https://www.asahi.com/articles/ASV6Q42S3V6QUTIL015M.html
令和8年沖縄全戦没者追悼式が執り行われるに当たり、沖縄戦において、戦禍に遭われ亡くなられた御霊(みたま)、戦場に斃(たお)れられた御霊に、謹んで哀悼の誠を捧げます。
先の大戦において、ここ沖縄の地は、凄惨(せいさん)な地上戦の場となりました。
罪もない民間人や、県内外出身の兵士の方々など、20万人以上もの尊い命が失われ、沖縄の美しい自然、豊かな文化は容赦なく破壊されました。
多くの夢や希望を抱きながらも、国を、家族を守ろうと戦って斃れた若者たち、我が子の無事を願いながら息絶えたお父様・お母様。
全ての戦没者の皆様の無念と残された御遺族の方々の悲しみを思うとき、本当に胸が締めつけられる思いです。
今日私たちが享受している平和と繁栄は、この地で命を落とされた方々の尊い犠牲と、沖縄の歩んだ筆舌に尽くし難い苦難の歴史の上に築かれたものです。
そのことを改めて深く胸に刻みながら、静かに頭(こうべ)を垂れたいと思います。
我が国は、「二度と戦争の惨禍を繰り返さない」という決然たる誓いのもと、平和を重んじる国家として歩みを進めてまいりました。
これからも、日本人の誰もが、平和で心豊かに暮らせる世の中を実現するため、不断の努力を重ねていくことを、御霊にお誓い申し上げます。
沖縄の皆様には、戦後80年を経た今もなお、米軍基地の集中による大きなご負担を担っていただいております。
在日米軍施設・区域の整理・統合・縮小に取り組むとともに、沖縄の皆様と連携し、駐留軍用地跡地の有効利用を進めてまいります。
令和元年10月に焼失してしまった首里城は、沖縄の皆様のみならず、我が国の誇りです。
復元に向けた取り組みを進めた結果、今年の11月に正殿復元完成式が挙行されます。
首里城は、沖縄戦の際を含め、何度も焼失の憂き目を見てきました。
しかし、この極めて重要な建造物は、諦めずに再建されてきました。
困難を乗り越え、希望を紡ぎ出していく。沖縄の皆様が培われてきたその強さ。強くあらねばならなかった。そのことに、内閣総理大臣として、思いを致しています。
2025年
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-4368579.html
戦後80年沖縄全戦没者追悼式が執り行われるに当たり、沖縄戦において、戦場に斃(たお)れられた御霊、戦禍に遭われ亡くなられた御霊に、謹んで哀悼の誠を捧げます。
先の大戦において、ここ沖縄では、住民を巻き込んだ凄惨な地上戦が行われ、20万人もの尊い命が失われました。
ひめゆり学徒隊や鉄血勤皇隊など、希望に満ちた未来を歩むべき若者までもが、戦場に駆り立てられ、犠牲となりました。多くの父や母が、わが子の無事を願いながら、戦乱の渦の中で息を引き取られました。沖縄の地は焦土と化し、美しい自然、豊かな文化は、容赦なく破壊されました。
平和の礎に刻まれた全ての戦没者の無念と、残された方々の悲しみを、私たちは決して忘れてはなりません。
私たちが享受している平和と繁栄は、この地で命を落とされた方々の尊い犠牲と、沖縄の歩んだ筆舌に尽くし難い苦難の歴史の上に築かれたものです。
沖縄戦から80年を迎えた今、そのことを改めて深く胸に刻みながら、静かにこうべを垂れたいと思います。
私は、小泉内閣で防衛庁長官として国民保護法制に携わった際、「決して、民間人が戦に巻き込まれることがあってはならない」という強い思いの下、法整備に取り組みました。このとき念頭にあったのは、この悲惨な沖縄戦でありました。
沖縄が負われた深い傷に思いを致し、戦争の愚かさと悲惨さを改めて正面から見つめ、平和で豊かな沖縄の実現に向けて力を尽くすことは、国家の重要な責務であります。
沖縄の皆さまには、今もなお、米軍基地の集中による大きな負担を担っていただいております。沖縄の負担軽減を、目に見える形で実現する。それが私自身の強い決意であります。
本年3月、西普天間住宅地区跡地に、高度な医療・研究機能を有する健康医療拠点が誕生しました。沖縄の発展と福祉向上に資するこの取り組みは、跡地利用のモデルケースとなるものです。
5月には、地元の経済界等を中心として、今後の返還予定地を活用した経済成長のグランドデザインが策定されました。
政府においては、引き続き、在日米軍施設・区域の整理・統合・縮小に取り組むとともに、沖縄の皆様と連携し、駐留軍用地跡地の有効利用を進めてまいります。
沖縄には、万人の心を惹く美しい自然、アジアの玄関口に位置する地理的特性、「万国津梁」の地としての国際色溢れる文化や伝統があります。
こうした魅力や優位性を活かし、観光業等の高付加価値化、先端技術を活用した医療や航空産業の拠点化など、県民の皆さまが描く将来像の実現に向けて、国家戦略として沖縄振興を進めてまいる所存です。
また、今なお続く、戦没者の御遺骨の収集、不発弾の処理等についても、着実に取り組んでまいります。
我が国は、戦後一貫して、平和国家としての歩みを進めてまいりました。戦争の惨禍を二度と繰り返さない。歳月がいかに流れても、この決然たる誓いを、世代を超えて継承し、貫くとともに、平和で心豊かに暮らせる世の中の実現に向けて取り組んでまいります。
結びに、この地に眠る御霊の安らかならんことを、そして御遺族の方々の御平安を、心からお祈り申し上げ、私の挨拶といたします。
2024年
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-3226651.html
令和六年沖縄全戦没者追悼式が執り行われるに当たり、沖縄戦において、戦場に斃れられた御霊、戦禍に遭われ亡くなられた御霊に、謹んで哀悼の誠を捧げます。
先の大戦において、沖縄は、凄惨な地上戦の場となりました。人々の平穏な暮らしは、にわかに戦乱の渦に巻き込まれ、罪もない民間人を含め、二十万人もの尊い命が失われ、この地の誇る美しい海や森、豊かな文化は破壊されました。不発弾の処理や御遺骨の収集は、今もなお続いています。多くの子供たちの命が奪われた対馬丸事件のような耐え難い出来事もありました。こうした沖縄戦の悲惨な実相と平和の尊さを次世代に継承していくことは、我々に課された責務です。
平和の礎には、今年も百八十一名の御名前が新たに刻銘されました。平和の礎に刻まれた一人一人の戦没者の無念、残された御遺族の方々の悲しみや喪失感を思うとき、胸塞がる思いを禁じ得ません。
私たちが享受している平和と繁栄は、命を落とされた方々の尊い犠牲と沖縄の方々の筆舌に尽くし難い苦難の歴史の上にあることを、改めて深く胸に刻みながら、静かに頭を垂れたいと思います。
来年には沖縄戦から八十年を迎えます。これまで県民の皆様のたゆまぬ努力もあり、沖縄経済は着実に成長し、県民生活も大いに向上しました。
美しい自然、アジアの玄関口に位置する地理的特性、国際色豊かな文化や伝統。こうした魅力や優位性を最大限に活かしつつ、「強い沖縄経済」の実現に向けて、国家戦略として、沖縄振興を総合的に進めてまいります。
他方で、今もなお、沖縄の皆様には、米軍基地の集中等による大きな負担を担っていただいています。政府として、このことを重く受け止め、負担の軽減に全力を尽くしてまいります。
来年春には、今後の跡地利用のモデルケースとなる西普天間住宅地区跡地に、高度な医療・研究機能の拡充や地域医療の向上に繋がる健康医療拠点が誕生します。
引き続き、在日米軍施設・区域の整理・統合・縮小を進めるとともに、こうした目に見える成果を一つ一つ着実に積み上げてまいります。
戦後、我が国は一貫して、平和国家として、その歩みを進めてまいりました。戦争の惨禍を二度と繰り返さないという強い決意の下、世界の誰もが平和で心豊かに暮らせる世の中を実現する。この決意を貫き、後世にまで伝えていくことを、改めて御霊にお誓いいたします。
こういうの見るたび聖書コーラン暗唱できる外国の宗教者ってどうしてそんなに覚えていられるのって思う
日本人はなんで九九覚えてるんやって思われるのと同じで向こうは暗記するくらい暗唱させられるんちゃうの…😟
今年だけ「お父様・お母様」っていう言葉入ってて意味深