希望がない
通過列車のそよ風が今日も飛び込めなかったわたしを嘲笑うように火照った身体を冷やして過ぎ去ってゆく。ぐちゃぐちゃになった脳内は列車が遠ざかっていくのとともに冷静になってゆく。ああ、冷静になってしまう。アナウンスを聞くために音量の下げたイヤホンから音楽が鳴っている。小さく奏でられるメロディが寂しさを連れてくる気がして音量を最大まで上げた。
抗うつ薬を飲み忘れていることに気がついた。抗うつ薬と言ってもまだ飲み始めて二週間も経っておらずこれと言った作用は副作用の眠気くらいで、たしかに身体の重さは無くなったけれど特別希死念慮に効いてくれるだとかそういうことはなく、惰性で1カプセルを飲み続けている。
床を掃除していると踏まれてぐしゃぐしゃになった薬袋の中からソラナックスを1シート発掘した。これでODができる、と、安心したわたしは間違いなく立派な薬物中毒者だ。ご自慢だった頭脳もすっかり薬物でズッタズタになってしまって、もはやそれを受け入れてしまっている愚かさも滑稽でしようがない。
自分はいつでも辞められると勘違いをし続けてここまで来てしまった。いろいろな人に呆れられながらODを繰り返して、なんだか馬鹿馬鹿しい。
死すら救済だと思ってしまう。わたしには死しかないのだ。わたしは、もう、自殺するしかないのだ。
希望はないが、夢はある。ただ希望がないので、それをしていて幸せな自分を想像出来るかと言われればまったくできないし、なんとなく、それはきっと今よりつらいものになるんだろうなという想像すら簡単にできてしまう。それなら夢は夢のまま、きれいなまま終わらせたほうが、自分の中で美しいままにしておいたほうが、まだ希望があるのではないか、なんて、思ってしまうのです。報われない努力をするくらいなら、ハナから諦めてしまったほうが、金も時間も気力も精神もかからない。


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