前回のエントリでは画面を見たまま解説していきましたが、今回はストーリーの解説と自己解釈をしていこうと思います。

案の定ネタバレ前回なので注意。

 

 





 

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まず、「劇場版は難しすぎて1回見ただけじゃわからない!」という人のために、時系列に沿ってストーリーを解説していきましょう。

 
 

まどかが円環の理になる。

お菓子の魔女(百江なぎさ)、人魚の魔女(美樹さやか)を含む全ての魔法少女/魔女が救済され、円環の理の一部として取り込まれていく。

現実世界では、魔女の代わりに世界の歪みが魔獣という形で現れるようになる。

さやかが消滅したため、この時点で残った魔法少女はほむら、お菓子の魔女の存在が消えたため生きているマミ、人魚の魔女の存在が消えたため生きている杏子の3人。

なお、ほむら以外の2人とインキュベーターは鹿目まどかに関する記憶他の世界線に関する記憶も持っていない。
ほむらはまどかが救い、愛した世界を守るため、戦い続けることを決意する。
 

この世界線のその後を描いたのが今回の叛逆の物語。


まず理由は不明だが、暁美ほむらのソウルジェムが魔女化寸前まで濁る。
(魔法を消費し過ぎたのか、心に負担が掛かったのかは不明だが、この時点でソウルジェムを濁らせたのは愛ではない

インキューベーター達が、エネルギー源たる魔法少女達がソウルジェムを濁らせた末に消滅する、という現象と、ほむらが日頃話していた魔女と円環の理について興味を持つ。
外部から干渉されない遮断フィールドにほむらのソウルジェムを閉じ込める。

ほむら魔女化

この遮断フィールドは、外部からは干渉されないが、内部から引きこむことは出来る
そのため、ほむらは使い魔等を使って巴マミ、佐倉杏子、まどかの家族、上条恭介、志筑仁美、早乙女和子、クラスメイトの中沢くん(ほむらの隣の座席で和子先生に無茶振りされる男子)を結界内の見滝原に取り込む。
同時に、外からほむらを救済に来た円環の理(アルティメットまどかや、美樹さやか、百江なぎさを始めとする魔女化した魔法少女たち)も、ほむらがまどか達を望んだために取り込まれる。
つまり、それ以外のキャラクターはクラスメイトも街の人間も全てほむらが創りだした偽物。

ほむらを含めて、取り込まれた人全ての記憶が魔法少女の敵はナイトメアであり、鹿目まどかが存在する世界として改竄される。
恐らく、さやかとなぎさは魔女化しているため、記憶の改竄を免れた。
※追記
コメント等でもご指摘を受けましたが、さやかとなぎさは円環の理の一部であるため記憶の改竄を免れ、また同じく円環の理であるはずのまどかはほむらが一番記憶を消したがっている=一番干渉を受けるために記憶が魔女結界から出るまで戻らなかった、とみるほうが自然だと思いました。以前の自分の考えも残すため、敢えて消さずに追記の形で言及しておきます。

まどかは人ではない存在にはなってはいるが、魔女化はしていないため、普通の人間としての鹿目まどかの記憶を彼女自身に刷り込まれ、その認識によって円環の理の力も一時的に失っている

まどかとの会話によって、まどか自身の神になるという選択が、『必要に迫られたために出した苦渋の決断であり、決して喜べる選択肢ではなかった』という本心を知る。

ほむら自身が自分の世界の矛盾に気付き、自らが魔女となっていることを悟る。
ただこの時点ではまだ魔女として完全ではなく(半魔女)、見た目も服装が変わっただけ。

ほむらがインキュベーターの目的の目的を知る。
※魔女化したほむらを餌にして円環の理を観測し、支配できるようにした上で、また魔法少女を魔女に変えて莫大なエネルギーを得られるようにする→つまり『全ての魔女を生まれる前に消し去り、全ての魔法少女を救済する』というまどかの願いを台無しにするということ

これ以上インキュベーターにまどかの情報を与えてまどかが支配されないよう、自らの意志で(まどかの願いの為に、彼女へので)ソウルジェムを更に濁らせ、完全に魔女化。此岸の魔女に。
※ほむらが何をしたかったかというと、この時点でまだほむらの魔女結界の力は持続しているので、まどかは記憶=円環の理としての力を失っている。
つまり、この結界内で此岸の魔女が杏子やマミによって退治された場合、円環の理をインキュベーター達に観測させることなく魔女結界が崩壊し、まどか達は開放される=インキュベーターの目的を阻止できる。
代わりにほむらの魂は救済されない。絶望と後悔の中でその生命を終える。※

しかし、魔獣が存在する世界線での記憶を取り戻したマミと杏子、まど神さまと同じく魔女が存在する世界の記憶も持つさやかやなぎさ達がほむらの救済を願ったため、魔女を倒すことなく魔女結界並びに遮断フィールドを破壊するように動く。
この時点でまどかは何をすればいいのかよく分かってない(記憶が全く戻っていない為)が、マミ達から指示を受けて結界を壊す。

遮断フィールドを破壊した時点でまどかの記憶と能力が元に戻ったため、まどかが放った矢が雲を貫くと空にアルティメットまどかの紋章が現れ、インキュベーターを掃討する。
この時点でインキュベーターの目的は潰え、ほむらが半魔女から完全体へとソウルジェムを濁らせた動機がなくなったことになる。

アルティメットまどかたち円環の理が、魔女化したほむらの救済のために現れる。

ほむらがまどかを捕まえ、悪魔化。世界を書き換える。
この時ほむらのソウルジェムを濁らせダークオーブに変えたのは、まどかを現実世界に引き戻すという、まどかの本音(神になるのは苦渋の決断であったこと)の部分の願いを叶えたいという気持ちと、どんな形であっても彼女に側にいて欲しいというほむら自身の願い、つまりどちらにせよまどかに対する愛

力を完全に失ったわけではないものの(恐らくほむらの魔女結界内と同じで、記憶を封じることで力の存在を忘れさせている)、まどかは転校生として現実世界に戻ってくる。
同じく、さやかやなぎさ、そして恐らく他の魔法少女たちも、魔女化する前の魔法少女として世界に戻る。

神に戻りかけたまどかをほむらが留まらせる。
自らが神であることを忘れた(ほむ魔女結界内での状態と似ている) まどかに、欲望と秩序(本音と建前、まどかの本音と神としての願いと置き換えられる)について尋ねると、秩序を守るべきだと返される。
※つまり、まどかにとっては概念と化すのが辛く耐えられないというのも、皆を救う為なら神になることも厭わないというのも、どちらも本音である、とほむらが再認識する。


というのが今回のストーリーでした。

三行で説明すると
『まどかの願いの為に頑張ってきたけど
やっぱ嫌だって言ってたし傍にいて欲しいので
悪魔になって神さま無理やり辞めさせたったww』

ってだけなのに丁寧に書くとものすごい長さになりました。





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ここから私なりのシリーズ全体の解釈になるのですが、かなりほむらに厳しいことを書いているので、彼女が好きだという方は気分を悪くなさるかもしれません。

 

テレビシリーズの時も感じていましたが、これは基本的にほむらの物語です。

神と悪魔として対になるキャラクターであるまどかとほむら。
彼女達の決定的な差は、まどかはどこまで行っても決して
1人にはならず、ほむらは圧倒的に孤独だということです。

 
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例えば、まどかは8話でほむらから心情を吐露されるんですが、泣きだしたほむらに戸惑った後「ごめん…私、さやかちゃんを探さないと…」「まって…美樹さやかはもう…」「ごめんね…」「まって…!まどか…!」というやりとりをしています。

そして最終話。消えつつあるまどかとのやりとり。「まどか…!行かないで…!」「ごめんね…私、みんなを迎えに行かないと…」「まどかぁー!」このあと、まどかがさやかを迎えに行くわけです。
いつだってまどかにとってほむらは友達の1人であり、他の友人を捨ててまで常に優先する存在ではないのです。
 

そして何度も言われるように、まどかはほむらにとって「たったひとりの、私の友達」なわけですが、ほむらはまどかにとって「最高の友達」であって、ほむら自体は無二ではあっても友人自体は唯一ではないのです。
そもそも最高っていう言葉だってあやふやなわけで、最高の友達が
1人でなければいけないというわけでもないですし、イコール一番大切な友達、というわけでもないでしょう。
特に、友人の多いまどかにとっては、むしろ「みんな大切」だと考えているのほうが自然です。小説版やルミナス
OPでも描写されているように、さやかと仁美、まどかは幼馴染ですし、さやかよりほむらが大切な友達、ということはないと思います。どちらも大切なんじゃないかなと。
 

そして、まどかが誰からも忘れられて概念になって云々と言う割には、今回の映画を見ると分かる通り、彼女は孤独ではありません
救済した魔女たちは完全に成仏というか消滅するわけではなく、円環の理の一部として取り込まれています。
今まで出てきた魔女の使い魔が多く出てきていることからも、さやかだけが特別に取り込まれているわけでなく、救済された全てを取り込んでいると考えて差し支えないでしょう。
メチャクチャにぎやかじゃないっすか。
つまり、別にまどかを救うために神さまから人間に引き摺り落とす必要性はないのです。 
勿論ただの人間として生きる幸せもまどかにはありますが、それは逆に神をやめることによる不幸も呼びこむことになりますから、まどかの魔法少女としての願いに沿っている分、彼女が神である状態のほうが世界は安定するし、幸せだと私は思います。

 
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対してほむらは圧倒的に孤独です。
ループ世界の中で失敗を繰り返すうちに孤独になったというよりは、もともとまどか以外とはそこまで仲良くなかったのでしょう。
普段から周囲と仲良くしてたわけでないのに、急に「キュゥべえは私たちを騙している!」と言っても困惑されるのは当然です。
今回の映画は、世界の歪みに気付いた後、杏子に相談していますが、杏子は半信半疑ながらも検証に協力してくれます。
これはこの世界では普段からほむらが(グループでとはいえ)杏子と仲良くしていたから成立したことだと思います。

何故ほむらがここまで孤独なのかというと、彼女は自分の弱みを見せるのがめっちゃくちゃ下手です。
例えば、テレビ10話では転校してきた当初から、運動すればすぐに倒れ、数学の問題は全く解けず、なかなか周囲に馴染めない様子が描かれていますが、もし彼女がその弱さを逆に自分から売り込んで行けば友達も作れたと思うんですよ。
「私、ずっと入院してて、勉強もすっごく苦手なんだ。良かったら教えてくれないかな?」って声掛けるとかね。
弱さに甘えるのは良くないことですが、必要以上に恥じる必要はないわけで。
彼女はもともと心臓病を患っていたために、自分の”弱さ”に負い目があるのかもしれません。

まあこの弱みを見せないという弱点は
ほむら特有のものではなく、TVシリーズでの魔法少女たちは皆どこか切羽詰まっていて、余裕がありませんでした。

誰しもその辛さを背負い込み、隠し、去勢を張った結果、誤解し合い、傷付け合ってあの結末に行き着きました。

ですが今回の映画を見ても分かるように、今回魔法少女たちはすごく大人になっています。

ちゃんと自分の弱さに向き合って、またそれを他人に晒しています。折り合いをつけているというか。

仁美なんかは魔法少女じゃないですけどわかりやすいですよね。彼氏とちょっとうまく行かなかったからってナイトメア化しちゃって。

でも人間そんなもんというか、小さいことでもこまめに発散していかないと立ち行かなくなってくる部分が出てくるし、

そういう小さい弱みを見せていくことで他の人から信頼されたり、仲良くなれたりするものなんです。

逸れましたが、その孤独なほむらが自分を孤独から救う為にしたのは、唯一の友達であるまどかに固執することでした。
本当はまどかに執着すればするほど、他に友達が作れなくなる悪循環に陥るわけですが。
実際TVシリーズでもその固執をさやかに見抜かれていました。「あんた私を助けたいんじゃないんでしょ」って。
あそこで本当にまどかの為にでなく、美樹さやかそのものを救おうとしていたら何かが変わったかもしれません。 

そして、まどかが概念となることで彼女を失ったほむらがその孤独を埋める為にしたのは、彼女の為に生きることです。
まどかを現実世界に引き戻すことは出来ないし、そもそも神になることを望んだのがまどか自身であり、まどかをこちらに戻すということが彼女の願いに反するからこそ、ほむらはまどか自体をどうこうすることを諦め、彼女の願いの為にという動機に縋って魔獣を倒していました。 
つまり、彼女は自分の孤独を救うために、本音はまどかに傍にいてほしいけれども、建前として世界を守っていたのです。
その建前が崩れたのが、魔女結界内でのまどかとの会話。
神としての記憶と使命を失ったまどかとの会話で、ほむらはまどかの決断が決して彼女にとって幸せなものでく、苦渋の決断であったという本音を知ってしまいます。
勿論、神として皆を助けたいという部分も、建前でなくまどかの本音なのですが、魔女化したほむらの心は自分に都合の良い、自分の本音と沿うまどかの本音の方に目を向けて、自分のまどかを自分の世界に引き戻したいという願いを正当化させたのです。 
今までのほむらの願いは、常にまどかの為(といいつつ、恐らく半分は孤独な自分自身のため)のものだったのですが、今回はおためごかしをすっ飛ばして、まどかに対するほむらの愛のためだけの願いでした。
(誰かの為って正当化するくらいならこれくらいわかりやすいほうが清々しくて私は好きですね! )



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結局、悪魔になったほむらは何をしたのか。
具体的にはぼかされていますが、劇中の描写とさやかの台詞から考えるに、今まで魔女となり取り込まれたものはまどかを現実世界に戻す余波で
元の魔法少女として世界に戻され(ただ、薔薇園の魔女の使い魔やお菓子の魔女の使い魔がところどころにいたのは気になる。まあさやかもオクタヴィアを出せなくなってたし恐らく魔女の力は徐々に失われるのでしょう)、これから魔女になるものは“救済されなくなった”と考えるのが自然ではないでしょうか。
つまり、まどかがしていたのは魔女になった人間を成仏させてあげることなのですが、まどかがいなくなったことによって、魔女になった人間は魔女化はしないもののその心が救われることなく消滅するだけになったのではないか、ということです。
円環の理は一部(まどか)が失われただけ・しかし「魔法少女たちにとっての救いをアンタが奪い取ったんだ!(うろおぼえ)」とさやかが怒っている・現実世界に戻れたのはまどかとさやかだけではない描写がある、という部分から推測しました。

それがどれだけ残酷なことかと言いますと、今回の映画の終盤でほむらが魔女結界の中で彼女が望んだままに、杏子やマミによって止めを刺されるようなこと、というと分かっていただけるかと思います。
まあ魔女化はしない(という仮定な)ので、あそこまで絶望と後悔が絶え間なく送ってくるような状態を味わうことはないでしょうが、それでも、魔女化するまでソウルジェムが濁るという状況を考えると、その時の気持ちのまま死んでいくというのはかなり可哀想だと思います。
一度魔女化してまどかに救済されたさやかから見たら、許しがたいことでしょう。


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何故同じ『自らの願いで世界を書き換える』ということを行ったまどかとほむらがここまで決定的に違ってしまったか。
ほむらが秩序を乱す云々かんぬん言ってましたが、“今まで存在していた秩序を自らの願いによって壊した”という部分に関してはまどかも同罪です。
 

まどかの願いは『全ての魔女を生まれる前に消し去る≒魔法少女の救済』というえげつなくデッカイ願いですが、彼女の願いの本質というか、一番大切な部分は、「舞台装置の魔女(ワルプルギスの夜)並びにその後に生まれるかもしれない魔女を正攻法でなくても倒すことで、家族や友達を守る」という身近なところに即してる願いなのだと思います。そしてどこまで行っても自分以外の誰かのためです。
そして、彼女は秩序を壊しただけでなく、新たな秩序を創りだしてもいます。
 

対して、ほむらの願いは上で述べたように、全てまどかのためのものであり、同時に自分のためのものでもあります。

そもそも彼女が魔獣を倒し続けると決意したのはまどかが「かつて愛したこの世界を守る」ためであって、それはほむら自身の願いではありません。まどかの願いを叶える為に、彼女は戦いを決意したのです。
今回の映画で、魔女結界の存在に気付いた時も、まどかの願いに反すると言って憤っていますし、半魔女から完全な魔女へと堕ちたのもまどかの願いをインキュベーターに阻害されるのを防ぐ為です。
そんな彼女が、まどかの為と正当化しているものの、明らかに自分自身の願望の為に神をその座から引き摺り下ろすっていうのはなかなかゾクゾクするものがありました。
しかし、彼女が神になったのではなく悪魔になったと自分を表現したことからも分かるように、彼女は秩序を壊し、創造することなく、混沌だけが残りました。
その余波は現実世界にまで出てきてしまった使い魔達や、よく見ると歪められている町並みに現れています。


最後の最後で、ほむらはまどかに秩序とこの世界を尊いと思うか、と尋ねてしまいます。
ほむら自身も予想していたであろう答えを返されて、彼女は自分の願いが自分自身のための願いであり、まどかの願いに反するものであることをしっかりと認識します。
神としてのまどかが、魔法少女としてのまどかが願ったシステムである以上、何れは対決することになるのかもしれません。
今回のオープニングでは、悪魔の羽根を生やす描写のあと、まどかを含めた周囲の何もかもを砂地へと変えてしまうほむらのシーンと、荒れ果てた砂地を再び美しく復元するまど神様の手が描かれていました。
砂地をまど神様が復元し、ほむらが魔女化することを示唆する描写があり、悪魔化描写、ほむらに手を差し伸べるまどか、全てが砂地へ、という順序なのですが、砂地を魔女の存在する世界と解釈すれば映画のストーリーの流れをそのまま表していますし、砂地をほむらが砂地へと変えた世界と解釈すれば、無限ループって怖くね?な展開になるのかもしれません。

とか言いながら二年後くらいに続編が出て全然違う内容だったら笑いますが!
たかがオープニング、されどオープニングなので、砂漠の描写にそこまで固執する必要はないかもしれませんね。
パンフによると、当初は完全に完結させる書き方にする予定が、続きがありそうな描写に変えたみたいです。
続編を望むかどうかについては、「これ以上の最高の胸スカを味あわせてくれるなら」って感じでしょうか。
完璧な大団円のハッピーエンドが見たい方はまどマギポータブルやればいいと思います。あれは良い。



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ということで、今回の映画に関する個人的なストーリーの解説と解釈はここまでとなります。
一気に3回も見たので脳みそが飽和状態ですが、もう一度観たらまた考えが変わるかもしれません。
いやあ、神に対する叛逆ってカッコいいですよねホント。
何度も書きますが、いっつもまどかのためまどかのためだったほむらが、自分のために悪魔になるっていうのはものすごくカッコよかったですね。
あと、インキュベーターが悪魔とか呼ばれてたのを思うと、愛する人の願いの為に悪魔に魂を売り渡し、愛する人を手にする為に自身が悪魔になったっていうのがね。燃えますね。熱い。