カルデアには、奇妙な魔術師が一人いる。
いや、別に一言に変人、というわけではない。こんな言い方はなんだが、恐らく彼はカルデアの中でもトップクラスの魔術師だろう。魔力量や術の錬度、知識の豊富さ。彼に勝てる魔術師は、少なくとも生きている人間ではカルデア内にはいない。
けれど、それに比べて人格者であり、思考はどちらかというと魔術使いに近いのかもしれない。
合理的で、無愛想というわけではないのだが、どこか人と距離を置き一人でいることを好んでいる。その性格からか、特別親しい人間もおらず、彼がどういった人間か詳しく知るものはカルデアにはいなかった。
いや、人が近寄らないのはその性格以上に彼がカルデアにやって来た経緯のためであった。
彼は、前所長によって招かれてやってきた人間であり、それと同時にカルデアにやってくる前の経歴が全くと言っていいほど出てこないためだ。
彼の魔術師の手腕は見事と言って良い。けれど、そこまでの魔術師が無名であることがおかしいのだ。
今は、特異点の調査を行っている。彼も、その調査のために集まっていた。ぼんやりとモニターを眺める彼をロマニは、持っていたコーヒーに砂糖をたっぷり入れてかき回しながら眺める。
その顔立ちは分からない。答えは簡単だ、秘密の多い彼、リュウはいつも仮面をつけているためだ。
白い、何で出来ているかロマニにもよくわからない仮面は特に装飾がされているわけではなく、額から鼻まで覆われている。
服装は、カルデアの制服に手袋、それに加えてフード付きのコートまで着ている。それに加えて、フードも被っている。フードの端から、墨で書いたようなつやつやとした黒い髪が零れ落ちていた。
唯一露出している顔からはその肌がまるで白磁のようであることがうかがえた。
引き結ばれた口元からは、まるで長い間苦楽を負ってきたような気だるそうな空気と、そのくせ無駄に気真面目そうな性根のようなものが感じられた。
(・・・・・彼が何者なのか、僕でさえも知らされていない。)
いや、もしかすれば、マリスビリーでさえも彼を知らないのかもしれない。リュウ自体、マリスビリーが死んでから、彼の推薦状を持って現れたのだ。
その推薦状は確かに間違いなく本物で、疑いようが無く、それに加えて有能であったがため迎え入れられたが。
そのような経緯の成果、カルデアのスタッフは彼にあまり近寄らない。疑心暗鬼になってもしょうがないと分かっているせいか、今はその不穏さを無視するしかないのだが現状なのだ。
まあ、そんな大人たちの思惑など気にしていないのか、最後のマスターである藤丸立香はリュウに絡んでいるようだが、彼もそれをさらりと受け流してしまう。
ロマニは、リュウに気取られないように無言でコーヒーを啜ろうとしたが、それを横から奪われてしまう。
リュウは奪ったコーヒーをごくりと飲んだ。
「ちょ、リュウ!僕が淹れてきたんだけど!?」
「お前は、さっさと寝ろ。」
「は、そんなの・・・・・」
ロマニがさらに追いすがろうとするが、ぎろりと仮面越しからでも分かる威圧感のある目つきで彼をリュウは睨んだ。
「・・・・・睡眠不足、粗食、カフェインの過剰摂取、過労。事実上の指揮官である貴様の作業効率がこれ以上落ちれば、全体の効率が落ちる。少なくとも、現状でどうしてもお前が必要であるということはないはずだ。それとも、何か?」
ロマニに向けて、リュウの凍てついたアイスブルーの瞳が向けられる。思わず、息を飲みたんでしまいそうな威圧感に、ロマニは思わず及び腰になる。
「世界が救われる前に過労死したいとでも?」
「・・・・寝て来ます。」
「はははははは、なんだ、ロマニ、形無しだな。まあ、異常があったらすぐに起こしてやるからさ。」
「分かったよ。」
今の今まで、ロマニとリュウの攻防を様子見していたダ・ヴィンチから追撃にロマニは恨めしそうな顔をしながらも、撤退していく。
ロマニの姿が見えなくなると、リュウは不機嫌そうな声でダ・ヴィンチに吐き捨てた。
「・・・・・追撃はもっと早めにしてほしいんだがな。」
「いや、すまない。どうも、君とロマニはお互い話していると面白くてね。ついつい。」
「天才であるというなら、もっと効率的に考えてほしいんだがな。」
「おいおい、何もかも効率的じゃあ楽しくないだろう?それに、ロマニが心配なら、素直にそう言えばいいだろう?」
「素直な労いに従うなら、それでいいがな。あいつは、マウント取って押さえつけなければ従いもしないだろう。」
リュウは、引き結んだ口からまたコーヒーを啜る。
それを見ながら、ダ・ヴィンチは薄く微笑みを浮かべた。
(・・・・素直じゃないなあ。)
何だかんだで、そんな風に周りを気遣っているからこそ、誰もリュウを疑おうとはしないのだろう。
数奇な人生を送っている。
リュウにとって、己の人生を言い表すならそんな言葉が浮かぶ。いや、人生というのはどこまでのものかと言われれば、少々疑問が出て来る。
リュウは、自室のベッドに座り、付けている仮面をなぞった。勝手に周りは勘ぐっているため黙っているが、別にこの仮面に意味があるわけではない。
強いて言うなら、顔を見せないためのものなのだが。
ところで、Fate/GrandOrderというゲームを知っているだろうか。
リュウが知っている限り、人気のソーシャルゲームだった。リュウもまた、その一人だった。Fateシリーズは元々アニメをちらほら見ていたため、原作のゲームでも買おうとしていたのだが。
リュウは、転生者といえる存在である。もちろん、彼からすれば死んだ記憶などないのだが、気づけば赤ん坊になっていたなんて状態は、それ以外に想像がつかなかった。
(・・・・それが、まだ魔術師の家系とかだったらまだ、テンプレ、とか言えたがなあ。なーんで、転生先がギルガメッシュの息子なんだろう。)
この時の気分を考えてほしい。
父親が英雄王。親子関係を築ける想像なんてつくか?
リュウ自身の視点から言えば、そう悪い関係ではなかったと思う。まあ、生まれた時がギルガメッシュの一番に荒れていた時期だったせいか、赤ん坊のころは殆ど記憶はなかったが。
リュウもその間、その時はリュウという名前であったが、ギルガメッシュの近くには寄らず魔術や政治など王の子へ与えられる全てを出来るだけ貰っておいた。
ギルガメッシュも、確かに時折会いに来るが、さほどリュウに関心があるようではなかった。
ただ、エルキドゥが来てから会いに来る頻度が多くなったが、といっても何がしたいのか分からず、よく分からないことを一方的に話して去っていくことをほとんどだった。
良くなかったが、悪くもない。その程度の話だった。
その後は、エルキドゥが死に、そしてギルガメッシュは不死のために旅に出た。
(・・・・・まあ、あの後、国が滅びかけたわけだけど。)
リュウは、その滅びを防ぐため神に祈って、そして生贄になって死んでしまった。元より、何の拍子か、どこぞの人とギルガメッシュの間に生まれたせいか、さほど神には望まれていなかったのだ。まあ、自分の命で、あの国が一つ救えたのなら安いものだろう。
美しくて、強かな、美しい国だった。
そして、それっきり、これで最後だと思ったのだが。
何故か、また目を覚ませば、赤ん坊で、なんて展開が幾度も巡った。男であるときもあれば、女として生まれた時もあった。
それも、何故か、最初の転生の時と同じ、ギルガメッシュとそっくりの顔立ちで。
例えば、王に仕える無愛想な文官の部下として、革命の内に処刑された女王に仕えるものとして、吸血鬼と蔑まされた女貴族のメイドとして、木馬によって滅ぼされた国の英雄の部下として、火刑に処された聖女に仕えた男の血兄弟として、正義の味方になりたかった幼なじみとして生まれては死んでを繰り返した。
(・・・・アグラヴェイン卿の時は、なんか毒殺されたし。あの人、善人でもないけど、悪人でもないんだけどなあ。俺以外にフォローしてくれる人いたのかねえ。マリ―王妃は、革命時の時に王子たちを庇ってたら殺されたし。エリザ様は、ガキの頃から仕えてたからなあ。俺のせいでああなったって、なんか殺されたし。ヘクトールさんはなあ、戦場でアキレウスさんから庇って殺されたし。ジルは思い詰める人だからなあ、あの人より先に処刑されたからなあ。青髭のモデルとか、笑えないんだけど。ケリィは、悪いことをしたなあ。俺も、あいつを置いて逝ったし。)
適当な人間との思い出を考えていると、不思議と殺されてばかりだ。というか、死因は殆ど殺されてるものばかりだったりする。
ケルトの時代、中世の時代に、中国に、アメリカに、フランスに、ありとあらゆる時代に、生まれては死んだ。
そんな風に、不思議と英雄たちの近しい時代、場所に生まれては、死んでいった。いくつもの人生が連なって、それ全てがある種、数奇な人生だろう。
そして、この時代に生まれた。
幸いなことに、魔力の量も、魔術の知識も、今までの人生でも十分なものだった。
親が早々と死ぬと、そっと裏側でこの世界がどんなものか調べた。
FGOがどんなふうに始まったか、正直言えば、ほとんど覚えていなかった。あまりにも、そんな時の記憶は遠く、曖昧だった。
それでも、カルデアのことは覚えていた。
マリスビリーの推薦状は、彼が死ぬと同時に偽装して潜り込んだ。この世界でも、やはりあのギルガメッシュ王と同じ顔であったため、下手をすれば英雄たちに自分がどういった存在かばれてしまう可能性もあったため、本音を言えば嫌だったのだが。
それでも、どうしても、気になってしまったのだ。
世界を守るための戦いというものが。そのために、仮面をつけて入り込んだ。
英雄たちは続々と集まり、特異点も修正されていった。
そして、最後に、ロマニ・アーキマンは死んでしまった。それで終わる。それだけで終わる。
それでいいと思っていた。自分が死んでしまうことがあっても、それはそれでいい。
どうしてか、生まれてきてしまう。自分には、きっと生まれて来る意味があるのだろう。
(・・・・・でも、この頃、やたらとギルガメッシュの父上からの視線が痛い気がするんだよなあ。藤丸のやつがこの事やたらと絡んでくるから、か?接触も控えた方がいいかな?)
そんなことを考えながら、リュウはベッドに横たわり、仮眠を取るために瞳を閉じた。
「・・・・貴様、いい加減その仮面を取らんか。」
ドスの効いたそれに、リュウは食べかけていたカレーライスを飲み込んだ。場所は食堂、昼食を食べに来たリュウの前には、ギルガメッシュが立っていた。
その後ろには、おろおろしている立香とマシュがいた。
リュウは、どう返事をしようかと悩んでいると、何故かその後ろからわらわらと何故か英雄たちが集まって来る。
「・・・・・そうだな、確かに。」
「なぜか、その仮面の下は非常に気になります。」
「ああ、何故だろうな。妙に、気になるな。」
「僕も、ぜひとも知りたいんだが。」
「あら、私もぜひ!」
(・・・・・・・顔見知りばっかじゃねえか!)
いや、英雄たちの殆どが何かしら前世、であっているのだろうか、での付き合いがあるのだが。
「・・・・・この仮面は、少々事情があり、外せは。」
「ちょ、英雄王!無理にそんなことしちゃあ!」
(よし!そうだ、立香、止めろ!)
「いいや、王の言葉を拒絶するとは赦されん!」
「ちょ!」
ギルガメッシュがそう言うと、リュウの仮面を無理やりひっぺ剥がすそうとする。リュウが逃げようと後ろに下がろうとしたが、背後から誰かにがっしりと拘束された。
(アサシン!?おいおい、ガチンコ過ぎんだろ!?)
が、リュウもその仮面に何の細工もしていないわけではない。魔術で補正がされていたのだが、古代の魔術にも秀でた王に、勝てるわけも無く。
ばきゃん!
そんな音と共に、仮面は無残に砕け散った。
曝された、ギルガメッシュそっくりの、その顔立ちに皆の目が丸くなる。
そして、全員が、全員、その場でそれぞれ違う名を呟いた。
もちろん、全て、リュウの名前だったものだ。
どうする、と頭をぐるぐると回す中、ちょうど一番近くにいたギルガメッシュの壮絶な顔が、にこりと微笑んだ。
それに、リュウは心の底から、思った。
(・・・・気絶できねえかなあ。)