“消滅時効”でも被告に損害賠償請求したのはなぜかーー名古屋主婦殺人事件の夫の思い
被害者遺族を困窮させないために
「私は殺人事件被害者遺族の集まる『宙(そら)の会』の活動などを通じて、刑事事件における公訴時効の撤廃を社会に訴えてきました」と高羽さんは言う。 「その悲願はかなえられて刑事訴訟法は改正され、私が20年を過ぎて解決した事件の被害者遺族の第1号になったわけです。ただ、刑法は改正されたのに、民法における不法行為の損害賠償については、20年間で請求権がなくなるという除斥期間の条文が残ったままでした。法改正するには非常にハードルが高い。であれば、裁判の判例となることで、今後の犯罪被害者のため、消滅時効について道筋を開けたらという思いがあります」 また、その裁判の先には、犯罪被害者の賠償金について国による「代執行制度」の導入促進も構想していると高羽さんは語る。犯罪被害者の遺族が加害者を訴えても、加害者が賠償金を支払うケースはわずか4%しかないからだ(日弁連)。 そうなると殺人などの悲劇のあと、遺族が経済的に困窮し、人生が傾く。それを避けてほしいというのが高羽さんの考えだ。自身は経済的には安定していたとしたうえで、こう語る。 「経済的に心配がないと前向きになれる。けれど、経済的な困窮があると、明日どうなるかというお金の問題もあり、いつまでも加害者を恨む。だとすれば、子どもなど家族を助けるためにも、賠償金を国が肩代わりする代執行制度があったほうがいいと思っています」
そうした考えに近い弁護士はほかにもいる。 静岡県弁護士会の白井孝一弁護士(82)は、被害者による加害者への損害賠償請求について、国が肩代わりして負担する「税あるいは保険方式」が現実的ではないかという。 「たとえば、65歳以上と18歳未満を除いた人口は7000万人ぐらい。仮に年間1人100円の負担としても70億円。今の社会保障に比べれば微々たる負担ですが、これを犯罪被害者の損害賠償の賠償金にもできるのではないでしょうか」 ただ、賠償の対象をどう考えるのか。加害における過失と故意をどう区別するか、事件と事故をどう区別するか、財源はどうするか、罪を犯しても国が被害者に支払ってくれるとなると、逆に犯罪の呼び水になってしまうのではないか──。こうした疑問が重なり、意見は賛否両論がある。 高羽さんの提訴の意図は、制度の改変の先、犯罪被害者の立ち直りを主眼としたものだ。だが、だからといって、被告に対する疑問が消えたわけでもない。 高羽さんは、刑事裁判では被害者参加人として検察官と並んで座り、安福被告に対して「26年間、どういう気持ちでいたのかを問いたい」と言う。
「高校卒業後、テニス部のOB会などで2、3回顔を合わせた程度で、会話もしていないので記憶もない。一部の報道を見ると、私が(安福と)子育て論をしたとか書かれていますが、すべてデタラメです。長い拘禁刑が下され、高額な賠償請求が認められた場合、安福は心からの反省をするのでしょうか」 藤井誠二 1965年愛知県生まれ。著書に『殺された側の論理』など多数。近著に『「殺された側」から「殺した側」へ、こころを伝えるということ』。