#映画マイケル体感
昨日、映画『Michael/マイケル』が公開されました。白い手袋、爪先に集約された重心、床の上を逆向きに流れていく身体。マイケル・ジャクソンさんのムーンウォークは、単なる奇抜な足技ではありません。
誰よりも鮮烈に前進し続けた表現者が、後退という動作さえ芸術へ変えてしまった瞬間でした。身体は後ろへ滑りながら、音楽史を前へ進めていく。彼がキング・オブ・ポップと語り継がれるのは、その背中で世界中の人々を熱狂させたからでしょう。
かつて日本では、ラジオから偶然流れた一曲が、海の向こうに広がる音楽へ人々を連れ出していました。深夜のスピーカーから漏れる聞き慣れない言葉、ショップに並ぶ異国のジャケット。日本の音楽とは異なる響きが、未知の世界への入口として機能していた時代です。しかし現在の音楽市場を見渡せば、かつてのように洋楽のヒットチャートが流行を牽引していた時代は去り、洋楽離れが叫ばれて久しい状況です。世界の名曲に触れる機会が減少し、若年層がその深い魅力に自発的にアクセスすることは、かつてほど容易ではなくなっています。
こうした潮流のなか、若くして洋楽への深い傾倒を自らのラジオで発信し続けることで、周囲とは一線を画すアーティストとしての立ち位置を築こうとした人物がいます。声優アーティストとして前進を装いながらひたすらに後退を続けたムーンウォーカー(人妻)・楠木ともりです。
次世代No.1アイドル声優と目されていた楠木ともりのラジオは大人気で、Twitterで何度もトレンド1位を獲得するほどの勢いがありました。番組開始当初の彼女は、若いリスナーを洋楽へ導く案内人を気取っていましたが、いつしか番組の主役は音楽から彼女自身の恋愛トークへとすり替わっていきます。20歳のアイドル声優にもかかわらずリスナーから恋愛マスターとして扱われるほど、生々しい恋愛観を語り続けたのです。しかし当然ながら、アイドル声優の恋愛トークに需要があるわけもなく、ラジオは次第に人気を落とし、放送枠も当初の恵まれた時間帯から夜更けへと後ろ滑りしていきました。
彼女の恋愛については、当時からファンの間で高校時代の交際相手の存在が知られていましたが、あそこまで堂々と恋愛トークし続ける以上、その関係は既に過去のものだろうと多くのリスナーは受け止めていました。しかし「学生の頃から」の交際相手との結婚発表によって、その恋バナが過去形などではなく、現在進行形の交際相手との実況中継であったことが発覚します。悩めるリスナーが本気で失恋の痛みを綴る裏で、自身の順風満帆な恋愛模様をなぞるように語っていたのです。
彼女のラジオ番組には、マイケル・ジャクソンさんの名曲「Rock With You」がジングルとして採用されていました。なぜ彼女の番組にその曲が鳴り響いていたのか、すべての真実が明かされた今となっては、その意図が生々しい意味を帯びて浮かび上がってきます。「夜明けまで一晩中あなたとRockしたい」という歌詞は、番組の全期間において背後に存在し続けていた学生の頃からの交際相手に向けられた、密室での甘い時間を暗示するメッセージだったのかもしれません。
そのマイケル・ジャクソンさんはライブステージにおいて、登場直後、数分間にわたり一歩も動かず無言で立ち尽くすという演出を行いました。その静寂は、観客の感情を極限まで高揚させ、歓喜のあまり失神する人が続出するほどの引力を持っていました。ステージ上の静と動を完璧にコントロールし、その双方で多くの人間を魅了したのです。一方、楠木ともりもまた、ラジオのイベントで静寂を作り出しました。パジャマ姿でヨギボークッションに身を沈め、ただ目を閉じて横たわり続けるその姿。彼女がステージへ持ち込んだのはエンターテインメントではなく寝室そのものでしたが、高いチケット代を払ったファンに見せるそれは、どこまでも偽りの姿に過ぎませんでした。その寝室における彼女の本領を知る人間は、この世にただ1人しか存在しません。ステージ上の動きを放棄した彼女は、ベッド上のみで躍動し、たった1人だけを魅了し続けていたのかもしれません。
彼女の暴走は止まらず、その後は当てつけのような文章で結婚を発表し、2026年1月から3ヶ月間、事前の告知なく突如として休業に突入します。『プロジェクトセカイ』におけるボイス未収録や、『ヘブンバーンズレッド』『チェンソーマン』の重要イベント欠席など、この休業は多方面に甚大な影響を及ぼしました。直前のライブでの様子や事後の発言から、その休業は決して健康上の理由ではなく、遊びや運転免許取得などを目的とした計画的な「充電期間」であったことが明らかになっています。当初は休業の事実すら隠蔽しようとしていた彼女ですが、事後報告で休みを謳歌した日々を語り、復帰後は関係者やファンへ謝罪することもなく、アイドル売りを再開しています。
その結果どうなったか。先着順でも売れ残る定員約300のビルボードライブ、毎回定員割れを起こすサイン会。高尚なアーティスト像は、彼女自身が見下していたアイドルオタク的ファンの身銭によって支えられていた砂上の楼閣に過ぎず、その強気な姿勢はあっけなく崩れ去ります。現在、彼女はかつてあれほど得意げに語り散らしていた恋愛や異性の話題を完全に封印し、奇抜な髪型や衣装も選ばなくなり、今さら清純派アイドル声優であるかのように振る舞っています。オタク受けする地味な服装を選び、身体をくねらせたポーズや上着を開いたポーズの画像をアップして身体の曲線をアピールし、左手の指輪をわざわざ外してカメラの前に立つ。自らの手で切り捨てた熱狂を呼び戻すために、かつて嫌悪していたはずの声優ファン、あるいはMrs. GREEN APPLEへ必死に媚態を晒しているのかもしれません。
マイケル・ジャクソンさんは既にこの世を去り、その肉体を失って久しいにもかかわらず、彼の残した音楽は未だに国境や時代を越えて人々を魅了し続けています。本人の肉体が消滅してもなお、芸術としての価値がいささかも損なわれていないのです。対照的に、楠木ともりの価値が損なわれているのは、数字から明らかです。自らの才能を過信し、ファンが求めていたアイドルというパッケージを自ら脱ぎ捨てたはずの彼女に対し、声優ファンたちが今でも要求しているのは、音楽活動ではなく、服を脱いで水着になることのみです。自らの肉体を離れて永遠となったマイケル・ジャクソンさん。そして、自身の音楽が見向きもされなくなった果てに、肉体に囚われる楠木ともり。楠木ともりがどれほどアーティストとしての矜持を叫ぼうとも、あの光り輝くステージの上で本当に求められていたのはメロディではなく、そのメロいボディだけだったのだろうと、この映画を見て改めて感じました。