「何も産み出さないものに、ここまで人を割くのはすごい」。
認知症ケアの動画に、その言葉がついて伸びていた。
1人に3人がかりは無理だし、医療費は48兆円を超えて過去最高、その6割を65歳以上が使う。
だから「無理だ」という現場の声を、僕は否定できない。
ただ、あの映像を「毎日のケア」として見ると、少し話がずれる。
ああいう動画の多くは技術を伝える実演で、標準の人員配置ではない。
そしてユマニチュードが掲げるのは「人を増やすこと」ではなく、拒否や拘束や鎮静を減らし、結果として手間を減らすことのはずだ。
「3人がかりの贅沢ケア」という読み方は、技法の主張とむしろ逆だ。
効果が大規模に証明されたわけではない。ただ「証明が不十分」と「効かない」は、同じではない。
もっと引っかかったのは「何も産み出さないもの」という言葉のほうだ。
人を、産み出すかどうかで測りはじめると、その物差しはいつか自分にも向く。
ケアは、何かを産み出すためにあるんだろうか。
それとも、産み出さなくなった人をどう扱うか。そこにこそ社会の地金が出るのではないか。
蛇足だが、48兆円を押し上げているのは認知症のケア技法ではなく、新薬や高度医療、そして高齢化そのものだ。
お金の話をするなら、切り捨てる順番は、ここではない気がしている。
釈迦に説法するようで恐縮の極みですが、認知症患者が暴力を振るう理由は無意識のうちに敵意を抱かせてしまっているからだとイヴ・ジネストは言います。しかし看護師さんの方でもなぜ敵意を抱くのかわからないままケアを行ってしまうので、また敵意を覚えた患者から暴力を振るわれる。ユマニチュード→
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