高市首相の悲願「スパイ防止法」を後押しする「幻のプロパガンダ映画」の配信がスタート…39年前の反共映画を解き明かしてわかった「自民党、勝共連合、右派映画人」の知られざる結束

スパイ防止法をめぐる是非が、ふたたび活発になっている。2025年10月に日本初の女性総理大臣となった高市早苗は「外国勢力の諜報活動を取り締まるための法律」、すなわちスパイ防止法の制定に意欲を示しており、自民党だけでなく日本維新の会などの政党も積極的だ。

今年5月には国家情報会議設置法が成立し、日本のインテリジェンス(情報収集・分析)の司令塔として内閣官房の内閣情報調査室が国家情報局に格上げされようとしている。いっぽうスパイ防止法をめぐっては、戦前の治安維持法同様に「個人の思想・信条やプライバシーを侵害する」という懸念から強い反発も起きており、かつて自民党が推し進めようとしながら廃案となった過去もある。

そしてスパイ防止法の議論の高まりと合わせるかのように『暗号名 黒猫を追え!』(87年)という幻のプロパガンダ映画の配信がAmazon Prime VideoやU-NEXTなどで始まった。本作の現在の権利元は「スパイ防止法制定促進国民会議」、旧統一教会や国際勝共連合とも関わりの深い政治団体だ。

なぜ『黒猫を追え!』が復活したのか。「映画のことだけならば」という条件つきで、現代ビジネスの独占取材が実現。キーパーソンに話を聞いた。

黒猫ポスター
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スパイ防止法の制定を目的としたプロパガンダ

まず『暗号名 黒猫を追え!』について解説しよう。暗号名と書いて「コードネーム」、黒猫と書いて「ブラックキャット」と読ませる本作は、日常にとけ込み、あらゆる手段で国家の重要機密を奪おうとする共産圏のスパイ・工作員と公安警察の暗闘を描いたサスペンスアクションだ。

キャストは柴俊夫、国広富之、榎木孝明、高岡健二、田中美佐子、本郷功次郎、山村聰ほか。クライマックスの海上追跡劇にはヘリコプター2機と船舶2隻を駆使しており、かなりの予算が費やされたことがわかる。

©スパイ防止法制定促進国民会議
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監督は娯楽映画の大ベテラン・井上梅次、その最後の作品となった『黒猫を追え!』は商業映画の装いながらスパイ防止法の制定を目的としたプロパガンダとして企画され、長年いわくつきの「封印作品」として語られてきた。

1980年代、親米保守をベースにした自民党・中曽根康弘内閣、国際勝共連合、スパイ防止法制定促進国民会議(議長:宇野精一東大名誉教授)などは「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」(スパイ防止法/国家秘密法)の制定を推進。“スパイ天国日本”をアピールし、85年、国会に提出するも野党とメディアの抵抗によって廃案となった。

「国家秘密をスパイから守るという名目で言論、報道、表現の自由を大きく規制する危険あり」として新聞協会、民放連、日弁連がこぞって反対を表明し、とくに朝日新聞と赤旗が大々的なキャンペーンを展開。いっぽう廃案後の巻き返しとして、スパイ防止法の必要性を啓蒙するためのプロパガンダ映画が誕生した。製作は、これ一本きりという謎の組織「プロダクションU」である。

©スパイ防止法制定促進国民会議
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しかし、この『黒猫を追え!』、一般の劇場では公開されず、いわゆる「お蔵入り」扱いで、幻の映画として語られてきた。やがて封印作品ブームで一部の注目を集め、2008年、スパイ防止法制定促進国民会議によるDVD化(通販のみ)をきっかけに、名画座・シネマヴェーラ渋谷のカルト映画特集「妄執、異形の人々Ⅲ」で上映されたのが、21年目にして初の劇場公開となった。

封印の理由は、スパイ防止法反対派による抗議と伝えられている。シネマヴェーラの作品解説には「上映阻止の反対運動を受け映画館での上映を果たすことはできなかった」とあり、オカルトニュースメディア・TOCANAのコラムでは「各地で上映反対運動が起きた」「全国の劇場が上映を拒否」とスケールアップ。各種の封印特集で取り上げられる定番作品であり、かつて特撮ヒーローを演じた俳優陣が揃っていることやアニメーション美術監督の海老沢一男がポスターのイラストを担当したことからマニアの間で話題になることも多い。

『黒猫を追え!』の音楽を担当した都倉俊一も『週刊新潮』の連載エッセイ「マイ・フレーズ」(08年6月26日号)に、自民党の支持組織から「映画の製作に援助があったらしい」と書き、一般上映されなかった理由を「やはり背景にあの「スパイ防止法案」に絡んだ政治的な動きがあったのだろう」と推測している。

果たして、そうなのか──。結論から書くと、映画館が上映を拒否した形跡はなく、反対派による抗議もほとんど見当たらなかった。1987年6月23日、東京商工会議所のホールで披露されたのち、全国で自主上映会が行われている。

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