたして建設市場の需給バランスを改善して建設費を適正化することは可能なのか。建設業の施工能力低下の背景と対応策を探る。

需要旺盛なのに供給が減り続けている

一般的に供給の減少は需要が低下しているためと考えられがちだが、グラフに示すように住宅・非住宅を合わせた建築投資額は1990年の不動産バブル期並みに増え続けているにもかかわらず、着工床面積が減少し続けている。需要が旺盛にもかかわらず、供給が減り続けている状況だ。

その原因は、人手不足によって建設業の施工能力が低下しているためと考えざるをえない。長年、建設業界を取材しているが、3、4年前からゼネコン各社から「専門工事会社が捕まらないから工事が受注できない」という声をよく聞くようになった。最近でも工事現場に配置が義務付けられている専任技術者の確保が「受注獲得のネックになっている」(大東建託)との声まで出ている。

2/5 PAGES

建設業では、人口減少と高齢化が進む中で高齢者や外国人労働者の雇用で人材を確保してきた。しかし、2020年代になって団塊世代の建設技能者が後期高齢者となって続々とリタイアし、人手不足に拍車がかかった。加えて、建設業界が週休二日制導入に向けて、2019年度から始めた「4週8閉所(4週のうち8日間は現場作業所を閉じる)」の取り組みがグラフで示すように浸透。「現場の稼働日が減った影響も大きい」(建材メーカー首脳)という。

ゼネコン危機が残した「後遺症」とは

建設業の人手不足は、ゼネコン危機が生じた1997年からリーマンショック(2008年)後の2010年までの14年間、建設投資額が右肩下がりで減少したことが大きく影響している。名目建築投資額は1996年の45.8兆円から2010年の22.0兆円に半減。それに応じて、建築着工床面積も2.6億㎡から1.2億㎡と大幅に縮小した。加えて、小泉純一郎政権時代の公共事業費削減で、名目土木投資額も2001年の30.5兆円から2007年には20兆円を割り込んだ。

国内建設投資の急激な減少で、受注競争が激化し、安値受注が横行した。供給過剰となったゼネコンではリストラが始まり、そのしわ寄せが立場の弱い建設技能者を直撃。賃金低下などの処遇悪化を招き、新規雇用も絞られてきた。2010年頃には、時給500円の「ワンコイン大工」まで登場する事態となった。

製造業では需要に合わせて工場・設備などの生産調整がしばしば行われるが、建設業のような労働集約型産業では人員を削減するしかない。その後遺症が、建設業を苦しめることになる。いざ需要が回復しても人材の確保・育成には時間がかかるため、簡単には元に戻らないからだ。

3/5 PAGES

2011年に東日本大震災が発生し、13年に東京オリンピック2020の招致が決定すると、建設需要は増加基調に転じた。建築着工床面積も2013年度には1.48億㎡まで回復したが、当時、ゼネコンは施工能力の強化には慎重だった。東京五輪特需が終われば建設需要が再び減少するとの見方もあったためだ。しかし、その後も名目投資額が増えているが、着工床面積はジリジリと減り続けてきた。

建設需要の将来予測は人口減少によって減少し続けるとの見方がある一方で、東京五輪のようなビッグイベントや東日本大震災などの大規模災害が発生すると需要が一気に増大して施工能力不足が表面化する。2025年に開催された大阪万博でも工期遅れで、開幕に間に合わないパビリオンが発生した。

2年半前に書いた記事「大阪万博『工事遅れ』背景に施工能力不足の深刻―大規模災害の復旧復興への対応をどうするか」でも、建設市場では"需要と供給の逆転現象"が起こりつつあると指摘した。その現象が、都市再開発事業や公共事業など全国各地の建設工事へと影響が広がっている。

大手ゼネコンが「デフレ前提型」見積もりから脱却

人手不足を解消するには、まずは人材確保のために建設労働者の処遇を改善する必要がある。最大の発注者でもある国土交通省では、建設業界と協力して建設技能労働者の処遇改善の対策に取り組んできた。2025年12月に施行された改正建設業法では、技能労働者の適正な賃金水準を示す「標準労務費」が設定され、もう一段の賃金アップが見込まれている。

適正な賃金を確保するには、元請け事業者であるゼネコンが受注段階で適正な労務費を確保して専門工事会社の技能労働者に賃金を行き渡らせなければならない。それには建設費の見積もり方法を見直す必要がある。2026年3月期の大手ゼネコンの業績は軒並み大幅な増益となったが、5月の決算発表会見で理由を聞くと、見積もり方法を「デフレ前提型」から「インフレ想定型」へと見直したことが大きく寄与したという。

4/5 PAGES

建設需要が縮小していたデフレ時代は、価格競争で工事受注を勝ち取るために、賃金は上がらず、資材価格は低下するという「デフレ前提」で工事費を見積もり、施工段階での工夫で何とか利益を確保してきた。そのやり方を変えないままインフレ時代に突入したことで、デフレ想定型で受注した建設工事では、資材価格や労務費の上昇を吸収できずに利益率が悪化。24年3月期決算では清水建設が上場以来初となる営業赤字に転落した。

それらの工事が一巡してインフレ想定型で受注した工事の売り上げが計上できるようになって、ようやくゼネコンの業績が改善してきたわけだ。今後もインフレが続くことが想定されるので、工事費にインフレリスクを適正に反映していくことにしており、大成建設では、限られた施工能力をより利益率の高い工事に振り向けていくことで、もう一段の収益向上を目指す考えだ。

欧米型「オープンブック」方式の普及がカギになる

ゼネコンの見積もり方法の見直しは、発注者からは建設費が急に高騰したように映る。不動産協会が25年11月に日本建設業連合会(日建連)に対して「建築費高騰等の問題に係る緊急申し入れ」を行ったのも、発注者と受注者の間で十分に意思疎通が図られていなかったからだろう。

日本では工事費の見積もり方法を材料費と労務費の内訳を明示せずに工種ごとに一式で計算する方式が長年の慣行となっていた。その見積り額には、インフレリスクや工期の遅れなど様々な不確定要素が事前に盛り込まれているのが前提で、民間工事では契約後に請負金額を見直すことは難しかった。

5/5 PAGES

インフレ経済が続いてきた欧米では、工事原価をオープンにしたうえで適正な利益を加える「オープンブック・コスト+フィー」方式が普及しており、インフレリスクは発注者が負担するのが一般的だ。同方式の詳しい説明は「人手不足の深刻化でインフレが止まらない…建設業は日本独特の商慣習を見直しできるか」で書いた。不動産協会と日建連では今年4月に協議会を設置し、6月1日から建設費高騰問題の話し合いを開始したが、インフレなどのリスクを発注者と受注者でどう分担するのかが論点だろう。

入札不調が9割超――公共工事の予定価格はなぜ合わないのか

公共工事では、建設労働者の処遇改善を図るため、国交省が設計労務単価を引き上げて事業費の予定価格に反映してきた。国交省直轄工事の契約には物価スライド条項が盛り込まれ、インフレリスクに対応できるようになっているが、発注者に増額の必要性を認めてもらう必要がある。地方自治体の工事では議会承認が必要な場合もある。

国の物価調査などで示される賃金や資材価格のデータは過去の実績数値で、これをベースに積算した予定価格では将来のインフレリスクをカバーできない。公共施設整備の入札で、応札者が1社もない「入札不調」や、応札者がいても予定価格を下回らずに落札者が出ない「入札不落」が増えている原因と考えられる。

日本総合研究所が今年5月に発表した公共施設整備に関する自治体アンケート調査では、過去3年間に入札の不調・不落を経験した自治体が9割を超え、その理由は「価格が合わない」が約8割を占めた。日本総研では「入札の公告前から官民が十分に対話することで、市況を踏まえた予定価格を設定することが肝要」と提言している。

建設業の施工能力は、人口減少による人手不足で今後も低下していくと予想される。それが日本の経済成長のボトルネックにならないためには、建設業がデジタル技術やAI(人工知能)などを活用して「労働生産性の向上」に積極的に取り組むための環境を整えていくことが不可欠だろう。はたして建設市場の需給バランスを改善して建設費のインフレ圧力を緩和できるのか――。後編記事「建設業はなぜ人手不足から抜け出せないのか…生産性を上げても技能者が報われにくい日本型発注の限界」で検証する。

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

政治・経済・投資