旧統一教会解散確定 2世「支援拡充を」、弁護士「新たな活動注視」
世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に解散を命じる司法判断が最高裁で確定した。高裁決定から3カ月余り。教団の清算手続きはすでに始まっており、今後の焦点は、高額献金などの長年の被害がどこまで救済されるかになる。
「これだけのスピード感で判断が出たことには驚いた」。両親が教団信者で、2世として育てられた30代の男性は、特別抗告の棄却を歓迎した。「これで終わりではない。教団の解散と被害者の救済はイコールではない」と言う。
禁じられた恋愛、強いられた節約
両親は教団に多額の献金をし、男性が大学に行く経済的な余裕はなかった。専門学校を経て20歳で就職。両親からは、恋愛を禁じられ、節約を強いられたという。
「宗教2世」としての生きづらさを記者会見などで発言してきたほか、解散命令請求を検討していた文部科学省に協力し、実名で陳述書を提出した。
解散命令の確定で区切りがつくという思いはあるが、自分からSOSを発せない2世の子どもたちを救済する仕組みは不十分だと考える。被害弁済のための申し立てについても、「教団や信者である親に情報が漏れてしまうのではないかと不安だ。どんな被害が債権として認められるかの情報も少なすぎる」と話す。
「宗教2世問題ネットワーク」の代表の男性も23日、「今回の最高裁の判断を機に、行政をはじめとする社会全体が、『宗教団体の行為が信者の家族(宗教2世)の人生を破壊することがある』という事実を大前提とし、宗教2世への支援施策の拡充に迅速に取り組んでいただくことを切に願う」とする声明を発表した。
全国弁連「短期間での棄却、歓迎」
全国霊感商法対策弁護士連絡会(全国弁連)事務局長の木村壮弁護士は取材に対し、「これだけの甚大な被害を出している中、最高裁が特別抗告から3カ月という短期間で棄却したことを歓迎している。すでに東京高裁の決定により解散命令は効力を発し、清算手続きが始まっている。被害者救済が一層進むことを願う」と語った。「最高裁決定により、旧統一教会にとっては宗教法人復活の道が閉ざされたといえる。教団は傘下の法人などを使って、宗教団体としての新たな活動を本格化させることが懸念される。今後の動きを注視していきたい」とも話した。
教団は「あまりにも残念」
全国統一教会被害対策弁護団事務局の阿部克臣弁護士は「これまでの司法判断での事実認定からすれば、当然に導かれる決定で、結論も妥当と思う。オウム真理教の解散の際には、高裁決定から最高裁決定まで約40日だった。それに比べれば遅いとはいえ、3カ月半で速やかに結論が出たということは、最高裁にとってそれだけ結論がはっきりしていたのだろう」と評価した。
さらに「最高裁も教団の主張を退けたことの意味は、一般信者にとっては大きいと思う。教団との関係を考え直し、債権申し出を考える人も出てくるのではないか」と予測した。
文化庁は23日、「清算人の求めに応じ、関係省庁と協力して、被害者救済に向けて必要な対応を徹底してまいります」とするコメントを出した。
教団も23日、コメントを発表。「教会が失われたことによって信徒らは大変な精神的および宗教的負担を強いられて」いると主張し、「あまりにも残念でならない」とした。
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- 塚田穂高文教大学国際学部教授・宗教社会学者解説
旧統一教会の解散命令の確定に際しての、教団側のコメントが「あまりにも残念」ですね。 (以下の記事にもまとまって、教団側のコメントがあります https://digital.asahi.com/articles/ASV6R2PS5V6RUTIL01ZM.html?iref=pc_extlink) 教団側が訴える、「清算手続きの開始に伴い、全国に300以上あった教会施設は一切立ち入りができなくなり、信徒らは大変な精神的および宗教的負担を強いられている」などといった状況というのは、全て教団側のこれまでの「無反省」の姿勢とそれに基づく選択とが招いたものだと言わざるをえません。 そもそも、解散命令請求が出されるほどの多くの問題・被害を積み重ねてきたこと。そして、それらの問題性を認めず、反省も示さず、(地裁―高裁―最高裁で争うこと自体は自由・権利ですが)徹底的に闘う方針を選択したこと。 まったく今さらのことですが、(もちろんそれ以前も含めて)2022年の(再)社会問題化以降、あるいは2023年10月の解散命令請求以降、あるいは2025年3月の解散命令地裁決定以降であっても、本当に根本的な改善・反省を行うことで、解散命令の要件とされた「継続性」などを回避する可能性は十分あったにちがいありません。ところが、それを行わなかった。 解散命令を回避するという点一つで考えても、完全に選択ミス、法廷での戦略ミスだったと思います。 それを選択・主導したのは、教団幹部らであり、内外の弁護士などであり、それを煽ったのは、教団の問題性に向き合わない内外の「識者」やジャーナリスト、一部メディアなどです。彼らの責任や見識の妥当性もあらためて問われるでしょう。 そして、それらを都合よく信じて乗っかり、無反省の姿勢の固持と、教団の問題を指摘・批判する者に対する誹謗中傷の類に注力する信徒や関係者、シンパらの姿が、ほぼ継続的にSNS等で広く観察されたのがこの4年間でもありました。 信仰は自由です。信者に対する差別や偏見があってはなりません。でも、寄せられる批判のなかには何かがないか、このような結果を招いたことには何か自らの問題があったのではないか、と考えることはできないでしょうか。同じようなままでは、同じような問題や結果を生みかねないのでは、とあらためてこのタイミングで危惧します。
2026年6月24日 00:28