残念ながらブロックされてしまいました。
本当に伝えたかったのは、「イスラム教徒への偏見を生む原因はイスラムそのものではなく、イスラムの名を利用して暴力や殺害を正当化する過激派の存在ではないのか」ということです。
しかし、ガザの人々を苦しめてきた側面もあるハマスの指導者ヤヒヤ・シンワルを「テロリスト」ではなく「英雄」「抵抗運動の指導者」と見る時点で、暴力を批判する基準が失われてしまっているように感じます。
イスラムフォビアも反ユダヤ主義も、結局は同じ構造です。
複雑な歴史や多様な人々を一つの物語に単純化し、「あの集団はこうだ」と決めつけることから始まります。
決して小さい集団ではないパレスチナ人(イスラム教徒が多数派)も一枚岩ではありません。
だからこそ、ハマスを批判することはパレスチナ人やイスラム教徒を否定することではありません。(実際ガザ内でもハマスを批判する声は聞こえ出している)
むしろ、過激派によって利用される宗教や民族全体を守るためにも、暴力を正当化する言説には向き合う必要がイスラム教徒にはあるのではとも思います。