「愛子天皇」待望論をガン無視…旧宮家養子案を進める麻生太郎氏らの〈本当の狙い〉
約7割の国民が女性天皇を容認し「愛子天皇」待望論が高まる中、なぜ麻生太郎氏をはじめとする保守系政治家は「旧宮家の男系男子」養子案を推進するのか?そこには、明治時代から続く権力者の恐るべきカラクリが隠されていました。国民の声を無視して進む皇室典範改正の“本当の狙い”に迫ります。(ノンフィクションライター 窪田順生) 【画像】天皇、皇后両陛下の長女愛子さまと会話を交わされる、皇位継承順位第2位の秋篠宮家の長男悠仁さま この記事の著者・窪田順生さんをフォローするか、連載〈情報戦の裏側〉をフォローすると最新記事の通知がメールで届きます。リンク先の「+フォロー」ボタンをクリックしてください ● 無視される「愛子天皇」待望論 「男系男子」は誰のためか? 各種世論調査で女性天皇を容認する声が約7割に上るのに、「愛子天皇」につながる女性・女系天皇の制度化は、今回の皇族数確保策の議論では正面から扱われずに葬り去られてしまうようだ。 6月10日、皇族数確保を巡る与野党全体会議が開かれ、女性皇族が結婚後も身分を保持する案と旧宮家の男系男子を養子として皇室に迎える案をいずれも「了」とした「立法府の総意」が認められたのだ。 この「立法府の総意」に基づいて、政府が皇室典範改正案をつくり、衆参正副議長側は今国会中の成立を目指しており、政府も早急に法案作成に着手する方針を示している。 自民党内の議論をリードしてきた「安定的な皇位継承の確保に関する懇談会」の会長で、高市首相の「後見人」でもある麻生太郎自民党副総裁が「何としても今国会で皇室典範の改正を成し遂げたい」と気を吐いているからだ。 そんななかで、ネットやSNSがザワつく展開があった。天皇陛下が6月11日の記者会見で「制度に関する事項についての言及は控えたい」としながらも、次のようなご要望を口にされたのだ。
「皇室のあり方や活動の基本は、国民の幸福を常に願い、国民と苦楽をともにすることだと考えており、こうした皇族数の確保のあり方についての議論においても、国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります」 これが「国民の総意」を無視する立法府への問題提起ではないかと憶測を呼んでいるのだ。もちろん、陛下の真意は定かではないが、多くの国民が望んでいる女性天皇や女系天皇についてロクに議論せず、旧宮家の皇室復帰をゴリ押しすることに違和感を覚える人も多いだろう。 そこでよく保守派の皆さんが主張するのは、2600年以上と世界で最も古く「例外なく男系」で「万世一系」を続けてきた天皇家の尊い血筋を守るため、というストーリーだ。 彼らにとって旧宮家復帰案は、男系継承という皇室の伝統を維持しつつ、悠仁親王殿下の世代で危ぶまれる皇族数を補うための現実的な解だと位置づけられている。養子となった本人には即座に継承資格を与えず、その後に生まれた子に認めるという段階的な設計であれば、現在進行形の継承順位への影響も最小限に留められるからだ。 かつて皇族だった歴史的な連続性がある家系だからこそ、復帰には正当性があるという見方も根強い。ただ一度の例外もない男系による皇位継承という、世界に類を見ない伝統に対して謙虚であるべきだというのだ。 だが、神武天皇以来2600年以上続くとされる皇統の歴史のうち、少なくとも初期部分については現代の歴史学・考古学では史実として確認されていない。 ● 男系男子の皇統を守ることで 権力者が享受する恩恵 昭和天皇の弟で、歴史学者の三笠宮崇仁親王は「神武天皇即位の日」として戦前の祝日だった「紀元節」(現在の建国記念の日)を復活させる動きに反対した。その際に「歴史研究者として、架空の年代を国の権威をもって国民におしつけるような企てに対しあくまで反対する」と述べたという(朝日新聞 2016年10月27日)。 また古代以降、天皇は時の権力者によってさまざまな形で利用され、時には流刑などの憂き目にあってきた。長い皇室の歴史の中では、遠い血筋から即位した天皇もいる。 日本人の多くは、こういう天皇の歴史を学校教育や教養として、なんとなく理解をしている。なので保守系政治家が唱えるような「男系男子による皇統」にこだわる人は少ない。 陛下が会見でおっしゃられたように、「国民の幸福を常に願い、国民と苦楽をともにする」ということにこそ「象徴天皇」の存在意義があると国民は感じている。だから女系天皇や女性天皇に賛成する人が多数を占め、愛子天皇待望論が盛り上がっているのだ。 しかし、そんな「民意」と180度真逆の主張をするのが麻生氏らをはじめとする保守系政治家だ。 選挙では「我々は民意の代弁者」などと言うわりに、このような国民の声を無視して「万世一系」「男系天皇」と叫んでいる。 では、天皇のあり方についての意識が、国民と政治家でここまで大きくかけ離れてしまうのはなぜか。いろいろな意見があるだろうが、根本的なところでは、政治家が大衆を統治していく際、天皇が「2600年続く世界最古のやんごとなき血筋の一族」のほうが何かと便利だからではないかと思っている。 「貴様!保守政治家を侮辱する気か」とハラワタが煮えくり返っている人も多いかもしれないが、日本の近代史を振り返れば、時の権力者たちが「天皇の権威」を国家運営に利用してきたのは、動かし難い事実だ。 わかりやすいのは、麻生氏の高祖父の大久保利通である。 ご存じのように、大久保は西郷隆盛や岩倉具視とともに明治維新の中心的な人物だが、言ってしまうとこれは「軍事クーデター」なので、新政府をつくったところで、下級武士に過ぎなかった大久保らに全国の大名や庶民が素直に従うわけがない。 そこで大久保がやったのは「天皇」の政治利用だ。1867年、15歳だった明治天皇を担ぎ上げて「王政復古の大号令」を発して「諸事、神武創業の始めに基づき」と高らかに宣言をした。 つまり、徳川300年の天下泰平の世の中で、天皇の存在をあまり気にかけていなかった日本人の意識をリセットして「日本=神武天皇から続く神の国」というリブランディングを始めたのである。 この大久保らが進めた「天皇の神格化運動」によって、明治政府の政治家は「太古の昔から続く神の系譜である天皇に政治権力を取り戻した忠臣」というお墨付きを得て、国民も従うようになった。 ちなみに皇統の連続性や男系継承を重んじる考え方を「万世一系」や「男系男子継承」として近代国家の法制度と結びつけ、強く制度化・政治理念化したのは明治国家だった。現在、皇室にまつわる議論で唱えられている「伝統」の多くもこの時生まれたものである。 この「天皇の神格化」を用いた国家運営は、敗戦によって一度は終焉を迎える。しかし、その後に戦後復興を進めた政治家も官僚もすべて戦時体制下でこのスキームを用いていた人々なので、喉元過ぎればなんとやらで、しばらくすると大久保スタイルで「天皇の神格化」をしれっと進めていく。