埼玉には島がある。
というと、何言ってんだと思われるかもしれない。たしかに、海水に浮かぶ島はないのだが、埼玉の中央には川島町という地域がある。
川島町。名前の通り、この地域は四方を川で囲まれている。電車も通っていないので、埼玉の中央でありながら、埼玉県民も電車に乗っていたらふらっと通り過ぎるということもない、意思を持っていかねばなかなかたどり着くことがない、ある種の島=独立文化圏の様相を呈しているのである。
ここである。
ということで僕は埼玉に出自を持つ友人たちで構成される埼玉県民会のメンバーに声をかけて、川島へ向かうことにした。電車で行くことができないので、近隣の川越に一度集合する。
川島町にはすったてといううどんがある
「何を食べますかね」と大学時代の後輩加藤は言った。
「そうだね……この辺だとなにがあるかな」
僕はGoogleマップを見て思案した。
「あ、そういえば、この間、きくちさんすったてを食べてませんでしたっけ。あれ、食べたことないんで食べてみたいなと思ってたんですよね」
「すったては夏しか出てない食べ物らしいからないんじゃないかな。まあうどん屋に行ってみることにしようか」
すったてというのは川島の農家の人たちが食べていたとされる、冷や汁のようにごまときゅうり、みょうがなどで食べる味噌べースのうどんである。川島は、上記の通りかなり独立性の高いエリアで地域固有の食べ物があったりするのだ。
参考にこれがすったてだ。夏に食べるとキュウリが涼しげで最高なのだ。
「いいですね、うどん」と第二の後輩田中が答えた。
僕達はそんな感じで川越を出発した。春ではあるがすこし汗ばむような気温である。車のエアコンをオンにした。
日差しが斜めに車に入り込んでくる。右腕がチリチリと熱い。しかし、エアコンの風は妙に冷たくて体は冷える。なかなかうまくいかないものである。僕は得意げに、たしか、この道をまっすぐいったところにある店にすったてがあるんだよと言って出発したのだけど、しばらくしてそれが勘違いなのではないかという疑念がよぎった。
「ごめん、もしかしてさっき行った店すったての店じゃないかも。でもまあ、そのへんの店は地域的にどこでも食べられるのかもしれないけど」
「調べてみましょうか…… うーん、たしかに、すったてはなさそうですね」
「ごめん、庄司っていう店にはあったかも」
加藤はこいつ適当だなという含みを持たせた感じで笑いながら「あ~たしかに、ありそうですね。こっちに行ってみましょう」と言った。
そんな小混乱をはらみながら、埼玉の牧歌的国道254号を走っていった。
われら、おおいに武蔵野うどんをすする
店に到着した。
「やっぱりすったてはなさそうですね……5月からのようだったので、ほんの少しずれていればよかったのですが......」と田中が言った。数日の差で僕たちはすったてに遭遇し損ねたのだった。
「じゃあ、まあ、武蔵野うどんですかね」と田中が言って、みなおのおの食べたいものを注文することにした。
僕は冷やしたぬきを注文した。麺にしっかりとしたコシがありほのかな塩気を感じる。うまい武蔵野うどん店は麺の塩気のコントロールが上手な気がする。刻まれた玉ねぎとともに太い武蔵野の麺をすすると、生き物のように麺が躍動していた。
加藤と田中はオーソドックスな肉汁うどんを注文していた。加藤はサイズを中にしていた。ゴツゴツとした麺の上に、切りそろえられる前のような平打ち麺がのっていた。
「すごい量だね……」と僕は驚いた。それは男子高校生が食べるような量のように見えた。
「むしろきくちさんどうしたんですか。小さくないですか」と加藤は僕を煽ってきた。加藤はいまだに、男子高校生の食欲を維持しているようで、もりもりと武蔵野うどんを食べていた。
醤油の蔵を見に行く
おなかがパンパンになったので、散歩しようということになった。武蔵野うどんの店の近くに、金笛醤油パークという醤油の蔵やっている施設があるようだったので行ってみることにした。越辺川のそばの道を走っていく。越辺川はおっぺがわと読む。かわいい音である。越辺川を知っていたら、埼玉県民検定中級くらいかもしれない。
醤油パークに入る。醤油の搾り粕のようなものが蔵の横に積まれていて、醤油の発酵の匂いがする。見学ツアーがあるようだったので、ぐるっと見て回った。歴史ある蔵のようで、かなり立派だった。
現在でも木製の桶で醬油を作っているのは珍しいのだそうだ。
お土産に醤油バームクーヘンが売っていた。
武蔵野うどんもそうだけど、埼玉の名物って小麦と醤油と豚の組み合わせなんだなと思った。お土産に出汁醤油を買って帰ったのだけど、これが結構おいしくて家でヘビーユーズしている。
川島を取り囲む川の合流地点を見に行く
「この後どうしようか」
僕は、車のエンジンをかけた。
「そうですね。帰るには少し早いですよね。この近くに昔、渡し舟が通っていた河岸があるんですよね」と加藤が言った。加藤は電車バスオタクであり、やたらと地域の地理について詳しいのだ。
「へえ、渡し舟か。なんか風流でいい感じだね。とりあえずそこに行ってみようか」
車を走らせること五分くらいだろうか。伊草の渡しと呼ばれる渡し舟の跡地に到着した。教育委員会が建てた看板がぽつんと立っていた。ここは入間川と越辺川が合流する地点なのだそうだ。江戸時代は交通の要所だったらしい。
そして、ここは、特になんということのないこの日本に数千か所くらいありそうな土手だった。
田中はあたりを歩きながら「渡し舟の痕跡ないですね」とつぶやいた。
僕は「そうだね」と答えて、とりあえず写真だけ一枚撮った。
埼玉を観光するというのはこの何もなさに耐えるということである......
何もない。土手である。しかし四方を川に囲まれた島、川島町としては重要な地点にやってくることができたわけだ。我々は、川島についてさらなる知見を得るため、郷土資料展示室へ向かうことにした。
田中は車の中で爆睡していた。田中はドライブをするとその80%の時間眠っているタイプの眠り男なのである。
川島町では洪水が地形を作っていた
展示室は、中学校が廃校となった施設が利用されているようだった。中はめちゃくちゃ学校だった。
川島町は、とにもかくにも川が重要であるようで、洪水が土砂を積み上げており、その盛り上がった場所が自然堤防の役割を持つようになり、そこに人が住み着くようになったのだそうだ。
こんな感じで住居が広がっているらしい。たしかにGoogleマップでもぐんと拡大すると、この地形が今でも残っているのがわかる。この地形を見て自然堤防と答えられたらたぶん埼玉検定上級だろう.....
そして畑を眺めやきとんを食べる
Googleマップで地形を観察していると、少し走ったところにやきとんの店があるのを見つけた。埼玉の名物、小麦、豚、醤油の豚における代表格、やきとんを食べて帰ることにした。
埼玉においてはやきとんの店であっても店名はやきとりであることがある。これは歴史的経緯によるものらしいのだけど、この店は普通に焼き鳥も出しているようだ。
かしらとタンを注文した。20分くらいかかりますとのことだったので、適当にドライブすることにした。しかし、特に見たいものがあるわけでもないので、近くにあった池に来た。うーん池だなと10分ほど水面を眺めて、池を後にした。 加藤も田中も無言だった。贅沢な空白である。
嘘をついた。贅沢ではない。埼玉を観光することは難しい。
池を満喫して、やきとんを受け取りに行った。良い色に焼きあがっている。ちょっと焦げた葱がよいなと思う。埼玉においては、やきとんは辛みそをつけて食べるので、一緒に辛みそがついてきていた。
車を降りて、畑を眺めながらやきとんに辛みそをつける。塩気強めだがなかなかおいしい。
ただっぴろい。ずっと先まで平地である。酒も飲まず、やきとんをかじり、適当に世間話をして、まあ今日はこんなもんかねとそれぞれ家に帰った。
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本が出たよ!旅行記だよ!埼玉のことも書いてあるよ!チェック!
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