素朴な疑問なんですけど、なんでアメリカは沖縄を返してくれたのですか? 日本を、かんぷなき叩きのめし無条件降伏をさせて、そのまま領土にしても何処の国も何も言わなかったと思いますけど ソ連なんて、火事場泥棒的に北方領土を占領したのに、アメリカの軍事的歴史から考えて「アメリカは紳士的」だからの様な理由じゃないと思いますけど?

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お礼日時:2021/3/17 9:41

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ID非表示さん

2021/3/15 10:31

そもそも、連合国はカイロ宣言で 『吾等は自国の利益の為に領土拡張の意思無し』 としています カイロ宣言は、後発のポツダム宣言、降伏文書、SF条約と引き継がれていますから、戦争の結果としての領土ゲットは出来無いんです また、カイロ宣言に有る 『第一次世界大戦以後、武力で獲得した領土は放棄』 は、パリ不戦条約を法源としています 同条約も武力に依る領土拡張を認めていません

確かに、激戦で確保した沖縄本島には大量の基地があり、地政学的位置も「太平洋のキー・ストーン」でしたから、1946-7年は沖縄を永久保有する、と決めていました。 奄美群島、小笠原諸島のように 戦略的な重要性の乏しい占領地は日本に編入した来たのに沖縄は、「潜在主権がある」にとどまった。 しかし、朝鮮戦争・ベトナム戦争とアジアにおける米軍の威信低下とともに、米軍の基地機能を保証させられたら、施政権は日本に帰すと連絡してきた。 質問者は、1950-70年代日本でのうちつづく激しい反米活動をしらないのだろうが、基地を維持するには日本に戻す必要性が高くなる。 これは祖国復帰が決定してからのことだが、循環的な怒りが反米活動に飛び火してしまったコザ暴動という事件が起き、米軍ナンバーを付けた車が焼き討ちされてしまうという騒乱事故が起きた。

そもそもアメリカは「日本の領土を求めて戦争をしているわけではない」と戦時中にはっきり公言していますので、質問者さんが言うように「そのまま領土に」したら、戦後対立関係になるソ連が嬉々として「アメリカは公約を破った侵略国家だ、そんなアメリカよりも我々ソ連の側につけ」と大宣伝を始めますよ。ですからアメリカは「沖縄は日本の領土であることは変わらないが、その上で政治を行う権利を日本から譲渡されている」というスタンスをとったんです。まぁ、そうすることで「アメリカ本土の住民と同じ権利を沖縄人には認めないようにする」という差別待遇も可能になるわけですが。 そんなわけなので、米軍統治下の沖縄世論はほぼ一貫して「日本本土への復帰」を求める声が圧倒的多数でした。米軍の軍政機関「琉球民政府」の下に編成された沖縄の自治機構「琉球政府」の議会では、選挙を経て新たな議会が召集されるのたびに毎回「本土復帰決議」がほぼ全会一致で繰り返されていたくらいです。 こうした中で米軍のアジア戦略の無理(要するにベトナム戦争ですね)を押し通したことから、沖縄の本土復帰運動が反基地運動と結びついてしまい、基地機能の維持が米軍政下では難しくなってきたというのがアメリカ側が施政権を日本に返還した大きな理由です。

勿論、アメリカは損得をシビアに積み上げて決めたのだと思う。 当時は東西冷戦のピークで、日本国内でも左翼の活動が非常に活発だった。 このまま押さえつけるだけでは、左翼政党とソ連を喜ばせるばかりになってしまいかねない、等という事を考えたのだと思う。 ちなみに沖縄返還にあたっては、日本は確かアメリカ国債を買う形だったと思うけど、巨額の金も渡している。