自閉スペクトラム症の息子が国立大医学部に現役合格し、国家試験も合格。医師でもある母が続けたルーティン
ASD(自閉スペクトラム症)の特性を持つ子どもは、学びや日常生活のなかでつまずきを経験することも少なくありません。興味の偏りや集中の波など、その特性は一人ひとり異なり、親としてどう支えればよいのか悩む場面も多くあります。 3000人以上の発達障害児を診てきた医師が伝える「親も子も幸せになる」育て方 こうした子どもへの関わり方についてヒントを与えてくれるのが、『3000人の発達障害の子を診察してきた医師が教える ASD(自閉スペクトラム症)・グレーゾーンの子どもをありのまま育てる方法』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)です。3000人以上の発達障害の子どもたちを診てきた医師・星野歩さんが、自身の息子さんもASD(自閉スペクトラム症)である経験を持ちながら、医師としての知見と親としての実感の両面から、「親も子も幸せになる」ための関わり方を伝えています。 前編【医師でもある母が語る、落ち着いて教科書を開けなかった自閉スペクトラム症の息子が、小4で”勉強にハマった理由”】では、息子さんの発達障害の特性を受け入れ、治療を始めたことで、学びや日常にどのような変化が生まれていったのかをご紹介しました。後編では、息子さんが「医師になりたい」という夢を抱き、現役で国立大学医学部に合格し、医師国家試験に合格するまでの歩みを抜粋してお伝えします。
行動力がよい方向に開花した大学時代
いつの頃からか、息子は医学部に進学して医師になりたいと言うようになりました。人の気持ちを理解できないのはなぜなのか、そのために脳の仕組みの研究をしたい、と。中学校・高校で5回も骨折し、病院がより身近で頼りになる存在であること、親が医師であり本人にとってはわかりやすい職業だったのでしょう。 中学校からは、同じように国公立大学の医学部を目指す友達と一緒に学べていたことが本人にとっては環境的によかったのだとも思います。朝早くの補習も夜遅くまでの塾も一度も休まず、毎日自転車で一人通い続けました。目標がはっきりしていれば、誰よりもがんばり屋でコツコツと続けられる精神を持っているのがASD児の特徴です。タロウは、自分の特性を十分に発揮した結果、現役で国立大学の医学部に合格しました。 大学は、理解者が多く居心地のよかった中高6年間とは、大きく異なる環境となりました。決まったルールややり方へのこだわりの強い息子にとって、時間割は学生ごとに異なり、授業のたびにクラスのメンバーが変わるという定型性がない大学生活は、当初はあまり居心地がよくありませんでした。講義の予定が頻繁に変わったりするのも、臨機応変な対応が難しいタロウにとっては混乱のもとでした。新しいクラスメートからはちょっと変わった人と見られ、浮いた存在だったようです。 また、大学は学業を習得する場であり、小中高の先生方のように手厚く面倒を見てくれるわけではありません。教授にも平気でズケズケとものを言ったり、何か指摘されても絶対に自分の意見を曲げなかったりして驚かれ、関係がギクシャクすることもしょっちゅうでした。 あるとき、抽選制で入れる人気の講義があり、応募したところ抽選に落ちたことがありました。普通ならそこであきらめるものですが、納得のいかない息子は「自分はこういう理由で、どうしてもこの講義を受けたい!」と先生に直談判に行きました。もちろん、抽選というシステムですし、ほかの学生さんも同じ条件ですからくつがえることはありません。でも、あきらめきれずに何度も熱意をアピールしに来るタロウに、先生はさらに激怒し、出入り禁止となりました。こんなふうに融通がきかないのもASDの特徴の1つです。 その一方で、「これはいいアイデアだ、やってみよう!」と思いつき、形にする発想力や行動力は中学・高校を経て、大きく伸びました。服薬していない状態だと多動の傾向がまだ存分に残っていて、次から次へとやってみたいことが思い浮かぶようです。ASD傾向の特性の1つでもあるのですが、「がんばっても失敗するかも」とか「うまくいかなかったらどうしよう」とか「ほかの人から悪く思われるのではないか」ということまで想像が及ばないので、果敢にチャレンジできるのです。 そんな特性があいまって、海外留学や学生ベンチャーの起業などさまざまなことにチャレンジした大学生時代でした。アメリカに2年間留学したタロウは、帰国後はさらに活動的になっていきます。同級生と起業して、医療に関するアプリを制作し、学生ベンチャーとしてそれなりの評価をいただきました。