臨界点
精神科に来ました。発達障害児っぽい子供がフロアを叫び走りまくっていてちらちらと鬱陶しいと思ってしまう自分に嫌気がさします。昨日のこともまるで三日、四日ほど前のことに感じて、やけに苛立ちが酷いのもおそらくそれは一昨日から徹夜続きで睡眠がほとんど取れていないから脳が機能停止を始めていて記憶の整理がついていないからなんだろうけど……。
わたしは他人の機微に敏感だから、他人の自分は苦しんでいるというSOSを受信しやすくて、そういうのを受け取るたびに、他人の苦しんでいるさまを目の前に、不幸比べとかじゃなくて、事実現実としてわたしのほうが酷いな、とか思ってしまうのつらい。
やはりだれしも自身の苦しみをだれかに認めてもらいたくてしようがないんだ、そうじゃないとこの現実に存在している意味が価値がわからなくなるから。早い話わたしの苦しみを認めてくれる人は現実に存在しないから、こんな文章をインターネットに投稿している。その子の苦しみをわたしが負担する義理はないというのに、凭れかかられている身体を押し返す気力はどこにもなくって、「ああ、大変だね、お疲れ様」とか乾いた愛想笑いを貼り付けながら、無料の心理カウンセラーという役割に、その子のいびつな「友達」というキャラクターへの期待に堪えるんだ。努力の方向性を間違え続けているので、延々に報われることもない。ねえ、きみは比較的光側の人間だよ。光が際立つからって、わたしを、闇を、そばに置かないで。この苦しみも味わわずに、同じところに来たつもりにならないで。


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